第5話 夜の山

深夜、寒さで目が覚める、燃え尽きて熾きになっているたき火に焚き木を追加した。

空を仰げば満天の星。

次第に炎が大きくなり夜空に溶け込んでいた木々の輪郭がうっすらと見えてくる。

山と空の境界は山の暗さで見える。暗さに目が徐々に慣れていく。


と視線を落とした時に、森の中にキラッと光る物が二つ見えた。


狸?鹿? ん 複数居る?ぞ。

野犬か? 焚き木のなかで太いものを手に取る。


いや鉈だろ? ん 数が多いな そうだ銃だ銃!


視線を逸ららずに銃を覆っている袋を外す。弾はリュックだ。

一箱取り出して右手で箱を開けポケットにザラザラと入れる。

そーっとスライドすると、まず薬室に1発入れて閉鎖。下から弾倉に2発。

そしてセーフティを解除した。


日本の法律で散弾銃には弾倉内に装填できるのは最大2発だ。

加えて言うと特例を除いて、日本では夜間の発砲は認められない。だが遭難中で緊急事態だ。


慌てて入れたので弾種までわからない、スラッグか9粒バックショットかどちらかだ。

ダットサイトのスイッチをいれてからポケットに入れた残りを中の弾差しに入れていく。

一発取り出して目の前にかざすとスラッグだった。


この箱はスラッグだったか。しくじったな。


相手が動きの速い動物で在れば9粒バックショットが有効だ。 

実包一発の中に直径8.4ミリの丸玉が9つ詰められており、およそ30m先で50cm位には広がるのでクレー射撃の要領で撃てば足を止められる。

スラッグより反動が軽いので連射も楽だ。

半面、巻狩りで犬が絡んできた時等は、喧嘩玉と言って弾同士が空中で衝突し跳弾となり犬に中ったりしてしまうので絶対使うな、と犬を使って獲物を追い立てる勢子と呼ばれる人からキツく言われている。

レミントンのバックショットにはバッファと言うプラスチックの細かい粒が入っており、喧嘩玉は少ないと言われているので男はこれを使っている。


今からじゃ入れ替えは無理か。

10頭以上居そうだよなぁ。まぁ高々いぬっころだ脅かせば尻尾巻いて逃げるかな?

いや、群れだからなぁ、数頭やっつけても次から次へと来るかなぁ・・・


左手で焚き木をつかんで投入していく。 

野生動物は怖がるってのもあまりあてにならないらしいが、明るい方が対処しやすい。

いまの所は警戒しているらしく距離をとってウロウロと様子を探っている。


お、そうだ、今のうちに木に登ろう。 銃のセーフティを掛けなおすとリュックにロープを通して端をズボンに差し込んだ。

スパイクシューズを木の幹に食い込ませ、幹を両手で引き寄せるようにして登る。

3mほどの高さにある枝に届いた。そこからは火事場の馬鹿力である。

夢中で懸垂すると枝の上に這い上がれた。正直どうやって登ったか覚えていない程である。


男が逃げたって事を認識したのか暗がりからワラワラ出てくる。

この匂いに誘われたと言わんばかりに猪の肉にかぶりついて取り合いを始めた。

肉は細木の両端に結んだので天秤状態になっている。それを汚れないよう紐で枝から吊るしてあったのだ。片側を引くと反対側が上がる。

シーソーである。野犬は興奮して肉を奪い合った。


隙を見てリュックを吊り上げる。

動き出したリュックに興味をもって飛びかかろうとして来た寸前で持ち上げることが出来た。


やれやれ、夜が明けるまで避難か? 数頭は木の根元でこちらを見張るように見上げて唸っている。

餌認定されたか? それとも犬とサル状態なのか?柿でも投げるか?ってあれはカニか。

流石に垂直の木の上までは登ってこれまい。こっちも降りられないけどな。

ん?ひょっとしてこいつら、犬じゃなくてオオカミか?

見た目はシバとか秋田犬っぽいが、雑種とかそんな感じはない・・・


確かオオカミって明治に海外から持ち込まれた狂犬病が主な原因で絶滅したんだっけ?


・・・

・・・

・・・


キャン 突然暗がりの中から一頭弾き飛ばされた。

他のオオカミは一斉に振り向くと暗がりを取り囲む。


出てきたのは熊だ。


おい勘弁してくれよ、冬だろ冬眠してろよ。


冬に出てくる熊は冬眠に必要なカロリーが秋のうちに取れなかった腹減らしで、「穴持たず」と呼ばれて恐れられるって・・なんかの本に書いてあったな。


「熊はよぉ、確実に仕留められるってぇ時しか撃っちゃ駄目だからな。

 半矢なんかにしたら仕留められるのはコッチだからなぁ。

 あっちはアドレナリン全開になったら撃ったって止まんねぇ。

 まして9粒なんて撃っても効かねぇからな」

と、猟を始めたころに同じ猟隊の爺さんに言われたことがある。

若いころは道楽でマグナムライフル担いで北海道に行って羆を撃ってたとか。


まぁそんな老人のホラ話はどうでもいいや・・・

頑張れ犬 じゃなくてオオカミ お前ら勝っても木に登れないから勝っても大丈夫だぞ。


キャフーン 


また一頭やられた 熊つぇぇぇぇ。


なんだ?ちょっと大きいのが出てきたぞ ボスオオカミか?


他のオオカミが熊を取り囲むように輪になって唸る。

熊も気が立ってきたのかチョロチョロするオオカミに牙を剥いて吠える。


ごぐぁぁぁぁ 


低音の魅力・・・じゃない威力だ 木の上でもかなりビビる。

横のオオカミに気を取られた瞬間、ボスが動いた。

首筋に噛みつこうと飛び上がった。


が・・・、熊の方が速かった。 一声も上げる暇なく横に振られた腕に、いや手の先の爪に裂かれて吹き飛ばされた。

勝負は一瞬であった。 飛ばされたボスはもう立ち上がることすら出来ない。 


ボスに気を取られていたら、オオカミの群れは既に消えていた。


こちらは木の上で息を殺している。見つかりませんように・・・


熊は再び立ち上がるとキョロキョロと辺りを見回している。


こっちをチラッと見ると・・・へ?・・・スキップ?


熊はスキップしながら木の下まで来て、こちらを見上げると 


「そこの! そこのあなたっ降りて来なさいっ」


しゃ、しゃべった? しかも若い女性の声で! 着ぐるみかっ!?

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