仲間殺し

 アーロン達がイーニアス王国を発ってから三日。彼らは現在ベルンフリート領の関所を目前としていた。


「副団長、まだっすかねぇ‥‥‥」


 ぽつりとつぶやくジェフ。


 彼らは草原の片隅にて、関所へと偵察に出したグレンの帰りを待っていた。


 イーニアス王国とベルンフリート帝国は大国友好不可侵条約にて、関所に必要以上の人員を常駐させない取り決めとなっている。具体的には百人未満に留めるという事になっている。


 しかし先の大規模火災事件が、主犯らの個人的犯行では無くベルンフリート主導で行われたものであった場合、当然ベルンフリート帝国はイーニアス王国に対し明確な悪意を持っていることになる。そして事件を起こした人間がベルンフリートの人間である以上、抗議や確認の使者がイーニアス王国より遣わされるのも予測している筈。なれば、使者を鏖殺おうさつするべく平時以上の戦力を関所へと集結させている可能性がある‥‥‥というアーロンの考えの為にグレンを偵察へと出したのであった。


 無論そんなことは起こり得ないことである。なにしろ大規模火災事件を主導したのはここにいるアーロンであるのだから。


 だが、もし仮に本当にベルンフリート帝国が主導し、イーニアス王国の国力を削ぐために今回の事件を起こしていたのだとしても、使者を丁重に迎え、起こったことを問われれば、国の関与は無いと言い張ればいいだけの話である。当然グレンもその事に気が付いていたのであろうが、しかし団長の命令とあれば聞かぬ訳にはいかない。


 この地点から関所へは徒歩にて一時間程。


 そして、グレンが偵察へと発ったのは三十分ほど前である。


(‥‥‥頃合いか)


 そう思考すると同時にアーロンは音も立てずに立ち上がり、馬車の外へと飛び出し、馬の世話をしていた同行の御者を抜きざまの一刀にて切り殺した。


「あァッ?」


「なにィ!?」


 馬車の外で身体を動かしていたジェフは状況が理解できずに気の抜けた声を。馬車内で暇を持て余し、剣をいじっていたバッカスは驚愕の声をそれぞれ上げた。


 しかし普段どれだけ仕事をサボっていたとしても、やはり兵士。二人はすぐに剣を抜き、アーロンを挟むように位置取る。


「お、おいおい‥‥‥。冗談で団長がラザレスさんに罪を擦り付けたんじゃねえかとか言ってたが‥‥‥これはマジでそうみてぇだな?」


 自分で確認するように言葉を紡ぐバッカス。その顔は恐怖と闘争心が同居した、実に奇妙な表情を形作っていた。


「へ、へへッ!! こいつをぶっ倒して国に帰ったら一杯奢ってやらぁ!! ま、こいつの首を持って行きゃ、それどころじゃねぇぐらいの金が貰えるかもしれねぇけどなァ!!」


 アーロンを挟んで、対面にいるバッカスへと叫ぶように言うジェフ。考えるまでも無く虚勢であった。


 二人に囲まれたアーロンはというと、無言にてただじりじりと動くのみであった。


 己の左右へと二人が来るように動き、常に眼球を動かすのみで二人の動きを確認することが出来るように位置取っているのである。


 挟撃の形を取りながらも二人が仕掛けてくる様子は無かった。隙を伺っているのか、それとも膠着状態を作り出し、グレンの帰りを待つことで三対一に持ち込む腹積もりか。


 アーロンの得物は、御者を切ったことで血に塗れたショートソード一振りのみである。御者と兵士二人の殺害をベルンフリート兵の急襲に仕立て上げたいアーロンは、魔法剣術に頼らずに二人を殺す必要があった。


 理由は単純であり、魔法剣術を以って人を切ったならば遺体が綺麗に両断されてしまうからである。アーロンの剣があらゆるものを両断できるという話はイーニアス王国にて有名なのだ。


 要するに、魔法剣術を以って切った場合それはすぐにアーロンが切ったものだという事が露呈してしまうからである。


 とはいえ剣にマナを込めなければいいと言うだけで、身体操作などは魔操術を使っても問題は無いためにアーロンの心中は至って平静であった。


 相も変わらず、二人がアーロンへ仕掛ける様子は無い。


 イーニアス王国の剣術は教える騎士家において様々に分かれる。


 踏み込みを重視した一撃必中の剣術を教える騎士家もあれば、刺突による一撃必殺を教える騎士家もある‥‥‥といった具合である。


 しかし、何処の騎士家でも例外なく教えることが一つある。それは、何としてでも対手の機先を制するべし、ということ。


 後手に回り対手の攻撃を許せば、それだけこちらの敗北のリスクが高まるのだから当然のことである。


 だがそれは一対一での戦術理論。一対二での戦闘となると話は変わってくる。


 一対二‥‥‥特に対手を二人で挟む挟撃の形を取っている場合、相手の攻撃を待つのが上策であると言える。


 対手がどちらかに一方に攻撃を加えたならば、残った一人が確実にその背後を取ることが出来るためである。


 個人としてはともかく、集団戦としては一人の損失で確実に相手を仕留めることができ、更に攻撃を加えられた者がその攻撃を躱すなり受けるなりすれば、損失を出さずに相手を屠ることが出来る。


 今のように加勢が望める状況であれば、なおのことこの戦術を取るほかに選択は無いであろう。


 そう推測したアーロンは、こちらから攻撃を仕掛けるべく更なる思案を飛ばす。


 アーロンの右側にはバスタードソードを両手にて上段に構えたバッカスが、左側にはショートソードで己の正面を守るように構えるジェフが、瞬き一つせずにアーロンを見据えている。


 バッカスにおいてはその構えから、袈裟か、唐竹か、ともかく振り下ろしを繰り出す以外にない。


 恐らくアーロンがバッカスへと攻撃を加えた場合は、アーロンのショートソードよりも長く、重い刀身を備えるバスタードソードにて真っ向から迎え撃ち、ジェフへと攻撃を仕掛けたならば、その上段よりの一閃にてアーロンの頭蓋を割るという腹積もりであろう。


 ジェフは、その守りの構えから推察するに、バスタードソードを持つバッカスよりも、ショートソードを持つ自分へと仕掛けてくると予測しているのだと考えられる。であれば、その恐れを利用するがこの状況を切り開く光明である。


「うぉぁッ!!」


 バッカスとジェフそれぞれに半身を向けていたアーロンは、突然にジェフへと正面を向け、それと同時に剣を振りかぶりながら周囲に木霊するほどの気合を放った。


 当然、アーロンの放つ気とその動きに反応してジェフは構えた剣に力を込めるようにし、地面を踏みしめて守りの体勢を強める‥‥‥が、アーロンはそんな彼に目もくれず、右足を軸に右方向に身体を半回転させた。


「あっ!?」


 背後からアーロンの頭を狙って振り下ろされたと思われる、バッカスの一刀が空を切る。


 剣を振り下ろしてしまい無防備となったバッカスに、先程ジェフへと守りを意識させるために振りかぶった剣を薙ぐように切りつける。


 切りつけた一撃は、魔法剣術ほど鮮やかではないにしろバッカスの首を両断した。そしてその薙ぎの勢いを止めぬままに、もう一度半転。


「あッ!!? ぎぃぃぃぃぁぁッ!!」


 止まらぬ剣閃は、アーロンへと攻撃するべく剣を振り上げていたジェフの耳を横へと切り裂き、そのまま頭蓋へと寸分切り込みようやく止まった。


「ゴォッ!!! エゲゲゲグゥァッ!!!?」


 ジェフの頭蓋から、切り込んだことで挟まる形となってしまったショートソードを引き抜くと、当然の摂理としてゴリゴリと不快な刃障りと共に滝のように血が溢れ出した。


 そんな死へと堕ちゆくジェフを横目に、アーロンは己のショートソードから血を払いながらこの後の処理について考えるのであった。

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