暗雲

 国王一行の案内を始めて二時間。西地区の視察をしながらアブナーから、作物の収穫率や、他国への輸出を考慮した余剰農産物など、国王として気にすべきことをアブナーに聞き続けるアーチボルドとは違い、急な視察を行うことになった元凶である王子、オーウェンは暇を持て余していた。


「父上、帰りましょうよ。こんな何もない、つまらないとこに居たって時間の無駄です」


 辺りにで農作に勤しむ住民への考慮など一切ない、無邪気故の大声でアブナーと会話をする己の父へと呼びかける王子。


「ふむ、分かった。あと少ししたら引き上げるとしよう」


「え~? 今すぐ帰りましょうよ!」


 普段は自分のいう事なら即座に聞いてくれる父が、今日に限ってはもう少しなどと言ったことに対し、王子は不満を露わにした。


「アーロン!」


 それを見兼ねたアブナーは、国王一行に連れ添いながらも隊列から外れた位置でアンと談笑していたアーロンへ声を掛けた。


「‥‥‥なに?」


 父が自分に声を掛けることなど滅多にない。恐らくは禄でもないことだと思いつつもアーロンはアブナーへと歩み寄って返事を返した。


「オーウェン殿下が、暇を持て余しておられる。お相手をして差し上げなさい」


(押し付けてくると思ってたらやっぱり押し付けてきやがった! 面倒臭いなぁ)


 王子の世話を押し付けられた不満から、胸中にて父親に対して悪態をつくアーロンであったが、しかし言われたからには無視する訳にもいかなかった。

 

「オーウェン殿下。卒爾そつじながら、お暇なようでしたら私が何かお話でも致しましょうか」


 アーロンは普段の口調とは打って変わり、年齢不相応の敬語にて王子へと歩み寄りつつ声を掛けた。


「必要ない! お前、私と同じぐらいなのに家臣とか騎士みたいな喋り方をするんだな」


「は、先の二年間ラトランド家へと預けられていました故。不快を与えたのでしたら謝罪致します」


「アレクシスのところか‥‥‥どうりで面白くないはずだ。もう喋らなくていいぞ」


(‥‥‥あれ、これって俺が悪いのか? いや、しかし王族相手に普通に話しかけたら不敬だしなぁ‥‥‥)


 アーロンは王子に拒否されたことに若干の悲しさを感じつつも、元の位置へと戻った。そんなアーロンを見て、笑いを堪えているアン。


「‥‥‥なんだ?」


「いやいや、ふふっ、だって、ねぇ?」


「ちっ! どうせ俺は面白みのない男さ」


「まぁまぁ、怒んないでって! それにしても、アーロンもああいう喋り方出来るんだね? ちょっとカッコよかったよ」


 矛先を逸らされた。アーロンはそのことを理解しながらも、王子に拒否された件をつつかれるのも嫌なのでそのままに話を続けた。


「まあな。というか、今の話聞いてたろ?」


「うん! 騎士様のところで勉強したってことでしょ? ところで、他には何か教わったことってあるの?」


 答えると同時に、そのまま更に質問を飛ばすアン。


(そう言えば、アンには全然、ラトランド家に居た時の話はしてなかったな)


 アーロンがちらとアンを見ると、実に興味津々という眼で見返してきている。


「そうだなぁ。他には礼儀作法とか‥‥‥馬術とか‥‥‥あと、少しだけなら剣術も習ったな」


「け、剣術!?」


 騎士の家へと預けられているのだから剣術を習うのは当然‥‥‥にも関わらずアンが驚いたのは、普段一緒にいるアーロンが剣を握る姿が想像できない故か。


「そりゃあ、騎士になるために預けられてるんだから剣術は基本だろ。へへっ! しかも、記念としてもらった剣が家にあるぞ!」


 彼らしからぬ自慢げな声に、アンは可笑しさを感じつつも、しかしその楽しそうな表情を見ると茶々を入れる気も起きないのだった。


「じゃあ、後で見せて!」


「おう!」


 楽しそうな様子で話す二人の様子を、オーウェンはつまらなそうな表情で眺めているのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る