放心

 その後、兵士団入団試験は表面上滞りなく続けられ、入団志望者全員が無事に試験を終えた。


 現在は国王による入団激励の儀を執り行うために、合格者が王城前に整列をさせられていた。


 兵士団員に品格は問われない。民衆の間にてまことしやかに囁かれる噂である。それを肯定するかのように、合格者たちの形作る列は乱雑なものであり兵士団員や騎士隊員がそれを正して回っていた。


 そのような王城広場の様子を尻目に、アーロンはただひたすらに己の動悸を鎮めるように努めていた。しかしその努力も虚しく、鎮めようとすればするほどにアーロンの鼓動は重く、早くなるばかりであった。


「アーチボルド・イーニアス閣下、オーウェン・イーニアス殿下、アンジェラ・イーニアス殿下の御出座しである!」


(っ!)


 アーロンの身体がビクと跳ねる。


 気が付けば、受験者たちの整列が終わり、先程までは居なかった喇叭らっぱ手が受験者たちの形作る列を囲むように並んでいた。


 己の事に気を回す余り、アーロンは気が付かなかったのだ。


 それから間を置かずして、喇叭手たちが王族の登場に相応しい、荘厳な音色による演奏を始めた。だが、その音色も今のアーロンにとってはただ焦燥を煽る忌まわしき要因に他ならない。


 アーロンは、もはや己の焦燥を諫めることも忘れ、恐らく国王たちの出てくると思われる王城のバルコニーを、瞬きの一つもせずにただ凝視した。


 最初に現れたのは国王、アーチボルド・イーニアス。


 その場に居る者、そのすべての視線を集めながらも、しかし威厳を漂わせた歩みで前へと進み出る。


 そして、国王を挟むように一歩半ほど後ろを、美しい男女が続く。


 右に立つものは王子、オーウェン・イーニアスである。アーロンにとっては恨み深い人物ではあるが、彼がこの場に居るのは別段不自然なことではない。


 だが左に立つ女性はこの場に居るには不自然であった。いや、アーロンの目には不自然に映ったと言うべきか。


 その女性は、無数の真珠とダイヤで形作られたティアラを付け、金の刺繍が施されたドレスを纏っている。それほどに豪華絢爛な出で立ちでありながらも、過剰装飾には感じない。


 それほどにその女性は美しかった、衣装と本人の美しさ、高貴さのつり合いが取れているのだ。


 アーロンはこの女性を知っている。ただその事実が受け入れることが出来なかった。


「アーチボルド閣下、オーウェン殿下、アンジェラ殿下の激励の御言葉である!」


 3人の王族が兵士に向けて激励の言葉を話す約十分間、王族たちの言葉に耳を傾ける者、面倒くさそうに聞き流すもの、実際に見る王族たちの姿に眼を奪われている者、各々が十人十色の反応を見せる中、アーロンはただ放心し立ち尽くしていた。


 その余りに腑抜けた顔は、先程ランバートを破った者と同一人物だとは思えぬほどに滑稽であり、正に邪鬼が抜けたかのような面様であった。

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