二章 過思鬼

少年 アーロン

 イーニアス王国の西地区。


 商業の中心地であり、他国の商人や自国の商売人が入り乱れ賑わいを見せる南地区。工業の中心地であり、職人や工夫たちが集まり各々が作業に勤しむ東地区。貴族たちが住んでおり、豪華な邸宅が立ち並ぶ王城前の北地区。


 それらに比べ、この西地区は農業の中心地であり、どこか牧歌的な雰囲気を漂わせる地区である。


 この地区の住人たちは、この国の中でも経済的に下層に位置すると言えるだろう。もちろん、国自体の経済が栄えているため、この地区の住人も決して貧窮しているという訳では無いのだが、それでも他地区の生活と比較をすると、豊かな生活をしているとはお世辞にも言い難い。この地区の若者たちは、その多くが将来的に他地区で働きたいと考えており、彼らの両親たちも多くが同じ考えである。


 そんな西地区の東。中央区と西地区の境目付近。この地区では一般的な木組みの家が一軒建っていた。


 西地区の住人の例に漏れず、農家を生業として生計を立てているフレンザー一家の住む家である。


「起きろアーロン。もう五時だぞ、畑に行く時間だ」


 アーロンと呼ばれた黒髪の少年に声を掛けたのは、少年の父親であり、この家の家主でもあるアブナー・フレンザーであった。


 中年でありながらも、顔に深く刻まれたような皺は、男手一つでアーロンを育ててきた心労からか。剃らずに伸ばし放題の髭は、農民というよりかは、長い期間、森へ潜み獲物を待つ狩人のようである。


「……眠いよ」


「グダグダしてないで早く着替えろ。俺は先に行ってるぞ」


 アブナーは、目を擦りつつ文句を言うアーロンに対して多少の怒りを込めてそう言うと足早に部屋を出て行ってしまった。


(……もう一ヶ月になるのに、まだ怒ってるのかよ)


 アーロンは父親の機嫌がこのところ悪い理由を知っていた。元々彼の父親はそれなりに厳しい人物ではあったが、この程度の会話で怒るような人間ではない。


(とにかく、朝から怒鳴られるのも嫌だしさっさと行こう)


 アーロンは手早く着替えを済ませると、先ほどの父親のように足早に部屋を出て、そのまま家の外へと出ていった。

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