両手剣抜剣術

 イーニアス王国の兵士団入団試験は、王城広場にて行われる。


 森林公園を抜けた馬車は、すぐに見えてきた城壁の前で停止した。


 イーニアス王国の王族の住まいである王城は、この城壁に周囲を囲まれる形で建てられている。王族たちの庭たる王城広場もまた同様である。


「馬車で来られるのはここまでです。入団試験を受けられるのでしたら、そこの兵士団の詰め所で検査を受けてください」


 そういって御者はアーロンに馬車から降りるように促した。


「そうか、分かった」


 アーロンが降りると、馬車はさっさと来た道を引き返していった。


 城壁の門の脇に石造りの大きな建物が建っており、その建物の扉を挟んでプレートアーマーを装備した兵士が二人立っている。恐らく御者が言っていた詰め所とはあれのことだろう。


 アーロンはその兵士たちに歩み寄り、そして先ほどの女性へ対してと同様に丁重に話しかけた。


「兵士団入団試験を受ける者です。こちらで検査を受けるようにと言われました」


「へぇ? 馬車で来たから、まさかとは思ったけど入団志望者なんだ君。そのナリでねぇ」


「おい、口を慎め、兵士らしく対応しろ」


 アーロンから見て左側に立つ、茶色い髪に短髪が特徴の兵士が軽口を叩く。しかしほぼ間を置かず右側に立つ、後ろに束ねた美しい蒼髪が特徴の兵士がその発言を戒めた。


「こちらの兵士が失礼をした」


「いえ、別段気にしてはいません」


 兵士団の入団に品性は問われない。それにも関わらず蒼髪の兵士の対応は丁寧であった。真面目な性分なのであろう。


「それでは検査を行わせてもらう。検査とは言っても持ち物を改めさせてもらうだけだ。城壁内に不要な物品の持ち込みは禁止されているのでな」


「分かりました。私の持ち物はこの剣のみです。お確かめください」


 そう言って、アーロンは背負っていたツーハンデッドソードを手に取り兵士へと手渡した。


「これは……見た目以上に重量があるな」


 そう言って、蒼髪の兵士は片手で受け取った剣を両手に持ちなおした。


「それとそのローブもこちらで預からせてもらう。不審な物は何であっても取り締まるようにと言われているのでな」


「分かりました」


 そう言ってアーロンは身に着けている漆黒のローブを脱ぎ、先ほどとは別の兵士へと手渡した。


 元々、アーロンのその出で立ちから不審感を抱いていた兵士たちであったが、ローブを脱いでなお、その不審感は消えなかった。


 兵士団入団試験を受けに来る者は、皆一様に鎧を持参してくる。金のある者はプレートアーマーを、金を持たぬ者でもチェインメイルやレザーアーマー程度は持参してくるのだ。しかしアーロンは鎧に類するものを一切装備しておらず、その装いは一般的な町民のそれであったからである。


 麻で作られた長袖の服に、同じく麻で作られている長ズボンといった格好だ。


 しかし入団試験を受験するのに鎧の装備は必須ではないため、兵士たちはそこについては咎めなかった。だが……


「え? 君って兵士団の入団試験を受けに来たんだよねぇ? 武器は持参ってことになってるんだよ? 他に武器は持って来てないの?」


 先ほど不真面目な態度を取っていた、短髪の兵士が不思議そうにアーロンに問いかけた。


「……? はい、私の持ってきた武器はそちらのみですが。武器を複数持参するようにとは聞いておりませんでしたので」


「いや、武器は一つで十分だが……その、」


 蒼髪の兵士がそう言い淀むと、短髪の兵士が相方の言わんとしていることを察して、その言葉を代わりに言った。


「その腕じゃあさ、この長くて分厚い剣は振れないでしょ? どうするのさ」


 アーロンはようやく兵士たちの言わんとしていることを理解した。


「いえ、問題ありません。私はその剣を過不足なく扱えますので」


 アーロンがそう伝えるものの、兵士たちは信用できないとでも言いたげな表情を浮かべている。それは、ここまでに出会ってきた者達と寸分変わらぬものであった。


「……それでは、抜剣許可を頂けますか。頂けるのでしたら、実際に振るってご覧にいれましょう」


 そう言い放ったアーロンを前にして、短髪の兵士は不安そうな表情で相方に小声で問いかけた。小声でこそあるが、特にアーロンに対する配慮は無く、それを隠そうともしない丸聞こえである。


「先輩、許可するの? やっぱり怪しいよこの人」


 蒼髪の兵士は多少逡巡したのちに、同じく小声で答えた。こちらはアーロンに対し配慮を感じさせる低声であった。


「ああ、しかし許可するしかないだろう。確認せずして通し、もしこの男が剣を扱えなかった場合、私たちは不要な物品を取り締まらなかったとして処罰されるだろう。かと言って取り上げておいてこの男が実は剣を扱えた、というのも非常にまずい」


「許可して頂けますか?」


 アーロンが重ねて聞くと、相方と小声で話していた兵士は緊張したような面持ちで答えた。


「分かった。抜剣を許可する。だが決して怪しい行動は取るな」


「はい、それはもちろん。それではそちらを」


「……?」


「先輩、剣渡さなきゃ」


「あ、ああそうか。ほら」


 そういって蒼髪の兵士は、アーロンを警戒しながら預かっていた剣を手渡した。始めこそアーロンのような不審な男にも丁寧な態度を見せていた彼だったが、今では流石に不審を感じて警戒を強めている。それ故に、自分が検査のためアーロンから渡された剣を持っていることさえも失念していたのである。


「それでは」


 兵士二人に緊張が走る。二人は万が一に備え、腰に帯剣しているショートソードに置くように手を掛けていた。


「行きます」


 アーロンは鞘の根本を左手に持ちながら自分の腰に構えて、剣の柄に右手を掛けた。


 そしてスッと息を吸い込むと同時に、刀身を包む鞘を剣先に向かいスライドさせてそのまま自分の後方へと放る。刀身が鞘から抜けると同時に、その刃で前方を左から右方向へ向けて薙いでみせた。


 その一連の動作を見た二人の兵士は信じられないものを見たというような、驚きの表情で互いに顔を見合わせていた。


「どういうことだ……?」


「いや、先輩に分からないなら俺にも……」


 兵士たちの驚きは当然のことである。


 アーロンは全長約百七十センチの長さに加えて、重厚な刀身を持つ両手剣を片手で振るったのだ。


 それも抜剣と同時かつ華麗な剣筋にて、さもショートソードを扱うかの如き速さで。斬撃を成した刀身はアーロンの右前方で静止していた。


 通常、剣を扱う技術は使用する剣に大きく影響される。


 ショートソードのような片手剣であれば扱う上で、様々な技術の介在する余地が大いに存在する。


 しかし、ツーハンデッドソードのような重量のある両手剣は取り回しが悪く、扱う上で使用することのできる技術が大きく制限されることとなる。


 例えばショートソードでは、敵を袈裟掛けに切りつけ、それが躱された場合。瞬時に刃を返して裏切り上げに移ることができる。しかしショートソードに比べて圧倒的な重量を持つツーハンデッドソードでそれは不可能なことである。


 もちろん、ツーハンデッドソードの長所を最大限に生かしつつ、短所をカバーするような扱い方や技術は存在する。


 そのため、普通ならばショートソードならショートソードの技術。ツーハンデッドソードならばツーハンデッドソードの技術を別に習熟する必要があるのだ。


 だがそれにも関わらず、アーロンはツーハンデッドソードの重量をものともせず、片手剣と同じ技術で、片手剣と変わらない斬撃を放って見せたのだ。


「信じていただけましたか?」


 抜剣時に自分の後方に放った鞘を回収し、剣を鞘に納めながら聞くアーロン。


「あ、ああ信じよう。だが聞きたいことがある」


「なんでしょうか」


「なぜ、その身体でそのような長大な剣を振るえるのだ?」


 至極当然の疑問であった。


 なぜ細身では無いとはいえ、筋肉があるとは言い難いアーロンが、あのような長大な剣を片手で振るうことが出来るのか。


「怪力は自分の唯一の取柄ですので」


 そうアーロンは答えたが、無論兵士達は信じない。


「そうか……」


 質問をした蒼髪の兵士は、釈然としない表情を浮かべる。しかし本人に話す意思が無いのなら、これ以上の追求は無意味だと考えたのか、二つ目の質問へと移った。


「何故、鞘を投げ捨てた?」


「この長さの剣は、通常の鞘引きでは抜くことが出来ませんので」


「あ、そうか。そりゃそうだよね」


 短髪の兵士が気付いたように呟いた。


 聞くまでもないことであった。普通に考えて、一七〇センチ近い長さの剣を通常の方法で抜刀するのは不可能だ。常人であれば間違いなく腕の長さが足りない。


「質問は以上でしょうか」


「あ、ああ以上だ。健闘を祈る」


「はい、それでは」


 アーロンはそう言って城門を抜けて王城広場へと歩き出した。


 二人の兵士は、これまでと変わらぬ疑いのまなざしにて、その背中を見送るのであった。

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