アーロン・フレンザー
男が兵士に案内され着いたのは、中央地区の役所であった。
「ここが受付カウンターだ。それでは、健闘を祈る」
兵士は役所内の受付カウンターに着くなり、おそらくは一寸たりとも心にないであろう言葉を残して、そそくさと持ち場へと戻って行った。
「あの、試験をお受けになられる方ですか?」
男の身なりからは判断しかねたのであろう。受付カウンターに立つ女がおずおずと男へ声を掛けた。
「はい、そうです」
男はその外見に似つかわしくない、丁寧な口調で答えた。
しかし、それにも関わらず女は怯むばかりであった。せめて近くに同僚でも居れば多少は安心できたのかもしれないが、兵士団入団試験の受付を当日に行う者はほぼ居ないため、ここ数日のあいだ五人で運営をしていたこの受付カウンターは不幸にも、今現在は彼女一人しか居ないのだ。
「わ、分かりました。それではいくつか質問をさせていただきますのでお答えください」
「はい」
「まずはお名前をお聞かせください」
「アーロン・フレンザーです」
「年齢はお幾つですか?」
「二十歳です」
先ほどまでの様子が嘘かのように、事務的に質問をして、聞いた内容を手元の用紙へと書き込んでいく女。
「ええと、実戦経験はありますか?」
「はい、数十回ほど」
「え、それでは失礼ですが詳しくお聞かせ願えますか?」
自分から聞いておきながら、男……アーロンの返答を聞いた女は驚いた様子だ。無理もないことである。二十歳で入団試験を受けに来る若者のほとんどが「ありません」と答えるからだ。あると答える若者も居るには居るが、模擬戦であったり、傭兵を雇っての盗賊退治であることが多い。
「小規模、または中規模程度の盗賊団や山賊団との交戦経験があります」
「それは討伐隊に参加した……ということですか?」
「いえ、私の師と二人でです。最近は自分一人に任されることもありましたが」
驚愕の内容を、アーロンは事も無げに話した。当然ながら女は驚きに言葉を失っている。
「…………」
しかし無言で眼前に佇み、女から視線を外さないアーロンを見てハッとしたように謝罪をした。
「失礼しました。質問を続けさせていただきます」
女は咳払いをして質問を続けた。
「貴方の最も得意とする武器はなんですか?」
「剣の扱いを最も得意としています」
アーロンはそう言って女に背を向け、自分が背負っているツーハンデッドソードを見せた。
全長百七十センチ程の長さを誇るそれは、装飾のない無骨な鞘に納められていた。鞘の厚さから、恐らく並み以上に重厚な刀身を備えていることが容易に予測できる。
「その剣は実際に……いえ、失礼しました」
そのあまりに実用的とは思えない両手剣を見て、女は思わず職務とは無関係な事を言いかけた。しかし、すぐにその言葉を飲み込み最後の質問に移る。
「これまでに騎乗経験はありますか?」
「はい、幼少の頃に何度か」
「……はい、分かりました。ではこの書類を持って、国内馬車乗り場へと行ってください。この建物を出てからすぐ左側にあります」
そう言って女は、これまでにアーロンが答えた内容を書いた用紙にスタンプを押して、国内馬車利用許可証、国内地図などと重ねてアーロンへ手渡した。
「分かりました、どうもありがとうございました」
「はい、健闘をお祈りしています」
アーロンはカウンターの女と、言葉を交わし役所を後にした。
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