第2話 父さんにもぶたれたことないのに!
それは水に浮かんでいるような感覚だった。
死んだはずの俺の体は白い光に包まれて、虚無の中をさまよっていた。
俺の意識はあるわけでもなかったが無いわけでもなかった。
何も考えることができずにただぼぉっとして、光の中で浮かんでいた。
「おい、そんなところでぼさっとつっ立ってんじゃねぇよ小僧!」
俺のモーニングコールはかわいい女の子が言ってくれるわけではなく、音の高い目覚まし時計のアラームでもなく、おっさんに怒鳴られるという最悪のものだった。
俺が目を見開くとそこは
異世界だった。
太陽の光のせいで細めた目で辺りを見渡すとそこは中世ヨーロッパを彷彿させるような街並みだった。
レンガでできたような建物が立ち並び、石が敷き詰められた道。そこにずらっと並んで賑わっているバザー。
しかし、道を走っているのは車でもなければ馬車でもなかった。馬車もあるにはあったのだが、五割は二匹の大きな犬のような生物に荷台を引かせているもの、四割は元の世界で言うところのバッファローに似た生物に引かせているもの。残り一割が馬車というわけだ。正確に言えば馬とは少し違う生き物なのだが。
「すげぇ…!」
漫画やアニメでしかみたことないいわゆる異世界転生者に俺はなったようだ。
そんな実感は全くなく、外国に旅行に来たような気分だった。
だがすぐにここが異世界であることに気付かされる。
獣のような耳や体毛がある二足歩行する生物。
いろいろなタイプが見られたが一くくりに言うと亜人というタイプの生き物だ。
数は多くはいないようだが、人間は驚くことなく一緒な道を歩いている。
元の世界では発見されると大騒ぎされるようなその生物はその夢のような光景を現実だと突きつけてくるようだった。
「人が怒鳴ってんのにそれを無視できるお前の方がすげぇよ!」
さっきから反応しない俺にしびれを切らしたのか再び四十代ぐらいに見えるおっさんが怒鳴る。
別に無視しようとしていたわけではないのだが、それ以上に目の前に広がる景色が新鮮で他のことが耳に入ってこなかっただけだ。
それを無視と言うのかもしれないが。
「すみません」
俺は短くそう言うと道をあけた。
おっさんはばつの悪そうな顔ですれ違い様に
「お前見ない顔に見ない服だが他の国から来たのか?それなら一応言ってやるが黒い服は着るな。それは王族が死んだときに着るしきたりだ」
と言ってくれた。
あのおじさんは嫌な人なのだろうか優しい人なのだろうか。それは分からなかったしどうでもよかった。
ただ俺は葬儀のために来ていた学生服を脱ぎ、中に来ていた白いTシャツの状態になった。
そんな事があったあとすぐに俺は母親について聞き込み調査を開始した。
時に俺はいかがわしい店に入り「坊やにはまだ早いかな~」と追い出され、時に酒場に入って「ガキは入ってくんな」と追い出されたりもした。
それからも俺はどんなに冷たくあしらわれようが、いくら手がかりがなかろうが聞き込みを続けたさ。
でも、何も情報は集まらなかった。
これは俺は悪くない!文字通り世界が悪い!
そんな事を考えながら歩いているといつの間にか薄暗い路地裏に入ってしまっていた。
夜になったらバーやらで活発になりそうな路地裏は、あいにく今は昼下がりのためどの店もしまっていて何とも嫌な雰囲気を出していた。
「漫画とかだとここで不良に絡まれたりするんだよな~」
それは神のいたずらか、それとも本当に願いを叶えてくれたのか。
物陰からがらの悪い四人組が俺の前に姿を表した。
見たところその四人組は全員純粋な人間ではなく、亜人だった。
キツネ型が一人、リザードマンが一人、猿型が一人、豚型が一人という構成だった。
薄い笑みを浮かべて徐々にこちらに近づいてくる四人組。
俺は逃げようとしたが、お決まりのように転んでしまい、その間に回りを囲まれてしまった。
「本当に絡まれちゃったよ…まぁフラグ立てた俺が悪いんだけどさ」
俺はゆっくりと立ち上がりながら軽い笑顔で呟いた。
「何言ってるかわかんないけどさ、ちょっと俺たちにお金貸してくれない?」
テンプレの鑑のようなセリフを言ってくる、リーダー格なのであろうキツネ型の亜人。
もちろん俺は来たばっかりでお金なんて持ってないし、持ってても渡すつもりはない。
かといって喧嘩になったら四対一で勝てる自信もない。
こうなったら無理やりにでも誤魔化して行くしかない。
「すいません、僕お金持ってないので。それじゃこれで」
「おいおい、そんな珍しい服着てそんなはずないだろ。ちょっとジャンプしてみろよ」
昭和のヤンキーか!と心の中で突っ込みつつ俺はしぶしぶジャンプする。
当然何も入っていない俺のポケットからは音は全く響かない。
「本当に持ってねぇのかよ…」
ヤンキーに呆れられるほど悲しいことはあるだろうか?いや、ない。
今度からは三百円ぐらいは持ち歩いて出掛けようと決意した。
「…まぁいいよ。じゃあ今から家に取りに帰れよ。戻って来なかったらどうなるかわかってるよなぁ?」
「すいません、僕家ないので。それじゃこれで」
俺が強引に切り抜けようとすると、少し流行に遅れているのか、キツネ型のヤンキーが俺に壁ドンをしてくる。
正直男にされても気持ち悪いだけなのだが当然そんなことは言えない。
少しヤンキーたちが不機嫌になっているのは顔を見れば分かる。
「なぁ俺たちは真剣にお話してるんだ。最後だぞ、そこの大通りで魔法でもぶっぱなせ。その間に俺たちはスリをするから」
「すいません、僕魔法使えないので。それじゃこれで」
父さんにもぶたれたことがない俺の頬がキツネ型のヤンキーに思いっきり殴られ、俺は結構ぶっ飛んだ。
人に強く殴られるという経験は初めてなことに気が付いた。
その初めての気分は思っていたよりも悪く、怒りが込み上げて来た。
しかし俺は口内が切れて出血した血が流れてくるのを拭うことしかできない。
「俺は警告したぜ?それを聞かなかったのはお前だからな」
「まぁそうだな。でもまずそもそも何でそれを聞く必要があるんだ?」
そんなことをすれば余計に殴られるのは分かっていた。でも金も力もない俺は何もすることはできなかった。それでも俺のちっぽけなプライドは反抗した。
抗えって、そんな勇気もないやつは誰も助けられないって。
「ムカつく野郎だな。おい、やっちまうぞ!」
当然のごとくヤンキー四人組が俺に向かってきてボコり始める。
殴られ、蹴られ、時に頭突かれ。
反抗しようにも一対一でも勝てるか分からない連中に四対一をしているのだから素直にやられるしかない。
唇が切れて血が出たり、目の上が腫れてほとんど何も見えなくなったり、多分腕も折れているだろう。
始めうちはめちゃくちゃ痛くて苦しかったが、だんだん痛覚が麻痺してきて、力も入らないのでただ物理法則がはたらくままに動かされていた。
こいつら飽きないのか?と、思うほどヤンキーは俺をボコり続け、呪いのようにお前が悪いんだからな、と呟いていた。
俺は暴力が嫌いだ。まぁ好きだと言う人の方が稀なのかもしれないが。
でも俺は、暴力でしか解決できない問題や瞬間もあると思う。
それが今だ。
なのに俺は何もできない。弱い。あまりに無力だ。
悔しかった。それはこんなチンピラどもにやられることがと言うよりも、他に原因がある気がする。それが何なのかは自分でもよく分からない。
「おいおい、あれだけでかい口叩いておいてざまぁねぇな。何か言ってみろよ!」
「じゃあ言ってやるさ。お前らは集団で暴力をふるうことでしか自分の存在意義を見いだせないかわいそうなやつらなんだよ!ダサいんだよ!」
あぁ~やっちまった~と思った時にはもう手遅れで目が腫れてよく見えないが多分ヤンキーたちはぶちギレていた。
ただ後悔はしていなかった。と言うより逆に清々しい気分だった。
言いたいことが言えて満足だった。
「よっぽど死にてぇらしいな!じゃあ、お望み通り死ねや!」
キツネ型ヤンキーがこれでとどめだと言わんばかりに腕を大きく振り上げた。
俺はもともとあまり開いていない目を強く瞑った。
このまま殴られると、死ぬまではいかなくとも意識は確実に飛ぶだろう。そうすると意識が飛んだ後に何をされるか分からない。まぁ実質死んだようなものには変わりない。
俺は覚悟を決めた……のだがいつまでも殴られる感覚は襲ってこなかった。
ゆっくりと目を開けれるところまで開けると、女の子と思われる人影が俺を庇うようにたっていた。
「あぁん?何だお前は!?おめぇも殺されてぇのか?…いい女じゃねぇか。おい、こいつは違う意味でヤっちまおうぜ!」
ヤンキーどもの下品な笑い声が聞こえる。
俺は物凄く腹が立って、ヤンキーたちに向かって行こうとした。
しかし、女の子が
「私はこういうものですが、それでもする気ですか?」
と、一言言って白い手袋に描かれている紋章を見せるとヤンキーたちは黙ってしまった。
「……その紋章は、まさかっあの貴族のとこのっ!お前らずらかるぞ!」
黙るだけではなく、これまたずらかるなんか言葉を使い昭和のヤンキー感を全面に出して逃げていった。
ヤンキーの言葉を拾ったところ、この女の子は貴族の家の子らしい。
でも何でそんな子が俺のことを?
「いっぱい怪我してますね。今治癒魔法をかけるから待ってて下さい」
さすが異世界。魔法とかあるんだな。
とそんなことを思っていると優しい光が俺を包み込んだ。
切れて出血していた部分の傷が塞がり、折れていたであろう骨もつながっていき、痛みが消えていく。
母のような安心感が俺を包んでしばらくすると、ふいに光が消えた。
治療が終わったようだ。
目の上の腫れもひき、しっかりと目を開けることを確認すると、目の前にいたのは腰辺りまである長い黒髪を頭の後ろでくくりアーモンド型の目をした美少女だった。前髪は少しくせがあり、特徴的だった。
身なりも整っており、ドレスとまではいかないがきらびやかな青色の高そうな服を着ていた。
「…危ないところでしたね、あらた君」
「……ん?何で俺の名前知ってるの!?」
もちろん会ったことも見たこともない…多分。
そもそも俺がこっちの世界に来てまともに会話したのはあのおっさんと、さっきのヤンキーぐらいだ。知り合いなんているわけがない。
ならどうしてこの子は俺の名前を知っているとだろうか。
「…やっぱり、覚えてないですよね…」
しかし俺は心の中になにか違和感があった。そうだ、この特徴的な前髪のくせっ毛をどこかで見たことがある。
あれは…そうだ俺の家だ。
「…っ!お前はタマなのか…?」
人探し冒険譚 バカの天才 @bakaten
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