人探し冒険譚

バカの天才

第1話 死から始まる人探し


 悲しさ、寂しさ、切なさ、苦しみ。

 そんなものを表す代名詞が一人ボッチなのだとしたら、

 

 俺は今日、一人になった。


 黒い服を着た集団が俺の父親と母親の笑顔の顔写真の前で線香を炊いて、手を合わせている。


 今行われているのは、俺の両親のお通夜で、ここは通夜会場だ。


 俺の両親は俺の誕生日に二人揃って仲良く逝ってしまった。

 昨日まであんなに元気そうにしていた人が、突然に死んでしまうのはなんとも不思議な感じだった。


 兄弟がいない一人っ子の俺は両親の愛情を一身に受け、なに不自由なく今まですくすくと育ってきた。

 俺の家が世界で一番幸せなのではないかと思うほど家族関係は順調で、それなりに裕福な暮らしだってしていた。


 俺はとても優しい両親が大好きだったし、両親も俺のお願いなら大抵のことは聞いてくれるほど俺を好きだったと思う。

 俺はこの幸せな家庭がいつまでもあるものだと思っていた。


 しかし、終わりはあまりに突然だった。

 

 その日は俺の十七才の誕生日だった。俺が学校に行っている間に両親は俺の誕生日プレゼントを買いに行ってくれていたらしい。

 

 そんな俺が両親が乗っていた車が暴走したトラックに潰されたと聞いたのは学校からの帰り道だった。

 両親はわざわざ買い物に隣街まで行っていたらしく、その途中にある山道で事故が起こったのだそうだ。


 警察の話によると、両親が乗っていた車はぺちゃんこになっていたそうだ。そのぺちゃんこの車の中からは原型をとどめていない父親の死体が発見された。

 母親の死体は車の中からは見つからなかったので、何かの拍子に山の方へ放り出されたのだろうと言っていた。また、どっちみち助かってはいないだろうとも言っていた。


 何で…何でなんだ!


「なぁ、この前父さんの誕生日の時に俺の孫を見るまで死ねないとか言ってたよな?」


 父さんの死体が入っている棺の前に立って呟く。

 

「俺が私立の大学に行きたいって言ったら、もっと仕事頑張らなきゃって言ってたよな?」


 やめろ、そんなこと言ったって無駄だ。

 そう俺の心の声が告げてくる。でも俺は、出てくる言葉を止めることができなかった。


「どうして、二人とも俺だけ置いて先に逝くんだよ!何でだ!今までのことは全部嘘だったのかよ!?」


 気付くと俺は叫んでいた。

 叫んだところで、両親が生き返るわけでもないし何かが変わることもない。

 そんなことも、今俺がしていることが他の人からすると奇行だということも十分理解していた。


 しかし俺は俺から溢れ出てくる感情を抑えることなんてできなかった。


 あらた君、やめなさい。そんなことしても何にもならないわよ


 うるせぇよ


 あらた、確かにこれは辛いことかもしれん。でも人はいつか死ぬのだから、これからの新しい出会いを大切にしなさい


 黙れよ、てめぇらに何が分かるんだよ


 あのねあらた君、別れがあれば出会いがあるのよ。だからきっと君にも素敵な出会いがあるはずよ。

  

 葬儀に集まっていた親戚が俺を見かねて集まってきて、こんな言葉を掛けてくる。 

 多分だが親戚の言っていることは正しい。死んでしまったことはどうにもできないし、切り替えることは必要だと思う。

 でも今の俺にはそんなことを聞く余裕がある精神状態ではなかった。


「うるせぇんだよ!お前ら揃いも揃って!お前らに何が分かる?何も分かってねぇんだ!適当なこと言ってんじゃねぇよ!」


 俺は葬儀場を飛び出した。そして走った。どこまでも、どこまでも走った。 

 服は動きにくいものだったし、息は切れた。それに汗もボタボタ滴り落ちていた。

 それでも俺は気にせず走った。


 走り続けたらこの心のモヤモヤから抜け出せる気がした。

 しかしそれは気がしただけであって、いつまで経っても俺は暗雲の中から抜け出せずにいた。


 気が付くと俺は小さい頃よく両親と来た公園へとたどり着いていた。

 小さい頃の俺は滑り台、ブランコ、ベンチしかないこの小さな公園の何が良かったのか分からないが、ほぼ毎日のように来ていた。

 

「何でこんなところに来ちまうんだよ。あれか?神様も両親の死と向き合えって言ってんのか?」


 別に来たくて来たわけじゃない公園のベンチに座り、そんなことを呟いていた。

 曇天の空はまるで俺の心を写しているようだった。


「…雨か?」


 俺の真下の地面が濡れた。雨かと思ったが違うみたいだ。

 水の出所を探っているとそれは俺の目からだった。

 

 俺は両親が死んでも涙はまだ出ていなかった。本当に悲しい時は出ないのかと思っていたが、どうやら違うらしい。

 今まで俺が無意識のうちに我慢していたが、とうとう堤防が壊れ水が流れ出てきたみたいだ。


「クソッ!何なんだよ!何だよこれ!」


 俺の大粒の涙と鼻水は止まらなかった。それから声にならない嗚咽まで吐き出した。

 

 心地よい公園の風に吹かれ、俺は高校生にもなって声をあげて大泣きした。普段ならこんなことは絶対にしないが、居心地がよい公園に背中をさすられ、俺は赤ん坊のように泣きじゃくった。


「ははっ、周りに人がいなくて良かったぜ」


 泣き止んだ俺は少し恥ずかしい気持ちになったが、とてもすっきりしていた。

 あまり人気のない公園なので周りに人がいないことが不幸中の幸いだった。


 泣き疲れたせいか、両親が死んで眠れなかったせいか、はたまたその両方か。俺は強い眠気に襲われ、ベンチの上で横になる。

  

 この公園で遊んだこと、転んで泣いたこと、お漏らしをしてしまったなどがふいに頭に浮かんでくる。

 それらの全部か俺と両親を繋ぐ大切な思い出だった。


 しばらく感傷的な気分に浸っていると、俺の意識は暗転していた。



 助けて、あらた


 その声は俺に助けを求めていた。

 今俺が世界で一番会いたいが、どうあがこうが会えない人の声だ。


 「母さん…なの?母さん!どこにいるの!?助けてってどういうこと!?」


 あらた、こっちの世界に来て助けて


 その聞くだけで安心できるはずの声はとても弱々しかった。

 今にも消えて今いそうな微弱な電波のように感じた。


 「こっちの世界って何!?ねぇ教えてよ!待って、行かないで!」


 それ以降母さんの声が聞こえることはなかった。



 目が覚めたのは次の日の朝だった。昨日とはうってかわって強烈な日差しが無理やり俺を起こしにきた。


「んぁぁ…あれは夢……なわけないよな」


 夢のようなあの声は今でもはっきりと俺の耳に残っていた。

 夢にしてはできすぎていると思う。 


 母さんは助けを求めていた。普通の人なら気のせいだとでも言って片付けるだろう。

 でも俺はどうしてもあれが本当にしか思えなかった。


 それに母さんが困っている。

 それだけで俺があれを信じる動機としては十分だった。

 だって母さんが生きているかもしれないという希望があるかもしれないのだから。


「でもこっちの世界って異世界のことだよな…どう行けばいいんだ?」


 漫画やアニメでよく見る異世界転生。それのやり方は大抵がお決まりだった。


「そうか!俺も母さんと同じように死ねばいいんだ!」


 俺は気が狂っていた。

 俺は両親の死によって精神はひび割れたガラスのように壊れていた。もはや俺の心は狂人の域に達していた。


 俺は自殺して異世界に行こうとすることが名案だと思った。絶対に行けるわけでもないのに行けると信じて疑わなかった。

 まぁでも両親がいないこの世界に俺は生きる意味なんかないと思っていたので丁度いいといえば丁度よかった。


 でもただで死ぬのも面白くない。

 俺は親族にちょっとした復讐をしてから自殺してやろうと思った。

 やはり俺は狂っているようだ。

 だって本当は親族は何一つとして復讐されるようなことはしていない。  

 でも俺は、俺以外の通夜に来た親族はみな偽善者だと思っていた。

 

 もはや何が正しくて何が悪なのか、そんなことを判断する余裕など残っていなかった。

 一刻も早く母親に会いたい。その一心で今日行われる予定の葬式の葬儀場へと急いだ。



 俺が葬儀場に着いたのは葬式が行われる直前だった。 

 そこで俺は親族に冷たい目で見られた。当たり前と言えば当たり前だ。昨日あんな風に出ていったのだから。


 だが正直そんなことはどうでもよかった。だってもうすぐこいつらとはお別れなのだから。


 葬式が始まる時間になった。

 司会は俺がすることになっている。


「えぇ、本日は父、健也と母、智子の葬儀に足を運んでいただき誠にありがとうございます。そんな心優しき皆様に私からサプライズをさせていただこうと思います」

 

 会場中がざわめく。 

 まぁ当然の反応だろう。普通の葬式では絶対にあり得ないことを司会が口走ったのだから。


 そんなことは気にせず俺は両親の棺の前に行く。

 そして覚悟を決めてこう叫んだ。


「お前ら見てろよ!俺には思ってもない言葉を掛けたやつ!父さんと母さんが死んでもなんとも思ってないやつ!いいか!お前らのせいで俺は死ぬぜ!」


 そう言うと俺は舌を勢いよく噛みきった。


 それを見て駆け寄ってくるやつ、何かを叫んでいるやつ、救急車をよんでいるやつ、などいろいろなやつがいた。

 どうだ?これでお前らも夢見が悪いだろ?


 どうせ俺は母さんに会いに行くために死ぬんだ。それなら少しでもお前らの害になることをして死んでやるさ。


 舌を噛みきった痛みはあったが恐怖などは全くなかった。

 意識がどんどん薄れていく。

 どうやらもう限界のようだ。


 それにしても、なんか、あぁ


  

 死ぬって気持ちいいんだな

 

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