第12話 恵美と龍の疑問


暦の活動限界まで残り2時間を切った頃、サツキ達は着々と儀式の準備を進めていた。



「サツキ~~、用意出来たお~~~」


「なら、アルラの指示を煽ってくれ。」


「ササ、サツキ、くん……、グラスに水入れて……き、来ましたっ!!!」


「どうも。そこに置いといて。」



慌ただしく時が過ぎていく中、恵美と龍はすっかり置き去り状態となっていた。そもそも異世界の事をまだ理解し切れてない二人は、ユキの想像以上の適応能力の高さに驚きを隠せなかった。



「ユキのヤツ、まるで動揺した様子がねぇーな。なんも疑問に思わねぇーのか、アレは………。」


「そうね、私もつくづく同感だわ。異世界がどんな所かまるで想像もつかなかったけど、まるで黒魔術の現場にいるみたいね………」


「まぁ……そうだな。つか、あんな魔女が使うような鍋どっから手に入れてきたんだ………」



龍が視線を動かした先には、童話の世界に登場してくるような壷型の鍋を、部屋の中だと言うのに直火でクツクツと何かを煮出している。漂ってくる不気味で鼻を刺す臭いに顔を歪ませながら、二人は不可解な面持ちを浮かべていた。



「今更なんだけどさ……、ロロがあんなに器用に魔法を使えるのにも驚いたわ。可愛いだけの生き物だと勝手に思い込んでいた自分を殴ってやりてぇ。」



感心したように言葉を吐く龍の隣で、またもや恵美も全く同意見だと深く頷いて見せる。


事前の役割分担発表で鍋担当に抜擢されたロロは、メモされた材料を一つ一つ浮遊させ、見事に鍋の中へと運んでいく。たっぷりと材料を入れると、今度は自身を宙に浮かせ長い棒をでグルグルと焦げ付かないように注意しながらかき混ぜていた。



「にしても、本当に臭いわ……。一体何を煮出しているのよ……アレ。」


「ヤモリ、ワラ、蝋燭、蜘蛛、コウモリ、ネズミ、蛇、薬草っぽい何か……。あと………。いや、もう何も言うまい……」


「え? なによ、気になるじゃない。」


「………なんかの脳みそと角、んで…………、人間の指。多分女性の。見た時爪に赤いネイルがしてあった気がする………」


「ちょっと……、勘弁してよ……。あんたの見間違いでしょう?」


「オレ、頭は悪いけど視力はいいんだよ!!! 間違いなく女の指が何本か鍋ん中に入って行った!!!」


「誰の指よ?!!!!!」


「オレが知るかよ!!!」



二人の言い合いは、いつの間にか部屋中に響き渡る大声へと変化し、それに気づいたアルラはそっと二人へと近づいた。



「煩い。小童共。少し静かにしておれ!!!」


「アルラさん……、あの鍋に指とか脳みそとか……入ってるんですか?」



緊張を走らせながら疑問をぶつけられたアルラは顔色一つ変えることなく、「そうじゃ」とだけ答えた。そうなんだろうとは薄々気づいていた恵美だったが、せめて嘘であって欲しかったと心底真実を呪った。



「女の指っすよね?」


「いいや、違うが?」


「え?!! でも確かにネイルしてあった気がするんだけど………。」


「ああ、マニキュアは塗ってあるぞ?」


「んじゃ、やっぱ女の指であってるじゃないっすか!」


「それは偏見じゃて。実際あの指はサツキのじゃしな。」


「「はぁ?!!!!」」



恵美と龍は一斉にサツキの指先へと意識を集中させたが、そこには確かに全ての指が間違いなく存在していた。



「いや、ちゃんと全本あるじゃないっすか!」


「まぁ、そうじゃが……。サツキの指なのは間違いないぞ? 目の前で切り落としてもらったからのぅ」


「またまたアルラさんったら! だったらなんであるんですか? あ! 私達をからかってるんですね? 流石に騙されませんよ? クスッ、切ったら生えてくるトカゲじゃあるまいし!」


「…………いや、生えてくるんじゃが。」


「「はぁ?!!!」」



二人の二度目のリアクションに苦笑気味なアルラは、「実際切り落として貰ったらいいではないか」という提案だけを残し、途中だった準備を再開し始める。


不意に最大の謎を置き土産にされた二人は頭を抱え、すぐ傍を通りがかったユキを見つけて慌てて駆け寄った。



「ちょっとユキ!!!! 聞きたいことあるんだけど?」


「なに?」


「サツキさんって……指生えるの?」


「うん、生えるよ。でもだからって気軽に切り落としていいモノじゃないよね……。」


「マジかよ……、アイツ指生えるんのか……。つか、異世界人ってみんなそうなんか?!」


「違うと思うけど……。私もよく分からないや。ただサツキくんは再生能力に特化しているみたい。」


「つくづくチートな男だな。悪いのはボケのセンスと性格だけってか………」


「龍、なに? 聞こえなかった。もう一回言って?」



ボソリと呟いた言葉がユキの耳元にも届くと、額に青筋を浮かべた笑顔を向け、龍へと迫る。



「いや、うん、アレだ。アイツも指落とすとか痛かっただろうなって思った。うん。ほ、ほら……それよりも準備しないとサツキに怒られるぞ?」


「え? 怒ってくれるかな?」



急に照れだすユキに「そいや、コイツただの変態だった」という事を思い出し、龍はユキの背中を強く推し、準備へと向かわせた。



「良かったわね、龍。ユキに殺されなくて。」


「いや、うん、本当にな。」



***


___コンコン。



「誰ですかぁ?」


「クラウスです。今お時間宜しいでしょうか?」



クラウスは怪しい軍服姿から不意に得た情報を頼りに、コロの部屋を訪れた。また会えるかもしれないという淡い期待と酷い罪悪感を胸に、開かれた部屋へと足を踏み入れる。



「あら、クラウス様。どうなされたのです?」



机の上に大量に置かれてある書類を整理しながらコロが問うと、どこか気まずそうな雰囲気に身を染めるクラウスの姿が目に入る。



「あぁ、別に取り込んでなどおりませんので、どうぞ安心なさってくださいませ。」



コロの気遣いに安堵の息を吐き、クラウスはゆっくりと口を開いた。



「自由権獲得活動にお忙しいとは存じますが、どうかこのクラウスにお力を貸しては頂けないかとお願いに参りました。」


「何かあられたのですか?」


「本当に不躾なお願い事になってしまうのですが、友人を呼び戻して頂きたいのです。」


「……ご友人ですか? えっと、申し訳ありません。お話がよく理解出来ないのですが?」


「こ、これは大変申し訳ありません!! 気が急いてしまっているんですかね……。きちんとご説明させて頂きます。」



クラウスはお願いの真相と自身の複雑な胸の心境を一切包み隠すことなくコロへと打ち明けた。クラウスの性格的なものだろう、一方的な頼み事をしている立場であるということもあり、正直な気持ちでぶつからなくてはならないという父の教えに乗っ取り、精一杯の想いで告げたのだ。



「なるほど。それはさぞ複雑な想いでおられることでしょう。ですが、彼岸との繋がりには………それなりの力を有します。少しお時間を頂いても宜しいでしょうか?」



リンが淹れて来たお茶を口に含みながら、悲しそうな表情を造り、クラウスに言葉をかける。するとクラウスは自分の気持ちが伝わったんだと、ホッとした表情を窺わせた。



「ところでクラウス様、そのユキという少女はサツキという方の恋人であるというのは、本当なのでしょうか?」


「どういうことです?」


「いえ、クラウス様のお話によると、相当非情な方のように思われます。このままではユキという少女の命が危ぶまれるのではないですか?」


「ですが……、二人が愛し合っているのなら……」


「甘いんではありませんか? その方は本当にユキさんを幸せに出来るのですか? 人を顔色一つ変えずに殺してしまえるような方が本当にそう出来るとは思えません。」


「ですが、ユキがサツキを愛してしまっているんですよ?」


「愛など………ただの妄想の戯言に過ぎません。人の心は激しく移り変わり、どんなに愛していた人でもたった1秒で嫌いにもなれるのです。愛なんてものは虚像以外の何物でもありませんよ。ならば、幸せに出来る方が一緒にならなくてどうします? 少なくともわたくしはそう思いますわ。」



コロの言葉にクラウスは心の奥深くで蠢いているモノを引きずり出されたような気がした。本当は自分だってそう思っていた。だが、何かと理由をつけては臆病風を吹かせ、心の底へと沈めたその想いを初めて自身で受け止められた、そんな気にさえなった。



「応援致しますわ、クラウス様。出来る限りのお力添えはさせて頂きますので、どうかお幸せになられてください。そしてご自分の気持ちに嘘などお付きにならないでくださいね? わたくしに正直であられたように、愛する女性の前でも真摯な姿で向き合われてください。そうすれば必ず、彼女もクラウス様を選ばれることでしょう。」



コロはニコリと満面に微笑むと、優しくクラウスの手を握り優しく包み込んだ。



「クラウス様ならきっと大丈夫ですわ。どうか彼女のために出来る事をされてくださいませ。」


「コロ様………、本当にありがとうございます! 男クラウス、やっと決心する事が出来ました。」


「うふふ、その意気ですわ。彼岸と繋がるには色々調べなくてはならない事もありますので、また詳細は追って連絡を差し上げるということでよろしいですか?」


「はい、どうぞよろしくお願いいたします。」



深々と長く頭を下げ、クラウスはスッキリとした様子でコロの部屋を後にした。残されたコロは不敵な笑みを浮かべ、茶を啜った。



「本当に愉快な事になりましたわね。まさか朱鴉に恋人がいたなんて。ウフフ、また貴方の大切なモノを壊せる日が訪れるだなんて、想像しただけでも滾りそうですわ!!」


「コロ様、お顔が邪悪になってやがりますです。」


「あら、失礼。あまりにも嬉しくて。またあの表情が見れると思うと………。うふふ、いけませんわね。優しい私でいなければね。」




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拝読頂きありがとうございましたm(__)m

仔犬のお世話を経て帰宅してから色々とやることが山積み状態で更新が出来なくて申し訳ありません。


仔犬の愛らしさにニヤニヤと頬を緩め、育児に追われておりました。

いやぁー、仔犬のお世話でこんなに大変なら、赤ちゃんはノイローゼだなとつくづく母は偉大な存在だと実感した今日この頃です。


そしてFF14に追われ……(え

現在に至ります。


また書き終わりましたら更新致しますので、奇跡的に暇潰しにご利用されてくださっている方々、今後ともどうぞよろしくお願い致しますm(__)m



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