第8話 コロ現る


「父上……、こちらの方は?」



扉を開けた途端、丁寧にお辞儀をし、挨拶をしてきた少女を見つめ、クラウスは困惑した様子で父であるイザエルへと視線を移す。



「こちらはデニスに良くしてくれていた巫女族のコロさんだ。ファルスがあんなことになったものだから、私がデニスの仕事を引き継ぎ、管理をしようかと思ってな。」



人々から崇め奉られる立場の巫女族が、一国の王であってもただの人間であるイザエルと知り合いだったことにも驚いたが、そもそも人間に干渉してはならないとされているはずの巫女族が、堂々と城を訪れて来ている事にも、どこかクラウスは違和感を覚えた。


だが、王室に来て挨拶をされている以上、皇子としてきちんとした振る舞いが要求される。父の仕事の内容に口を出すなど、息子であっても許されるものではない。



「お初にお目にかかります。クラウスと申します。巫女族の方にお目にかかれるなど有難き幸せでございます。」



片膝をつき、深く頭を下げるクラウスに満足そうに笑みを浮かべる少女。



「こちらこそ、名高き麗しい皇子にお会いすることが出来て光栄ですわ。」



艶やかな漆黒の髪を耳へとかき上げ、巫女装束に身を包んだ少女は、緋袴を軽く摘み上げ再度軽い会釈をし、クラウスに挨拶を告げた。



「早速で大変申し訳ないのですが、クラウス様に幾つかお尋ねしたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」


「はい、なんなりと。」


「行方不明になられた方々が多数おられるということなのですが、その後消息はお分かりになりましたか?」



不意に問われた質問に、一瞬理解が遅れたがすぐにユキ達の事だろうと気づく。



「いいえ、3名行方が分からなくなっているんですが、足取りはおろか……何も掴めてはおりません。」


「突如として消えた、……という認識で違いありませんか?」


「はい、そのように理解しています。」



はっきりとした口調でそう告げると、コロは少し上向き、考え事をするよう口元に手を当てた。



「やはり観測は事実でしたようですわね。申し訳ありませんがイザエル様、やはり先程の内容でお話を進めていってくださいますか?」


「承知いたしました。ところでしばらくはセムナターンに滞在されるご予定なのですか?」


「ええ、そのように予定しております。わたくしどものような巫女が在留してしまう事態になってしまい、御迷惑をおかけしてしまうかも知れませぬが、何卒よろしく申し上げます。」



コロは深々と頭を下げ、クラウスにも軽く会釈を添えてからゆっくりとした足取りで、王室を後にした。



「父上、いらぬ口出しということは重々承知しておりますが、何故巫女族が我が国へ? 巫女族はそもそも自由に街などを歩けるはずはないのではないですか?! 父上、本当にあの者は巫女族なのでしょうか?」



クラウスの疑問は最もだった。

そもそも巫女族というのは特殊な血族である事から指定許可が下りていない地域には髪先一つ、足を踏み入れることを許されていない保護族なのだ。


限られた地域だけでの生活を強要され、生涯をそこで過ごす。

そのため、一般人はその姿を見る事は叶わないとされているほど高貴な存在だと言われている。


だが、生まれながらにして強制的に運命を定められ、自分の思う生き方など何一つ叶うことはない。まるで牢獄のような地域で利用され続ける可哀想な『籠のとり』と呼ばれることも多い種族だ。


だからこそ巫女族は尊く敬われてきた。

自身を犠牲に世界の精気の乱れを常に平和に維持しているからだ。


そんな巫女族が訪れる許可など、このセムナターン国に下りるはずなどなかった。確かにここ数年戦争などいった混乱は起きてはいなかったが、争いが起きた地域の気の流れは著ししく乱れており、巫女族が生息を許される場所であるはずがないのだ。



「クラウス、お前も巫女族の現状はよく知っておるだろう? 世界に囚われた一族……。コロさんは巫女族にも生きる自由があるべきだと訴えておられる方だ。私もそう思う。確かに巫女族は特殊な種族ではあるが、だからといって生まれながらにして生き方に制限を設けられているという実情は不条理だ。私は少しでも巫女の方々のお力になれればと考えておる。」


「世界制度の変革を望まれていると……、いうことなのですか?」


「このような古い格式のような縛りはもう要らぬだろう。」


「そうなのかも知れませんが………」


「世界に抗うのが怖いのか? クラウスよ。」


「いえ、父上がそう望まれているのであれば微力ではありますが、このクラウス、精一杯務めを果たしたいと思っています。」


「そうか、すまぬな、クラウス。」



クラウスはイザエルへ敬礼し、王室を出た。

よくよく父の言葉を思い返してみると、確かに巫女族は理不尽な生活を強いられている。父なりにそんな窮屈な檻の中から救い出す手助けをしているのだなと、深く心を打たれた。



(流石は父上だな。)



尊敬の念をイザエルと送るクラウスの後ろにシルヴィーの影がチラリと映る。



「ばっかな親子だことぉ~~~」




****


【現実世界】


「サツキ様、伝霊の準備出来ました。」



ユキの家の一室に作られた、まるでミサでも捧げるのではないかという程の大掛かりな装飾の数々達。部屋の灯りはブルーのブラックライトで統一され、外の光が一切入ってこないよう分厚い暗幕式のカーテンで窓は塞がれていた。


部屋の中央には小さなテーブルが設置され、その上にはワイングラスが準備されており、中には水が半分ほど注がれていた。


サツキは暦に促されるように中央へと足を進めると、暦の腰を抱き寄せ、用意されていた短刀を勢いよく暦の腹部へと抉り込ませていく。



「アッ……、ンン、アァッ………」



腹部から滴れる血液は暦の白装束を一気に赤く染め上げ、床へと流れ落ちていく。滴れた血液は床に彫られていた線に沿い走り抜け、一つの魔法陣を描き出した。



「ンっっ………アッ……、サツ、キ様……」



全ての溝に血液が溜まると、サツキは暦の耳元へと口を近づけ、息を吐くように何かを小さな声で詠唱すると、突如暦の身体は生気が抜け落ちたように崩れ落ちていき、サツキは暦から抜き取った短刀で自身の手首を激しく切り裂く。


溢れ出る血液でそっと暦の唇をなぞってから、今度はワイングラスの中へと自身の血を注ぎ入れた。


グラスが濃厚な紅色になると同時に、蒼い光が中央から部屋を呑み込み、瞼を開けていられない程の強烈な光が発生したと思ったら、散弾していくように一気に飛び散っていった。


サツキは飛び出した光を見送り、ワイングラスから手を離すと、すぐに暦の身体を抱きかかえ、アルラを呼ぶ。



「終わった。あとは頼む。」



血に染まる暦に一瞬眉をひそませ、アルラはすぐに仮死術式を展開させた。


その全貌を見ていたユキ達はその場に立ち尽くし、ただその光景に息を呑む他なかった。



「あいつら……本物の異世界人じゃねぇ………か。」



龍がボソリと呟くと、隣で同じように見ていた恵美も頷き同意を告げる。



「私たち、殺人現場にいるわけじゃないんだよね………?」


「いや、そうなのかもしれねぇ………」



ピクリとも動かなくなった暦を見つめ、二人は絶望の中に堕とされていた。

もし、暦が死んでしまったら殺人を止めなかった自分たちも罪人であることに違いはない。


初めて人の死を間近で体感した二人は、服を汗で濡らし、止まりそうになる呼吸から逃れるように荒々しく息を続けていた。



「………生きてるよな?」


「し、知らないわよ………」



暦の返り血を受け、指先から血を滴らせるサツキに龍は近寄り、粗暴に腕を掴み訴えかける。



「おい、サツキ、暦ちゃん殺したのか? なぁ、殺しちゃったのかよ?! なんであんなこと……したんだ。ただ儀式をするだけだって言ってたじゃねぇーか!!」



力強く握った腕に今度は縋りつくように崩れ落ちると、サツキは意味も分からなげな顔で龍へと視線を落とす。



「なぁ、どうして……、なんであんな可愛い子殺せたんだよ………」


「………さっきから何言ってんの?」


「なにって、お前刺したんだろ?!」


「まぁ、そうだね。」


「『まぁ、そうだね』ってなんだよ!! この人殺しが!!!」


「まぁ、確かに人殺しではあるが。」


「やっぱ殺したんじゃねぇか! どうすんだよ、これから!!」


「どうするって、暦に場所を探ってもらってるから、話はそれからになると思うが?」


「そう、暦ちゃんに……って、暦ちゃん殺したのお前だろが?!」


「は?」



噛み合わない話を見かねてか、横からアルラが乱雑に言葉を投げた。



「勝手に暦を殺すでない。暦は生きておる。さっきから煩い小童じゃのぅ」


「どうみても死んでるじゃねぇーか!」


「魂がない状態になっただけじゃろが。」


「それがすなわち『死』だろ!!!!」


「めんどくさい餓鬼じゃの。」



アルラは術式を施した暦の身体を抱き上げると、説明をしてやるとリビングへと龍達をアゴで促す。廊下じゃ落ち着いて話も出来ないと、リビングの扉を開け、大きめのソファーに暦を寝せると、ユキにお茶を頼んでから事の申し開きを始めた。



「アレはただの儀式の一端じゃ。」



前置きをキチンと置いてから、アルラはこの現実世界の小童にも分かるよう説明した。


サツキが執り行った儀式は通称『伝霊神颪』と呼ばれるもので、自身の魂を光のような物体へと変幻させ、ありとあらゆる人物、物体を媒体とし、干渉することを可能する、というものだ。


雷のようなデンキへと変幻させた魂は、時間の概念、物体や人間のライン全ての垣根を超えて、一気に駆け巡り干渉し、情報をかき集めることが可能となる。


干渉するといっても、人間や物体自体に直接触れることは叶わない。

あくまでも観察、収集を効率よくこなす術式だと言われている。


もちろん隠密任務、潜入捜査など、活用方法は無限に存在し、その使用用途は千差万別だと知られている。中には、この術式を器用に使いこなし、覗きの常習犯として名を馳せている人物もいるほどだ。


ただ、肉体から魂を切り離すのに、自身の身体を仮死状態にしなければならない事と、それなりの魔力を有した術者が発動させなければならないというリスクの高い術式でもある。


そのため、普段使い出来るような術ではなく、大掛かりな情報収集や目的のためだけに用いれる禁忌一歩手前の術魔法の一つとされている。


身体が仮死状態から死へと変化すれば、魂もそのリミットを終えると同時に消え去ってしまい、正真正銘の『死』を黙認しなければならない事態にもなり得る。


よって、かなり危険な術とされている。

術者と伝霊となる成り手には、相当な信頼関係が要求されるといってもいい術式だと細かく説明を告げるも、龍たちの思考が話に追いつけるはずもなく、ただ首を傾げ続けた。



「要するに、暦ちゃんは生きているということですよね? サツキさんが何らかの術をかけているけど、また元のように生き返って動き回れるんですよね?」



恵美は自身にとって一番重要な事柄をアルラに問いかけると、「その通りじゃ」と頷き、恵美はホッと息をつく。


その様子を黙って見ていたユキは、冷たくなった暦の手を握り「良かった」と安堵の声を漏らしたと思ったら、今度は血まみれの腹部に顔を摺り寄せ始める。



「くっそぉおおお、羨ましいよぉ~、暦ちゃん!! 儀式前のあの不敵な笑みの正体はこの事だったんですねぇえええ」


「ユキや………、ぬしも刺されたかったんか……?」


「サツキくんが、耳元に息を吐きかけながら腰を抱きよせ、私の体内に入り込むのであれば、無論歓迎です!!!」



清々しいくらいのドヤ顔で告げる変態に、アルラは大きな溜息を漏らし、サツキへと視線を移す。



「だそうじゃが、刺してやったらどうじゃ?」


「………刺すのはいいけど、あんたじゃ伝霊になれないんじゃ………」


「え? あの儀式に参加するのに、何か必要なのですか?」


「………まぁ、当然そうだろうね。あんたとはやりたくないしね。(死ぬし)」



私とはヤリたくないけど、暦ちゃんとはヤリたい………?!



「私とヤリたくはないんですか? 1ミクロンも? 可能性は0なのですか?!」


「0だな。そもそも出来る気もしない。」



私じゃ勃ちもしないと………。

ショックすぎる事実にユキは限界まで肩を落とし、泣き叫びながら玄関を飛び出していった。

その様子を見た恵美は冷たい目で玄関の扉を見つめ続けた。



「………何故突然駆け出して行ったんだ?」


「サツキさん……、激しく勘違いしていると思うのであまり気にされないでください。」


「勘違い?」


「卑猥な勘違いだと思われます。」


「………卑猥?」



恵美の言葉を聞き、アルラは腹を抱えて笑い、瞳に涙をたっぷりと溜め、サツキの肩をポンポンと優しく二度叩いた。



「ぷッ、お主、ユキとはヤリとうないのか。」


「は?」


「そうじゃよなぁ~、あんな変態じゃ食種も動かんわな!!」


「は?………なんの話?」



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拝読頂き、本当にありがとうございます。

もし、奇跡的に気に入って頂けましたら☆や♡などをお手数ですが頂けると嬉しいです!!!


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梅雨も明け、うだるような暑さの季節が到来致しますね………

冷房と外気の温度差で体調を崩されないようにお気をつけくださいませm(__)m


また次話もお付き合い頂けると嬉しいです!


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