第6話 悲劇の始まりの村
【セムナターン国】
イツカは、クラウスの命によりシルヴィーを一晩中捜索し続けたが、一向に痕跡は見つからず諦めて城へと帰宅しようと、裏路地を駆け抜けていると、聞き覚えのある声が耳を掠める。
「だ~か~ら~、そういうんじゃないからねぇ~!」
「シルたんもしっつこいなぁ~、せやからその話はもうええって。」
人気の少ない細い裏路地に佇む二つの影の中に、イツカはシルヴィーの姿を捉える。男の人とじゃれ合っているようにも見えたイツカは「シルヴィーにもそんな相手いたのか……」と内心口惜しさを秘めながらも、男と別れるのを少しの間待つことにした。
「アンタこれからどうすんの~?」
「ん~、ちょっとラムトゥに行ってこよかな~、【幻想空間】って言うたらラムトゥのマニアックおじさんしかおらへんやろ? むしろ専門分野言うてもええレベルのお人やしな。」
ニコリと笑みを零し、男はわざとらしく会釈をし、そのままヒラヒラと手を揺らしながら姿を消していく。イツカは『幻想空間』なんてものを今更究明しようとしている男の言葉に首を傾げながら、シルヴィーへと後ろから声をかけた。
「シッルヴィー!! やっと見つけたよ! クラウス様が用があるってさ。」
突然後ろから声をかけたにも関らず、シルヴィーはまるでそれを知っていたかのように頷き、イツカへと歩を詰める。
「盗み聞きなんて悪趣味だねェ~~~」
「盗み聞きとかし………たけども!! だけど、意味もよく分からなかったし、恋人同士のイチャイチャを妨害するほどの神経はアタシ持ち合わせていないから安心して!!」
「ちょ……っと、あんな胡散臭い男がワタシの恋人に見えたって言うのぉ?!!」
「ち、違うの? かなりイチャイチャしていたように見えたんだけど………。それに中々紳士風の人に見えたよ? 結構大人の男の人がタイプなんだなーって思って見てた。」
「んもうッ! まぁ、いいわ。で、皇子様がワタシになんの用? ユキって子が何処にいるかなんて知らないよ? 」
まるでクラウスの元に行く気など更々ないと言わんばかりにシルヴィーはイツカの問いに答えると、背を向けそのまま路地裏を抜け出さそうとする。そんなシルヴィーをイツカが逃すはずもなく、呆気なく腕を掴まれ、半ば強引といった状態で引きづるようにしてクラウスの部屋へと連行を開始した。
****
クラウスは調査団から上がってきた報告書へと目を通していた。
昨晩依頼していた『サツキに関する調査情報』についてというものだ。
ページを読み進めて行く内に、その記されている内容に胸を衝かれた。
(『悲劇の始まりの村』の生き残りだったのか………。)
クラウスは机へ項垂れ、悲劇だと言われた村の末路を思い出した。
発端は他国の侵略という名目での支配だった。
当時セムナターン国の元帥であった男は、『悲劇の村』で密かに開発されていた【
あの村が亡くなったのはセムナターン国自身に問題があったからに他ならなかった。
元帥が企んでいた事など知る由もなかったデニスは他国が戦争を仕掛けてきたんだと思い、小さな村の事よりも王都に脅威が忍ぶ事を恐れ、もはや占領されてしまっている村を敵国の拠点として一斉廃除指令を引いた。
そして、村は跡形もなくこの世から消え去った。
まさか最後は自分の国からの攻撃で壊滅してしまうなど、村の人々は夢にも思っていなかったことだろう。間違いなく、国の騎士が救出しに来てくれる、そう願っていたに違いない。
だが、国はそんな人々をいとも簡単に切り捨て灰にした。
五感加工薬が他国に流れる事の方が脅威だと恐れたのだ。
そのため、数百人の命よりも国を守った。
王としては当然の選択だったのかもしれない。
だが、そもそも元帥の行動を把握していなかった国のせいであるという事実は決して消えることはない。
この事は公にされることもなく、刻み込まれた忌まわしき記憶を消却するように誰も何も言わなくなり、事件は忘却していった。
また当時城内では事実を隠蔽したのは、もっと他に重大な理由があるとも噂されていた。
どちらにせよ、この事件はセムナターン国が生み出した最悪最低の出来事であることは間違いない。
事実、村の人々がどのような生活を虐げられ、どんな状況下にいたのか、王は知っていたはずなのだから。
(だとすると、サツキは復讐にでもきたのか? いや、そんなはずはない。この事実はそんなに広まってはいなかったはずだ。城下で噂として囁かれても所詮噂の領域を抜けることはない。では、何故サツキはセムナターン国へ来た? ユキを誘拐することで復讐を………?)
クラウスは知れば知るほどサツキという存在が恐ろしく感じられ、出処の分からない漠然とした不安感と共に、机へと頭を打ち付けた。
___コンコン。
ノックと共にイツカの声が聞こえ、中へ促すとその後ろには不服そうな表情を浮かべたシルヴィーが、イツカに続き部屋へと足を踏み入れる。
「ワタシに何か用があるそうでェ?」
「ああ、君はユキとサツキが一緒にどこかへ消えたと言ってたそうだけど、本当なのか?」
「もっちろん~! 二人は転移するように消えちゃいましたよぉ~~~」
クラウスはシルヴィーの言葉を聞き、より一層大きな不安に襲われた。
『転移』となると故意的に誰かがコードを展開し、その場から連れ去ったということになる。
「君はその場を見ていたのか?」
「ええ、バッチリと!」
「なら、ユキの様子はどんな感じだった?!」
「サツキに夢中でしたよ?」
「………違う。ユキはサツキに騙されているんだ。きっと意図的にユキを利用しようと………」
真剣に話すクラウスの目の前で、笑いを堪え切れなかったのかシルヴィーは大声で腹を抱えて笑い出す。その様子をただ呆気にとられたように見つめるクラウスに不敵な笑みを浮かべてからシルヴィーは、徐に口を開いた。
「サツキがユキを誘拐する理由に心当たりでもぉ~? もしかしてぇ~、セムナターン国への復讐にあの女の子が利用されているとかぁ~~? プププッ、そんな事思ってるなら大間違いも甚だしいですよぉ?」
「なっ……、なんで君がそんなことを……」
「知ってるのかって? 誰だってサツキには興味沸くでしょ~?好奇心が踊れば調べだってしますよぉ。で、も、ですよ? もしそうだとしても、サツキがあんな小娘利用しますぅ? 絶対あり得ないでしょ! サツキが本気でセムナターン国をターゲットにしていたら、もうこの王城は屍で構成されちゃってる勢いだと思いますけどねェ~。」
「だが、現にユキはサツキに連れ去られているじゃないか?!」
「む、し、ろ、逆じゃないですかぁ? 連れ去る名目としては小娘ちゃんの方が大いにありますけど? サツキは小娘ちゃんに興味ないけど、小娘ちゃんの方はどうでしょう? もし連れ去れる何か特別なモノが存在しているとしたら、サツキを独占したくなちゃったって誘拐してもおかしくはないんじゃないですか? ま、それなら多分転移先で即抹殺されてるかもォ~しれませんけど。」
「ユキにそんな力はない。そもそもコード自体使えないんだ。」
「使えない? 所有していないんじゃないですか? 生体コードそのものを。使えない以前の問題じゃないかなぁーってワタシ思うんですけど?」
「君は………一体……なんなんだ……?」
クラウスはユキがこの世界の人間ではない事を薄々気づいていた。
そもそもこの世界の人間ならば、精霊の加護をその血に刻み入れ生まれてくる。そのため生まれ落ちた時には、個人を識別できる特有の生体コードを刻まれているはずなのだ。
だが、ユキにはそれが一切見られなかった。
稀に生体コード反応が乏しい人間が存在するが、全く皆無な人間などこの世のどこにも存在してはいなかった。
つまり、ユキはこの世界の人間ではないと言えた。
クラウスはユキに健康診断という名目で、一度専門職に生体コードの有無を確かめに行っていた。
王族専用の職人のため、情報を漏洩する危険も少なく、何より信用に足る人物だったからだ。
その結果は言わずとも知れていたが、クラウスはユキにあえてその事を話してはいなかった。
異世界の住人だろうと、ユキはユキに変わりないのだからと。
だが、その情報はどこからか漏れてしまっていたのだろうか?
シルヴィーがその事実を知っているとなると、他にも同じ情報を握ってしまっている人間がいるかもしれない。そうなると、ユキは命の危険すら出てきてしまう。
なんせ幻想空間から出てきてしまった人間ということになってしまうからだ。
まだ不確定な部分が多く、夢物語と認識している人々が溢れかえっている中、実際に生体コードを所持していないユキが現れてしまったら大きな困難を呼ぶことになる。
もしそうなってしまった場合、ユキは研究材料として監禁され、毎日モルモットのような扱いを受ける生活を強いられる可能性が強い。そんな事させられるはずがなかった。
だからこそクラウスはこの事実に堅く口を閉ざしたのだから。
「彼女に生体コードがないことを調べたのか?」
「調べるも何もないですよぉ? だってワタシ医療コード専門ですもぉ~ん」
得意げにない胸を張り、自慢げに告げるシルヴィーにクラウスは愕然とした。
どんなに医療コードが得意だといっても、生体コードを見るということは個人情報を見る事に等しいため、それなりの権威と実績がある医療者だけに許されたコードのはずだと、息を呑む。
「あの高難度コードを展開出来るのか? しかも君はユキとはそう面識ないだろう? 短時間であの莫大なコードを展開し、解読したというのか?」
「ワタシを誰だと思っているんです?! 天才シルヴィーちゃんですよぉ?」
ケラケラと嘘笑いを浮かべ、「もういいですよねぇ?」と必要なネタは話したと言わんばかりに、シルヴィーはそのまま止めるクラウスの声を無視し、部屋を出た。
残されたクラウスは絶望の渦の中にいた。
「あ、あのー、クラウス様………。アタシずっと存在忘れられてしまってたんですけど………。見えてますか……?」
イツカの声にハッとし、クラウスは項垂れていた頭をあげ、イツカを見つめる。
「さっきの話は………」
クラウスがイツカに内密にしないと権力を振りかざし、排除しなければならないという恐喝まがいの言葉を吐く前に、その言葉を遮るようにイツカが喋り出した。
「クラウス様! ユキちゃんってサツキが好きなんですか?! さっきシルヴィーがそんな事言ってたみたいですけど………。ユキちゃんこの前会った時サツキの事知らなかったじゃないですか? 一体どういうコトぉおおおおお?!」
クラウスは怒涛に繰り出される質問に、一瞬頭を整理してから返答を告げた。
「気になるのはそこなんだね………。うん、ユキがサツキを慕っているのは、おそらく事実だと思う。だが妙なんだ。ユキ自体サツキの名前も知らなかった。それなのに、まるで彼の事を誰よりも分かっているみたいに話すんだ………。オレ自身もユキがどうしてサツキを知っていて、なんでそんなにも彼を求めているのか、その理由は分からない。」
「どうして、よりにもよってサツキを!!!!!」
「本当にその通りだ! どうしてあんな人の心を持っていないような残酷非情殺人鬼なんかを!!」
「え?」
「ん……?」
「サツキは残酷な人間じゃないですよ? あまり感情を表に出すのが得意じゃないだけで、実は結構ナイーブな一面もあったりするんです。」
「………殺人鬼は否定しないんだ。」
「てへ☆」
「でも、ユキも同じような事を言っていたよ。『あの人は残酷な人じゃない。そうなるしかなかったの。あの人なりに頑張って見つけた形なの。あれは彼の防衛本能。』なんだとね。あと彼はイチゴ好きなの?」
「好きですよ。よくイチゴジュース飲んでます。よくご存じですね?」
「やっぱりユキは彼を本当に知っているのかもしれないね。」
だとしたら、一体どこで知り得たというのだろうか?
ユキがこっちに舞い降りて来た時には、おそらく自分がいた。
ならば、それからずっと一緒にいたユキにいつ彼と出会う機会があったというのだろうか。
クラウスはユキとサツキの関係をもっと深く知る必要があるとそう強く思った。
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ご拝読頂き、ありがとうございました。
奇跡的に気に入って頂けたら、お手数かもしれませんが☆や♡など下さると嬉しいです!
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ずっと三角関係にもっとしようと思っている……この3人。
クラウス→ユキ→サツキ。
全然3人一緒にならない……この微妙な距離感……
話を重ねていくにつれ、徐々に綺麗な三角形にしていけたらいいなと思います。
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