第4話 現実世界転移の謎


「ただいま帰りましたー」



ユキは恵美と龍を連れて、約束通り異世界の住人を見せるため、夕刻帰宅した。



「おかえりお~~~~」



すぐにリビングからロロの声が響き、一気に恵美と龍に緊張が走る。半信半疑の二人は期待と不安が入り混じった複雑な感情を抱えたまま、ユキとリビングへと向かった。


開け放った扉の中から見えたのは、小さな動物一匹と、人間の姿の男女3人。「なんだ、普通の人間じゃん」と安堵の息を漏らす龍の隣では、動揺を隠しきれないユキの姿が見えた。



「ユキ? どうした?」



慌てて龍が声をかけるが、ユキはすっかり色を失った状態で立ち尽くし、その視線の先を追うと一人の男がセーラー服に身を包んだ女の子の肩で、スヤスヤと寝息を立てていた。



「だ、だ、だだだだだ誰ですかぁぁぁあぁああ?!」



突如として大声を上げたユキに全員の視線が集まると、ユキは一人の少女を指差し、動揺を告げた。



「あ、ユキ、これは違うお?色々事情があるお?」


「誰なんです?あの女の子は! 人が学校行ってる間に………女の子なんか、つつつつ、連れ込んで!!」



騒騒そうぞうしさにサツキが瞼を軽く開けると、 顔を真っ赤に染め上げワナワナと震わせているユキの姿が映った。



「煩いんだけど……。あんた、なに喚き散らしてんの?」


「なっ!!!!」



火に油を注ぐようなサツキの発言を塞き止めるために、ロロが慌てて女性二人の紹介を始める。



「ユキ落ち着くお! 今説明するお! こっちの巫女服の女性はアルラ様といって元巫女族幹部で結構なお偉いさんだお! んで、こっちの女の子はこよみちゃんっていってアウラ様に付き従っている精霊だお。」



呆れまなこでユキ達の様子を観察していたアルラが、金色の鋭い眼光を走らせ一喝し、ユキの瞳の奥を覗くように凝視すると、そのまま意識下へと侵入し思考を読み取ってから、ため息と共に言葉を紡いだ。



「サツキや、その女子おなごの肩でも寝てやりぃーな。あわよくば、そのまま押し倒して接吻でも性行でもしてやると良いわ。さすれば落ち着きを取り戻すじゃろて。」


「………は?いや、無理だから。」



アルラの唐突な言葉の槍にユキの心が砕かれそうになっている頃、恵美と龍は喋る奇妙な動物へと視線を注いでいた。



「龍、今この動物喋ったわよね?」


「ああ……、確かに言葉を話しやがった。」



二人の熱い視線に気づきロロが振り返ると、恵美と龍は視線がぶつかった事に驚き、一歩後退りながらもロロの凝視を辞める事は出来なかった。



「アルラ様、ユキの心を抉るのはやめて欲しいお! サツキももっとオブラートに言葉を包むことを覚えて欲しいお! そして、そこの二人!! なんでそんな目でボクを見るんだお!!」



萎縮し、後退しつつある二人をズバリ指差し、ロロは不満をぶちまけると、次はユキの紹介の番だと促すが、未だ放心状態が続いているユキを正気に戻す手立てはなく、仕方なく恵美が恐る恐る口を開く。



「あの、私恵美って言います……。ユキから異世界体験記を聞いていて………、その、今日はこちらの世界にいらっしゃるというので、拝見に伺った次第であります……。そこの動物さん以外は人間に見えますが……、あのー、本当に異世界の住人さんなのでしょうか?」



すぐに状況を理解した暦が、一瞬アルラへと視線を飛ばしてから説明を始めた。



「まだサツキ様達にも詳しい経緯をお話しておりませんので、ひとまずアウラ様とわたしのお話をさせて頂きますね。」



そう口にすると、まるで御伽話でも始めるかのようにゆっくりと語りだした。


アルラは元巫女族を代表する聖力の持ち主で、巫女族という特殊な種族を守り、一族の繁栄を築き上げてきたのだが、新たに巫女長を継いだコロという女性によって、突如あられもない濡れ衣を着せられ、アルラは逆賊罪として囚われ、激越な口調で糾弾し、長い拷問を経た後に刑罰という理由で、現実世界に隔離幽閉という誅罰ちゅうばつを受けた。


暦はそんなアルラに仕える女官の一人で、女官という立場の低い暦にも、まるで妹に接するかのように優しく振る舞ってくれたアルラを慕い、隔離幽閉刑罰にも付き従う形で、自ら懇願しアルラと共に現実世界へと舞い降りてきた。


それからというもの、まるでここの住人のよう振る舞い生活をしてきたという。



「えっと……、じゃ、やっぱり異世界の住人さんって認識でいいんですか?」



恵美の問いに深く頷く暦に、今度はサツキが疑問をぶつけた。



「ということは、俺達は【転移コード】でこの世界に飛ばされていたってことか?」


「それはどうじゃろか? 確かに転移コードは存在する。じゃが、限られた人間にしか使用は許可されておらぬでの。それにのう、発動展開するには、それなりの術式を予め組んでおらねばならぬし、なにより展開条件が存在しておる。それらを満たさぬ限り転移などは不可能じゃ。」



サツキの疑問にアルラが応えると、双方頭を悩ます。

そもそもサツキは転移コードの存在など認識していなかった。

アルラがいう展開条件、術式陣など当然だが関知していない。



「それは妙な話だ。俺は転移コードなど展開していない。」


「ならば、わてにも分かり存ぜぬよ。」



謎が謎を呼ぶ現実世界転移問題だが、アルラは先程ユキの潜在意識を垣間見た際に、流れて込んできた思考一部に突破口があるのではないかと睨んでいた。



「ひとまず、そこの小童共よ、そのユキとやらを叩き起こしてはくれんかの?」



アルラの言葉には拒絶という余韻は一切与えられず、恵美と龍は急ぎユキの肩を揺らす。だが、よほどショックだったのか、ユキの意識は目覚めることはなく、大きな溜息と共に再びアルラはサツキへと視線を戻した。



「やれやれじゃのぅー。サツキや、次は主の番じゃて。」


「叩き起こせばいいのか?」



サツキは徐に立ち上がりユキの傍まで行くと、そのまま頭を平手で叩き抜いた。

重みのある低めの衝撃音は、リビング一帯へと響き渡り、龍は慌てて駆け寄りサツキからユキを奪い、庇うように抱きかかえた。



「お前、何してんだよ!!」



きつく睨みつけるような眼光に、サツキは不思議そうな面様おもようを浮かべたまま見つめ返す。



「なにって、叩き起こすを実行しただけだが?」


「はぁ? あれは起こしてんじゃねぇーよ! ただの暴力だろがよ!!」



サツキと龍の様子を見てアルラは大声で笑い、何やらサツキに耳打ちしてからそっと背中を押した。



「ちょっと貸せ。」



サツキはアルラのアドバイスを聞き入れ、龍の腕の中からユキを奪いあげると、抱きしめるように胸へと収め、優しく耳元で囁く。



「ユキ、起きて。」



サツキの指先がユキの頬を掠めると、すぐに魔法の言葉の効果が表れ始める。



「起きないと、一緒にいてあげ、ない……よ?」


「いやですぅぅぅぅううううううう」



目を覚ましたユキは、そのままの勢いでサツキの首元へときつく手を回し、凄まじい力で拒絶の意を表した。



「ユキ………サツキが死ぬお?!!!!」



ロロの叫びにユキは反射的に手を離すと、目の前には呆れ果てた顔のサツキが映る。そのあまりの近さに失神しそうな意識を必死に繋ぎ止めようと、身体に力を入れると不意にサツキの顔が近づいてくる。


息遣いを間近で感じる程の出来る距離にツバを飲み、きつく目を閉じる。



「あんた、やっぱ病気なんじゃない? 熱いんだけど………。」



サツキが触れた額に一気に熱がこもる。

まるで神経がそこにしか存在していないかのように、過敏にその感覚を感じ取り、薄っすら瞳を開けるとユキの予想通り、前髪を上げ額を当てているサツキの姿が飛び込んできた。


その距離は想像していたよりも遥かに近く、伏せられている長い睫毛を数えられるほどの至近距離に、もはや耐えられる自信が皆無となったユキは、持てる限りの力を振り絞り、サツキの着物の衿を握りしめる。



「近すぎて死ねます………。」


「は?」



必死に紡いだ言葉はサツキの耳には入らなかったが、傍にいた龍の耳にはきちんと届いていた。



「ちけぇーーーつってんだよ!!!」



龍はサツキからユキをはぎ取ろうと、腕を伸ばすとサツキは意図を奇跡的に察したのか、抱えていたユキをそのまま龍へと投げ与える。



「な、なに投げんだよ!! このセクハラヤローが!」


「セクハラ?」


「お前、ユキにキキキキキ、キスしようとしただろ?!」


「キス?」


「接吻だよ!!!!!!!」



荒れ狂う龍を恵美が笑い、サツキに「すいません」と謝罪した後に、龍の通訳でもするかのうようにゆっくりと口を開いた。



「サツキさん? すいません、龍のヤツ何か勘違いしているみたいで……。サツキさんがユキを性的な意味で襲っていると思ったようです……。えっと、ユキを起こして頂いてありがとうございます。なので龍の言った事はお気になさらないでくださいね。」


「恵美! オレのどこが勘違いしたってんだ! 現にあいつは………」


「もう黙って龍。空気読んでよ。どう考えてもあのサツキって人、ユキに興味ないでしょ!ユキの独りよがり恋愛だって言ってたし、ユキのためにもあまりサツキさんの機嫌損ねないように心がけてやらないと。」



龍を諭すように耳元で囁くと、恵美は改めて場の空気を一変しようと大きく手を叩く。



「さて、先程転移がどーのこーの言っておられましたが、ユキの話によるとサツキさんは初めてこちらの世界に来られたんですよね?」


「ああ。」


「では、ユキが元々【こっちの世界】の住人だっていうのも知らなかった。そうですよね?」


「まぁ、そうだな。」



その言葉に大きく反応を見せたのは、アルラだった。先程から疑問に思っていた点と点が一本の線と化けたようだった。



「やはりそうじゃったか。サツキがソロでこちらの世界へ来る事など不可能じゃが、元々こちらの分子を含んでおったユキという女子と共に、この世界に召喚されたのなら、少し解明できそうじゃの。」


「どういうことだお?」



「うむ。先程展開条件があると言ったであろう? こちらの世界と向こうの世界を結ぶにはある接点要素が不可欠となっておる。」



アルラはサツキが持っているキューブを帯揚げの中から盗み取ると、ふわりと宙に浮かしてから条件を述べ始めた。


一、転移には各世界独自の物質、分子などが絶対不可欠

二、転移コードに用いられるエネルギーは魔力でも精力でもなく、【想いの力】が不可欠

三、具体的にイメージ出来ない世界には飛ぶことは不可能


尚、これら全てを用いても成功率は2割を下回るという事実。



「へぇー、興味深いね。なら、俺らの世界にはここの世界たる人物が幾人も存在している可能性があるってことだよね?」



サツキの言葉にアルラは深く頷き返答を告げる。



「そうじゃ。わてらのように、こちらの世界を住処にしている異世界人もいれば、ユキという少女のようにこちらの世界の住人が、異世界である向こうの世界を、住処にしている人間もおるということじゃ。」


「そうじゃないと世界を転移など出来ないということかお?」


「その通りじゃ、キツネ。行き来するためには、確実にどちらの世界にも向こうの世界を具体的に具現化出来る人間が必須じゃ。」


「じゃ、答えは簡単だな。キューブを使って転移コードを発動する。」



サツキはアルラに奪われたキューブをサラリと取り返すと、アルラ同様に宙へと投げ遊びながら、ニヤリと口角を上げる。



「数打って当たる作戦だおね?! オ~~~~~!!!」



かくしてサツキ達は元の世界に戻るべく、アルラの指示を仰ぎながら転移コード発動へと挑むのであった。



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最後までご拝読頂きありがとうございますm(__)m

奇跡的に気に入って頂けたら、お手数かもしれませんが☆などくださると大変嬉しく思います!!!


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やっと女の子の日が終わり、更新にこぎつけることが出来ました。

一人でも読んでくださっている方がいるというのは、本当にモチベーションアップに繋がってるんだなと、つくづく実感した次第であります。


またお時間ありましたら、次話もお付き合い頂けると幸いです!


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