第2話 ユキの暴走?!


夕刻を告げる烏が大きな翼を揺らす中、サツキとロロはユキの家へと向かっていた。


巨大なビルが並み立つ都会の雰囲気とは違い、閑静な住宅街へと入ると、ランドセルを背負った子供達が幾人の仲間たちと夕暮れに向かい走り去り、公園から見える夕焼けは、やけに大きく揺らぎ落ちているように見えた。



「夕焼けって、実は綺麗だったんだな。」



サツキは、不意にそんな言葉を口にした。


村が滅ぼされてからというもの、何かに囚われるように生きてきた。それはパッと見、残酷に見えてしまう生き方だったのかもしれない。けれども、サツキは自分は不幸な生き方をしていると思った事は一度もなかった。


村で生活していた何百という人々は、もはやその目に夕焼けを捉えることも叶わない。どんなに願っても、どんなに縋っても、それは決して変わることはない。サツキはどんな目に遭ったとしても、『生きている』、ただそれだけの事がどんなに尊く儚いものなのかを、その身をもって知っていたのだ。


今こうして世の中の人々が、当たり前に感じる事の出来る「夕焼け」の美しさも、サツキにとっては尊いものだった。



「うん………、ほんと綺麗な夕日だお。」



それはロロもまた同じ想いだった。

精霊としてまだ未熟だったために、自分達を慕い奉ってくれた村の人々の命を、守ってあげる事も叶わなかった。そして村の人々同様、あの村に集っていた精霊達も住む場所を失い、巫女族に囚われ消え逝った。


精霊は人々に奉られてこそ、その聖力を発揮出来る。

そして、その行為によって居場所が与えられるのだ。


それを失い彷徨う精霊は、強制的に巫女族の元へと召喚され、飼われてしまう。

無残に食い荒らされるだけのヤツもいれば、道具として感情を奪われ、手足のように利用されて捨てられるヤツ、縛り付けられ、精力を永遠に貪られるだけのヤツもいる____。


そう、巫女族の住む都は精霊達にとって、牢獄そのものでしかない。

サツキと同じようにロロもまた、大切なモノを奪われ、心に大きな十字架を背負ったまま生きていた。



「え、どうしたの……二人とも。夕日ぐらいでそんな改まちゃって。」



二人の悲愴な面持ち耐えかね、ユキは気丈に明るく振る舞った。



「さぁ、さぁ、我が家ですよー! 狭苦しいところですが、どうぞどうぞ~~」



清閑さ漂う街並みに、ただの一軒家というよりは豪邸と言ったが近い家をサツキは見上げ、軽く舌打つ。



「え?ななな、なんですか?! どうして行き成り不機嫌そうな感じになるんですぅうう?!」


「ヘラヘラしている割に、いい家住んでるね。」


「ほんと、大きいお~~~」


「あぁ……、母が結構売れっ子さんなんで。家にいる時間が少ないからって、せめて大きい家を私に上げようと思ったらしく、張り切って建てたんですよ……」


「へぇ~………、羨ましいこと。」



サツキの一言がユキの心を深く抉り、まるで心臓を素手で強く握り潰されたような圧迫感に襲われる。


彼の傷つく言葉を言ってしまったのだろうか。

もしかして、不快にさせてしまったのだろうかと、ユキはサツキの放つ言葉一つで、感情を激しく揺さぶられ、心臓が一気に跳ね上がってしまう。



「あ、あの、私……気に障る言い方とか……しちゃいました……か? もし、そうならすいません。」


「何のことだ?」


「え、あっ、ち、違うならいいんです、すいません。」



自分でも分かっていた、気にしすぎだということ。

頭では理解出来ていても、「もし違ったら?」「嫌われたら?」そう思ってしまうと、もう自分ではその感情を抑える事が出来ず、意味もなく慌てふためいてしまう。


震える手で玄関を開け中へと促すと、サツキは汚れた靴のまま室内へと入っていく。それを見たユキは靴を脱ぐようにお願いすると、すぐに理解し言われたまま靴を脱ぎ捨ててから中へと入る。

すると、夕暮れのオレンジ光が玄関の吹き抜けから真っすぐに射し込み、優しくサツキ達を包み込んだ。



「___綺麗な家だ。」



サツキがボソリと呟くと、ユキは自分が褒められたわけでもないのに、頬を染め照れながらリビングへと案内する。



「あの、適当なところに座ってください。」



ロロは興味深そうにサツキの肩から降り、あちらこちらと忙しいそうに走り回る横で、サツキは促されたソファーに深く腰を下ろし、天井を見上げると、玄関同様に燦々と優しく淡い光が降ってくる光景に思わずホッと息をつく。



「あの、お茶どうぞ。」



気を利かせたのか、ユキがすぐにお茶を運びサツキへと渡す。



「お茶?」



サツキにとって、緑色の液体の飲み物など目にした事がなく、不思議そうに聞き返すが、ユキにはそれが違った意味に聞こえたらしく、慌ててお茶を再びオボンの上へと戻した。



「す、すいません。アイスコーヒーが良かったですか?そ、そうですよね、こんな暑いのに日本茶なんて………」


「いや、そうじゃなくて………」


「ほんと、気が利かなくてすいません!!」



慌てて踵を返したせいで、ソファーの角に足を引っかけてしまい、持っていた熱いお茶ごと派手な音を立てて床へと倒れ込んだ。


サツキの目の前で派手に転んで情けない姿を晒した事に、恥ずかしさと情けなさが入り混じった複雑な感情が押し寄せる。涙を必死に堪え立ち上がろうとした時、不意に身体が浮いていくのを感じた。



「あんた、何してんの……?」



サツキの腕にまるで荷物のように抱え上げられ、乱雑に近くのソファーへとその身を投げられる。



「ご、ごめんなさい。こ、転んでしまって……、お、お、お怪我とかありませんか?」


「いや、あんたさ……頭、大丈夫? 怪我してんの、自分でしょ?」



サツキの言葉に自分の足へと目をやると、割れた茶碗の破片が深く皮膚を抉るように突き刺さっていた。



「さっきから何を一人で、慌てふためているのか知らないけど、少し落ち着いたら? ここ、あんたの家だろ………」



サツキは、呆れたようにため息を吐きながら告げると、怪我をしているユキの足を強引に引き寄せ、傷口を見る。



(パパパッパ、パンツが……見え……、見えてしまう!!!)



「ざっくりいったね。」


(パパパッパ、パンツ見えてないよね? 今日そんなに可愛いパンツ履いてないのにっ!!)


「とりあえず、抜くから。」


(ぬぬぬぬ、ヌク?! な、なななな何を?!!)



両手で顔を抑えながら、耳から聞こえる激しい心臓の鼓動を隠すように上半身を折ると、傷口に鋭い痛みが走る。薄っすらと目を開けると、足に刺さっている欠片をサツキが躊躇なく引き抜いていた。


その瞬間、トクトクとゆっくりと浮き出るように溢れ出た血液に、サツキはゆっくりと舌を這わせ、甘い粘着質な音を立てながら、味わうように滑らせていく。


流れ出た血液を追う様に、太ももまで舐めとると、身体を起こし自身の唇をペロリと一舐めしてから、ロロを呼ぶ。



「ロロ、あとは頼む。」



そう言い放つと、割れた湯飲みへと視線を落とし、指を鳴らす。すると、まるでブラックホールのような黒い渦が出現し、割れた湯飲みなど全て一瞬で飲み込んでいった。


サツキが片付けている横では、ロロが必死にユキを呼んでいた。



「おーい、ユキーーー! 戻ってくるお~~~~~。だめだ、コレは。」



魂が抜け落ちたように放心しているユキを叩き起こすのは、自分では無理だと悟り、すぐに治療に入る。幸いな事に、この世界にも消毒液と包帯は存在しており、多少の傷口ならば魔法治療を施すまでもないと、消毒液を手に取り傷口へかけようとしたその時____。



「だめええええええええええええええええええええええええ」



怪我した足を丸め込み、触らせないようにしようとするユキに、ロロは天を仰いで嘆息した。



「ユキ、サツキの唾液は消毒液ではないお………」


「なっ!!!!」


「むしろ黴菌ばいきんだお。」


「そんなことない!! ダメ、ダメよ! 触ったらダメなの!! ここはもう聖域なのよ!!」


「…………悪化するだけだから、消毒させるお!!」


「ダメよ!! もう一生洗わないって決めたんだからぁああああああ」


「また舐め舐めしてって頼めばいいお!!!」


「?!!!」



じゃれ合うように両者一歩も譲らぬ攻防戦を繰り広げる二人に、サツキは冷ややかな眼差しを向けていた。



「サツキ、違うお。ボクはさっさと終わらせようとしてたお。」



大きなため息をわざとらしく吐くと、ユキの大事そうに丸め込まれた足を掴み、そのまま消毒液を上から垂れ流す。


有無も言わさずテキパキと消毒を終え、包帯を巻くと家事に疲れ切った主婦のようにソファーに深々と腰かけ、疲労の色を窺わせた。



「サツキ、疲れてるとこ悪いんだけど、ボクお風呂の時間だお」


「あぁ?!」


「きょ、今日は一人で入ってみるお~~~」


「あ、待ってロロちゃん。お風呂洗ってくるから!!」



痛みが走る足を抑え、風呂場へ向かおうとすると、先にサツキが立ち上がり、「風呂場どこ?」とめんどくさそうに尋ね、指差して応えるとロロの尻尾を掴み上げ、そのまま風呂場へと消えていった。


意外にも人の痛みを労わってくれるサツキに、ユキは満面の笑みを浮かべ、一人ニタニタと妄想に耽っていった。


どれくらいの時間が過ぎたのだろうか、辺りが暗闇に飲まれる頃、さっぱりとしたロロが先に湯から上がり、リビングへと帰ってきた。



「ユキの家のお風呂広いお~~、気持ち良かったぁ~~」



まだ濡れている毛をブルブルと震わせ、水滴をまき散らしながら満足そうに帰ってくるロロを抱え上げ、ユキが近くにあったタオルで拭いてあげると、尻尾をパタパタと犬のように揺らしながら大喜びし、ユキの膝の上で丸くなる。



「ユキ~、今サツキが風呂入ってるけど、大丈夫お?」


「ん?何が?」


「サツキの浸かった湯に、入れるお?」


「?!!!」



ユキはハッとした。

サツキが裸で浸かった湯を自分がこれから使用するのかと思うと、意識が遠のきそうだった。



「お湯、冷凍保存とか……しないで欲しいお………」


「?!!!!」


「………サツキに見つかったら、痴漢少女なんて可愛いレッテルじゃ済まされなくなるお?」


「…………分かってますぅ。痴漢してませんけどね!」


「ボク、お湯替えてくるお………。」


「ちょっとまったあああああああああああああああ」



徐に膝から飛び降り、風呂場へ向かおうとするロロの尻尾を掴み、視線をあげるとそこには、既に風呂から上がったサツキの濡れ姿があった。


艶めかしい黒髪の毛先から、水滴が滑るように駆け下り、ゆっくりと首筋を辿ってから鎖骨へと流れ落ちていく。風呂上がりで熱いのか、いつも以上に開いた胸元の着物が更なる色気を呼び、より一層妖艶な雰囲気を纏っていた。


白く滑らかな肌には、吸い付くように裾が貼りつき、サツキの火照った頬と潤んだ瞳はユキにとっては麻薬以上の効果をもたらしてしまっていた。



_____バタ。



脳内emptyランプの点滅に耐えきれず、ユキは意識を簡単に奪われ、その場へと倒れ込んだ。



「………今度はなんだ?」


「失神したお。」



血を流していたユキの鼻にロロがティッシュを詰め込み、ふとある事を思い出す。



「サツキ、セムナターン国を初めて訪れた時のこと覚えてるお?」


「まぁ、ある程度は。」


「その時、一階のエントランスで派手に転んだ女の子いたの覚えてるお?」


「あぁ、鼻血出してたヤツな。」


「____ユキだお。」



サツキは思い出したかのようにクスリと笑い、鼻穴にティッシュがたっぷりと詰まったユキを抱き上げ、ソファーへと降ろすと、刀を傍らに抱きかかえるようにしてロロと眠りについた。



「サツキ、向こうの世界よりこっちの世界の方が幸せぇ?もし、そうならボクは……」



か細い声で囁くように告げるロロの言葉を、遮るようにサツキは言葉を重ねる。



「こんな世界に用はない。」



その返答にロロはどこか哀愁を帯びた瞳を隠し、「わかったお」とそっと頷いた。


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最後までご拝読して頂きありがとうございましたm(__)m


奇跡的に気に入って頂けたら、お手数かもしれませんが☆やコメントなど頂けると非常に嬉しいです!!


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今回はサツキとユキの距離感を近づけたい妄想を拙い文章ですが、文字に起こさせて頂きました。


ユキの変態度の確認と、マニアックさを出していければいいなと思います。


また次話もお付き合い頂ければ幸いですm(__)m







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