【第二章】~現実世界と異世界の繋がり~
第1話 サツキ現実世界に現る
「サツキ……ココ何処だお?」
ロロの言葉に耳を傾けながら、サツキはビルの屋上からゆっくりと辺りを見渡す。まるで光を遮るようにズラリと立ち並ぶ高層ビルの隙間を、様々なカラクリ達が颯爽と駆け抜け、その横の狭い道幅には溢れんばかりの人々が古風な衣装に身を包み、どこかへ足早に去っていく。
そんな見たこともない眺望に、ロロとサツキは茫然自失としてしまう。
「と、とりあえず……ここから降りてみるお?」
それもそうだなと、サツキはロロを肩に乗せたまま、地上まで100mはありそうな屋上から、なんの躊躇いもなく、着物の裾を靡かせ身体を落とす。
地面を大きく揺らす着地音を共に、地上へと舞い降りたサツキは、一斉に浴びせられる稀有な視線など気にする素振りも見せず、寛雅に歩き始めた。
暫く歩いていると、ふとある事に気づく。
幾つかの特定の服に身を包む人々が、やたらと目につく事だ。
日差しが激しく降り注ぐ中、額の汗を必死に手で拭いながら歩く紳士服集団。
まだ幼さ残る少年少女達の似たような服装と手荷物。
そして、その全ての人が共通して手に持っている長方形型の薄い箱らしき物体。
初めてみる異様な集団に、内心の愕きを隠せないでいた。
すると、サツキは先程からチラチラと覗き見るように、視線を飛ばす少女の集団に気づく。円のような陣形を取り、何かを秘密裏に話し合っている、そんな風に見えた。
「あの~~、すいません。 なんのコスプレですか? 良かったら一枚一緒に撮って欲しいんですけど、大丈夫です?」
突然、少女達がサツキへと一斉に向かってくる。その手には先程の奇妙な箱の姿があった。
(白昼堂々と何か仕掛けてくるとはな………。)
サツキは徐に刀を抜き、向かってくる少女達へとその切っ先を向ける。いつでも切り殺せる準備をしていたサツキだが、少女の反応は予想を大きく覆すものとなった。
「うはぁ~~~♡超カッコイイ!! そのままのポーズでいてくださいね~~~!! うっほ、シャッターチャンスじゃん、コレ!!!」
「マジ最高ぉ!! 一体なんのキャラなんですか?! その刀も本物みたい~~~~!」
今まで圧倒的な力を有し、相手を屈服させてきたサツキには意味が分からなかった。
この世に刀を向けられて喜ぶ人間がいる事にもひどく驚いたが、自分にまるで恐怖感を抱くことなく、遠慮なしに間合いを強引に詰めていく姿に、絶句する他なかったのだ。
「あの、きつく睨みつけてくれませんか? こう、「殺しちゃうゾ」的な感じでお願いしたいんですけどぉ?いいですか?」
「いいねぇ~、美少年の着物姿に日本刀! そして漲る殺気ぃぃぃぃいいい!!!」
今まで恐怖など然程感じる場面が少なかったサツキだが、今回は狼に囲まれた羊のような不思議な恐怖感に襲われていた。
どう考えても自分より明らかに非力であろう少女達に、不思議と敵う気がせず、言われるがまま立ち尽くし呆然としていると、周りには瞬く間に人だかりが出来ていた。
「なになに? 何があってるの?」
「ちょっと、見えないじゃない。」
「なんか撮影会してんの~?」
次々と襲いかかってくる狼の群れに、放心状態だったサツキの手を一人の少女が引き寄せ、群れを引き裂くようにその場からサツキを連れ去った。
吸い取られた魂が身体に戻るように、正気を取り戻すとロロが少女の正体に気づく。
「………痴漢少女さんだお」
ロロの言葉通り、目の前には廃墟屋敷で羽織を被せた少女の姿があった。
天からの光を避けるよう、ビルの狭い隙間の影に身を潜め、少女が振り返る。
「………ここまで来れば、もう大丈夫だと思い、ます……。」
「どうも………。」
「それと………痴漢はしてません……から。」
「確か……、なんだっけ?ユキって言ったっけ?」
サツキに名を呼ばれ、ユキは茹でタコのように顔を真っ赤に染め上げた。
「ところで色々聞きたい事あるんだけど、その前に手、離してもらえる?」
「あああっああああ、ちが、これは、ちが、握ってたかったとか、そういうわけじゃなくて、ですね……」
「うん、いいから。別に。」
跳ね退けるように、サツキの手を離したユキは視線を彷徨わせながら、そっと目を伏せる。
「で、ここどこ? 」
サツキの問いにユキは困惑し、何から説明したらいいのか、自分でも理解が及んでいない様子に見えた。
「………東京です。」
「いや、だからそれ何処?」
「日本の東京都です! それ以外どう説明したらいいのか……分かりません。」
「そ。なら質問を変える。ここはセムナターン国からどれくらい離れた場所に位置している? それともそもそもココには、セムナターン国自体存在していない?」
「………後者です。この世界には、貴方のいた世界なんて存在しません。」
サツキは無表情のまま、空を見つめてからユキの言葉に「分かった」と一言だけ呟いた。
「ええええええ、いやいや、分かったじゃないお!! 全く分からないお!! 」
サツキの肩であたふたと一人暴れまわるロロを、一旦地面へと降ろし、サツキは目の前に聳え立つビルに向かい、何やら詠唱を唱え出す。すると、サツキが立っている地面から徐々に亀裂が発し、掌が蒼い輝きを纏ったと思った瞬間、ビルが大きな音を立て崩れ出していく。
辺りの人々は、一体何が起こったのか分からず、突発的に崩れ出したビルの残骸から逃げるように、一斉に悲鳴を上げながら散り逝った。
「な、ななななな、何してるんですか!!!!?」
大量に降ってくる瓦礫目掛け、サツキは様々な詠唱を唱え、まるで何かの実験でもしているかのように、無言で全ての巨大な瓦礫を打ち消し、それが地面へと触れる頃には、砂埃のような小さな粒と化していた。
ビルの中にいた人々は、強制的に宙に投げ出されていたが、気づいた時には全員一瞬で地面の上へと移動し、擦り傷一つさえ負う者はいなかった。
「コードは、なんの問題もなく発動出来るようだな。五感にもなんら問題は見当たらない。」
「再生能力に異常はないお?」
ロロの言葉にサツキは徐に刀を取り出し、自身の腕を伸ばしてから切り落とそうとした瞬間、ユキが大声をあげる。
「ダメェェーーーーーー!!」
ロロはその様子に一瞬驚いたが、彼女の態度の理由を察し、刀の代わりにサツキの腕にパクリと噛みついた。針が刺さった程の傷から薄っすらと血液が滲み出たと思ったら、瞬きをする間にその傷は消え、どこを怪我していたのかすら、分からない程になっていた。
「再生能力も問題なさそうだお」
「だな。」
実験結果が出ると、サツキの興味は次へと移り、答え合わせをしていくかのように疑問を突きつける。
「あんた、どうして俺達の居場所が分かった?」
「ツイッターで、画像が上がってて………、それを頼りに来てみたら、人だかりが出来ていて………もしかしたら無差別殺人でも起こすんじゃないかと、慌てて………」
「ツイッター? この世界のコード名か?」
「え?! 魔法とかじゃないですよ!! こ、これです。」
百聞は一見に如かずと、ポケットからスマホを取り出すとサツキへとその中身を見せる。
「なんか全員似たようなモノを所持していたな。」
「スマートフォンっていって、電話したり、メール見たり、情報収集したり、写真撮ったりと、結構多機能なんですよ?」
「………は?」
「あ、えーっと、んーと、あ!! キューブみたいなもんです!!」
「ちょっと見せて。」
ユキからスマホを奪いあげると、まずは外観を回しながら観察し、次に画面へと手を伸ばすと、真っ暗だった画面に光が宿り、何故かサツキの姿が映し出された。
「 鏡か?」
「え、どれですか? ああああああああああああっ!!ちが、違うんです、これは、違うんですよ!!」
「???」
首を傾げるサツキに、頭がグルグルと混乱を見せるユキは、ひとまず深々と頭を下げ謝罪した。
「すいません、先程一枚撮らせて頂きました。本当にすいません。それを待ち受けにしちゃいました……ほんの出来心だったんです………。」
「いや、意味が分からないんだけど………。」
「こ、これ写真なんです。」
「しゃしん?」
ユキは実際にロロをモデルとし、サツキの目の前で「写真」を撮ってみせた。すると、スマホの中には動きの止まったロロの姿がくっきりと映し出され、それを興味深そうに見つめる。
「映像具現器のようなモノか。」
好奇心が尽きないサツキにスマホを預けて、ひとまずこの世界の常識を見せなければならないと、図書館へと連れ出す。
道中も様々なモノに興味を惹かれ「あれは何?」「これはなんだ?」と聞いてくるサツキの意外な姿に頬を緩ませ、なるべく丁寧に答えながら目的地を目指した。
幸いなことに、電車などを利用することもない近場に図書館があったため、急ぎ中に入りサツキを椅子に座らせると、分厚い本を抱え隣の席へと腰を下ろす。
「まずは、この本に目を通してください。」
「………六法全書?」
「日本における主要な6つの法典です! 憲法、民法、商法、刑法、民事訴訟法、刑事訴訟法、全て載っています!!」
「………コレを、読むのか。」
「サツキ、ボクが読むお?」
ロロの言葉にそっと無言で本を横へ滑らせパスするサツキは、何かに思考を取られているように、呆然と一点を見つめているユキに気づく。
「どうかしたか?」
「あああっ!! 今、サツキって言いましたよね? 」
「確かにサツキを呼んだけど………どうしたんだお?」
「そうか、貴方が『サツキ』だったんですね………そうだったんだ………」
「………は?」
ユキはロロの呼んだ名前をどこかで聞いた記憶があると、懸命に想い出を振り返り、その出来事を探していた。そして思い出したのだ、あの日のことを………。
【サツキに熱視線を送ってた子だよねぇ~?】
【本当かなぁ~? 確かに見てたんだけどなぁ~~、この子ぉ~! それとも何かなぁ? サツキを知っていたら困る事情でもあるんですかねぇ~~?】
シルヴィーは確かに、そう言っていた。
あの時の『サツキ』とはこの少年の事だったんだ。
そして、その事をクラウスも知っていた。
どうして、隠す必要などあったのだろうか。
自分が必死に探しているのを知っていたはずなのに、どうして………。
「サツキ、さんは、クラウスの事知っていますか?」
ユキは不安を拭うように、サツキへと問いかける。
どうか、知らないでいて欲しいと心のどこかで願いながら。
「知ってるけど?」
「クラウスも貴方を知っているの?」
「イヤと言うほど知ってるんじゃない?」
サツキの言葉に、心を槍で突き刺されたような感覚に襲われた。
クラウスの事を本当に信頼していたユキにとって、それはあまりにも残酷な言葉だった。
「クラウス、貴方の事内緒に………した。」
「別に内緒したからって、なんの問題があんの?」
「だって、私ずっと………貴方を………」
溢れ出て来る涙を必死で拭ぐったせいで、目の周りは擦れ赤く腫れ上がる。それを見たサツキは、強く擦り付けるユキの手の代わりに、そっと瞼へ指を伸ばし優しく涙を掬い取った。
「何に泣いてるのか知らないけど、別に好きで隠してたかは分からないだろ? 人間誰でも言いたくない事や想いの1つや2つあるだろ。あんたの彼氏も例外じゃない、それだけの事だろ。」
指で掬った涙に優しく息を吹きかけ飛ばしながら、サツキは諭すようにユキへ言葉を投げるが、その当の本人は気絶してしまいそうな程の嬉しさに悶絶していた。
(ゆゆゆ、指が、ふふふふふ、触れた!!)
(し、しかも、サツキくんの意思で!!!!!)
「サツキ、どんまいだお。ユキ聞いてないお。珍しくいい事言ったのにねぇ~、ほんと残念だお。」
「…………煩いよ。」
ロロはそんなユキの様子を黙って見つめ、「重症だお」と深くため息を漏らした。
脳内ハッピーセットになっているユキを差し置き、サツキはロロが読む分厚い本を横から何気なく覗き見る。
【殺人罪】
いかなる態様であっても、故意に他人を殺害した場合は殺人罪が成立しうる。
殺人の故意はなかったが、暴行・傷害によって他人を死に至らしめた場合は、殺人罪ではなく傷害致死罪となる。殺人の故意も暴行・傷害の故意もないが過失によって人を死に至らしめた場合には過失致死罪となる。
どこの世界にも人を殺すことに処罰を与える規則はあるのだなと、目を通す。
「サツキならもう無期懲役だお。」
「クス、だね。そもそも捕まらないけどね。」
「それよりサツキ、ここにはボク達の世界の情報がまるでないお。もしかして認知すらされていないんじゃ?」
「そうみたいだね。」
「どうやって戻るお?」
「さぁ?でもあの人、実際俺達の世界に来てたし、行く方法はあるんじゃない?」
未だ机に頭を打ち付け悶えているユキに、ロロは再び大きなため息をつき、声をかける。
「いい加減還ってくるお!!」
その言葉にハッとし、視線を戻すと呆れ顔の二人が目に入る。何から言い訳をしたらいいのか迷っていると、ロロから現実的な問題が飛び出してきた。
「とりあえず、戻る方法が分からないなら宿がいるお。けどこっちのお金持ってないから、ユキ頂戴?」
確かに自分が向こうの世界に行った時も、クラウスにこちらのお金は「玩具」だと言われていた。だが、ユキの財布は手持ち3,000円ない状態。どう考えてもサツキのホテル代を出せるとは思えなかった。
なのでユキは決心する。
「私の家に来ませんかぁあああああああああああああ?」
ユキの両親は幼い頃に離婚しており、母の手一つで育てられているが、実際にはデザイナーという特殊な仕事のせいで、母は家を空けることも多く、今も海外でちょうど家には誰にも居なかった。
「なんでそんな声大きいの………あんた。」
かくして、サツキとロロはユキの家に暫く居候することなった。
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最後までご拝読頂きありがとうございましたm(__)m
☆やコメントなどをくださった方々もありがとうございますm(__)m
皆様が奇跡的に楽しんでくれているおかげで、続きを書き続けられます。
本当にありがとうございますm(__)m
良かったらまた次話にもお付き合い頂ければ幸いです。
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