第8話 殺戮者


______任務遂行開始時刻。



「クラウス様どうですか?ターゲット見えます?」



そこには、酒場の窓から腰を屈め、覗き見するクラウスとイツカの姿があった。



「んーーー、あ!いたいた。」



ターゲットが指定位置にいることを確認した4人は、打ち合わせ通りとゆっくり頷き、酒場の扉を開ける。



「いらっしゃい!おぉー、クラウス様、久しいじゃないですかぁ」



カウンター越しに話しかけてくるマスターの様子から、クラウスが頻繁に通っていることが見て取れた。



「本当に常連さんだったのねぇ~♪皇子様なのに意外だっわ~」



意味深な視線とは裏腹に、軽口を叩くシルヴィーの後方では、サツキがターゲット付近の席を確保し、既に様子を窺っていた。全員が席につくと、従業員らしき男が注文を取りにくるが、イツカがあることに気づく。



「………アタシら全員未成年…じゃないの、コレ………」



その言葉に全員が顔を見合わせる。



「アタシ、ギリで未成年なんだけど、確かクラウス様もそうですよね?サツキは見た目はでかいけど、違うし、シルヴィーは見るからに論外でしょっ!!どうすんのっ!!!!」



イツカの困り顔に、シルヴィーはニヤリと悪戯っぽく口角を上げると、全員の表情に一度目を向けてから、自信ありげな表情で店員へと注文を告げる。



「シャトーモン ペラの赤を頂戴!あ、グラスは一つでいいわよぉ~~」



この4人の中では、明らかに一番未成年っぽいであろうシルヴィーのワイン注文に、イツカは困惑の色を漂わせた。



「ちょ、シルヴィーたん!なにワインなんか堂々と頼んでんのっ!!!一応アタシら国を取締る騎士員なのよ?! そのアタシらが法を犯してどうすんのっ!!」


「いや………、ワタシ未成年じゃないんですけどぉ………」



証拠と言わんばかりに、身分証明を突き出すシルヴィーの手元を見ると、年齢25歳と記されていた。

予想もしていなかった事実に、一同は驚愕する。



「おぉ~、サツキのリアクションが見れるなんて、得した気分だわぁ~♪」



この世の大部分に興味がないサツキでも、衝撃的な事実だったようで、微かに動揺の色を見せる。

どこからどう見ても学生にしか見えないシルヴィーの姿は、若作りで括るには、もはや無理があった。



「………偽造か?」



訝しげに尋ねるサツキに、指を立て「ノンノンッ!!」と上機嫌なシルヴィー。


するとターゲットの男の隣席に、宗教染みた白いロングコートを羽織った男が、人目を気にするようにして座る姿を確認する。その様子を横目で敏感に反応しながらも、不審に思われないために会話を続ける4人。



「でも、意外だなー、シルヴィーさん本当に幼く見えるんだねぇー」


「確かに、まだ13歳とか言われても信じちゃうレベルだよぉ!!」



適当な会話を弾ませながら、気配だけで動きを察し、ロングコートの男がターゲットの男に何かを手渡し、席から離れるのを確認したサツキは、そっと席を立つ。



「俺、アイツ行くわ。」



それに釣られるように立ったのは、イツカだった。



「アタシも行く。」



サツキは一瞬だけシルヴィーに視線を向け、それに応じるように頷き返すのを確認してから、フードを深く被りイツカと共に男を追う。残された二人は互いの視線で指示を出し合い、クラウスがそっと行動を起こす。



「やぁー、お久しぶりですねぇ~、お酒進んでます?」



何気なくターゲットの隣の席に座り、空いたグラスに酒を注ぐ。



「おやおや、クラウス様じゃないですかー。本当にお久しぶりですね。」



その様子はシルヴィーから見ても物腰柔らかく、何か悪巧みをしているようには、毛頭見えなかった。


だが、実際にローレン国と密に接して、何かを実行しようとしてるのは間違いなかった。



「さっきの男の方、どなたですか?ここら辺ではあまり見かけない感じでしたけど?」



決して悟られることのないよう慎重に明るく質問を繰り出すと、男は適当に流し、クラウスを突くように言葉を返す。



「クラウス様こそ、隅におけませんなぁ~。許嫁様がおられるというのに、このような若い娘と酒場などに足を運ぶとは~」



どこか嫌味っぽい口調で、話を逸らす男に今度はシルヴィーが、一歩近寄った。



「ウフフッ、ワタシとクラウス様そんなに親しそうに見えますぅ~?」



男に身体を摺り寄せ、甘えように体重を乗せると、男はまんざらでもないのか、困惑したフリをしながらもシルヴィーへより一層身体を寄せてくる。


その隙にシルヴィーは、男のポケットを太ももでも撫でるかのように触れ、受け取ったとされるモノの大きさと形を確認した。



_____石?



おおよその形を把握したシルヴィーは、そっと身体を離し、今度は雪崩れるようにクラウスへと倒れ込む。シルヴィーを両手で抱き留め、耳打ちされた内容にクラウスは目を丸くした。



(持っているのは、クリスタルか。)



「クラウス様、ごめんねぇ~、ワタシちょっと酔っちゃってぇ~」


「大丈夫?ちょっと向こうの席で休もうか。」



クラウスはシルヴィーの腰を抱き、ターゲットの男から少し離れた席へと移動する。男はシルヴィーを名残惜しそうに暫く見ていたが、テーブルに置いてあった【キューブ】が光り、何やら話をしているようだった。



「キューブが光ったねぇ~、何かの打ち合わせでもしてるのかなぁ?それとも新たな一報でも入ったのかな?」


「口元が動いているように見えた。会話してたんじゃないかな?」


「あんな不用心にメモリをテーブルに置くなっつ~のっ!メモリハックとかされたらどうするつもりなんだろぅ~」



3分後、再び男のキューブが光る。


キューブを覗き込むように確認しているところを見ると、今度は文字での連絡のようだった。


男はそれを見た途端、慌てて外へと飛び出していく。

すぐに二人は一定の距離を保ち、男を追う形で店を後にした。





****************



一方白いロングコートの男を追っていたサツキとイツカは、街灯などまるでない暗闇の路地裏にいた。



「真っ暗で何も見えないね……」


「あんた、耳に自信あるんじゃなかった?」



イツカは思い出したかのように、視界情報を捨て【音波コード】を発動する。視覚の全てを失う代わりに、蟻が一歩進む音すら聞き取れると言われている【五感コード】の一種だ。



「聞こえる………けど、裏路地だから………、角が多すぎて、位置把握が上手く定まらない。」


「大体の場所は?」


「そこの角を右に曲がって南西210mってところ。」


「分かった。」


「分かったって、どうするつ………」



イツカが後方にいたサツキに視線を向けた時には、既にその姿はなかった。



(…………なに?)



サツキが魔法コードを展開していた素振りはまるでなかった。だが、実際サツキの姿は跡形もなく、どこかへ消えていた。


イツカが首を傾げていると男の悲鳴が突如、辺り一帯に響く。その声は人間というにはほど遠く、むしろ動物の呻き声に近い、そんな痛ましい声だった。


何か嫌な予感がしたイツカは走るスピードを速め、声が聞こえた方角へと足を進める。角を曲がった先に見えたのは、消えたサツキと男の姿のようだった。



「ちょ、サツキ、捕まえたのならそう言ってよー、何よ、さっきの叫び声………」



薄暗い路地を進み、サツキを見つけた安堵の息を漏らしながらイツカが近寄ると、目の前にはおぞましい光景が繰り広げられていた。


思わず目を覆いたくなるような状況を前に、イツカは全身の力が抜けていくように、脱力していく。身体がまるで力を入れるのを拒んでいるような感覚だった。


両足を太ももから切断された男は、真っ白だったコートを血で赤く染め上げ、必死で逃げようとしたのか、血の跡が壁際付近まで一本の線のように伸びていた。


血の先を辿ると、男の首筋にめり込むように指を食い込ませ、夜空へと掲げるサツキの姿が目に入る。

頬は男の返り血で赤く彩られ、粘着質な赤黒い液体が、一粒、一粒、音を立てながら地面へと落ちていく。



「わたしは、何もし、し、知らないんだ………本当だ………、その男の、居場所な、ど………知ら、ないんだ………。」



息も絶え絶えに必死に訴える男の首を、より強く締め付け、サツキは薄く笑みを浮かべる。



「へぇ~………そうなんだ。」


「ほん……とう、なんだ………、わたしは何も、知らない………。ファルスを………滅ぼしたの、も………わたしたち、ではな、い………」


「わたしたち……?」


「わたし、たちは………ローレンにある宗教組織だ………名は【オメルタ】と、いう………、ほんとうだ、………ファルスは潰していな、い……」



_______ファルスなど、どうでもいい。



サツキは頬から滴れ落ちる血液を舌で掬い、深い海の底のような真っ青だった瞳の色は、いつしか揺らめく炎のように深く濃い紅の光を帯びていた。


その姿はまるで、血に飢えた狂鬼そのものに見え、イツカは崩れ落ちるように地面へと座り込む。


サツキは男の耳に、長く伸ばした舌を這わせた後きつく噛み、そのまま耳をミチミチと肉の裂けていく音と共に、ゆっくりと本体から引き剥がしていく。



「ぎゃぁああっ…ああぁああああ」



再び男の悲痛な声がこだまする中、剥ぎ取った耳を吐き捨てるよう道端へ投げやると、男の耳から脈打ちながら勢いよく溢れ出てくる血をゆっくりと舌で味わう。



「あんたさ、さっき誰かに連絡してなかった?」



もはや男は何も答えなかった。


荒くなる呼吸とは対照的に、男の鼓動はゆっくりと穏やかに変化していく。その様子を眉一つ動かさずに黙って観察しているサツキに、イツカは声をかけることすら出来なかった。


自分の知っているサツキの姿とは、似ても似つかなかったからだ。まるで人を殺すことそのものを、愉しんでいるようにさえ感じられた。


男が息を引き取るまで、そう時間はかからなかった。


抉り込ませた指が男の脈を感じなくなると、サツキはその場で勢いよく指を引き抜き、もはや肉塊となった男の身体は重力のまま壁を伝い、地面へと倒れる。



「なっ………んだ、コレは………」



その光景を、酒場から走ってきたターゲットの男が目撃する。



「あぁ、そうか。お前に連絡したんだな………」



サツキは糸のキレた人形のように首を傾け、揺らめきながら、ゆっくりと男へと足を進める。男は本能的に逃げなければならないと身体を動かすが、どこもピクリとさえ動かない。



「無駄だよ、【束縛コード】が発動しているから。」



真っ赤に染まった顔で満面の笑みを向けるサツキは、男の頭を掴むと先程と同様に上へと持ち上げ、ポケットの中を探る。空を切るように暴れる足に一瞬だけ視線を投げつつも、ポケットの中身を取り出し確認した。


サツキの掌で輝く虹色の塊は、【魔力クリスタル】と言われる類の石だった。



「違法ストーンか。」



その中でも男が手にしていたのは、虹色に調合された魔力増幅石で、その威力は絶大とされている。


肉体を維持できないほどの魔力を、瞬時にその身に宿してしまうことから、使用者の命はもちろん、その肉体さえも跡形もなく、消え失せてしまうほどの代物だった。


そのため使用はもちろん、製造することも禁じられている。



「こんなもん持ち出して、何しようとしてんの?」


「はなせ………クソガキめ………、わたしは、貴重な【高難度医療コード】を発動できる存在……だ。わたしを殺めることは………できない……それほど貴重な存在なんだよ………」



クラウスはこの時、初めて知った。


身分ある男だとは認識していたが、まさか医療コード術者だとは夢にも思っていなかった。争いが絶えない現況の中、医療コードを発動できる人間は少なく、その存在は国の保護人物対象として、法的に守れていた。



「だから?」



だが、サツキにはまるで関係ないこと。


そもそも国など持っていなかったし、興味もなかった。



「な………、貴様騎士だろ?わたしを……保護する側の人間……だろう?」



必死にサツキから逃れようと抵抗しながら訴える男の頭に、より強く圧をかけ、悲鳴を上げさせると、サツキは嘲笑う様に男と視線を絡める。



「俺は騎士じゃない。ただの殺戮者だよ?」



口角を上げ、シニカルな笑みを見せるサツキの言葉に明らかな狂気を感じ、男は全身の力を振り絞り、逃れようと試みる。



「なにが、聞きたいんだ……、頼む、言うから助けて……くれ」


「じゃ、この内容は知ってる?」



サツキは自身のポケットから、一枚の手紙を男に見せた。



「し、知らない………」


「そう、じゃ、この違法ストーン、何に使うつもりだったの?」


「それはサンプルとしてもらっただけだ………。ローレンで製造している………それよりももっと大きくて、でかいやつもある………その型のクリスタルは……山のようにあった………」


「へぇ、それで何するの?」


「そ、それは……知らない……ほんとうだ、何も知らないんだ、助けてくれ………」


「___そ、残念だな。」



その言葉を最後に男の頭は、肉片を飛び散らせ、果物が握り潰されるように飛び散っていった。


サツキは恍惚な笑みを貼りつけたまま、違法ストーンを空中に飛ばし、手遊びをしながらクラウス達の方へと振り返る。近づいてくるサツキに、クラウスは思わず後ろへと身を引き視線を泳がせた。



______こいつは、異常者だ。狂ってる………。



同じことをイツカも思ったのだろう、みるみる内に青ざめていくのがクラウスには分かった。誰もがそう思っていると確信した中、シルヴィーが漂う空気を裂くように声をあげる。



「あらぁ~、派手にやったね、コレ片付け大変そうじゃん~~~」



数分前と何も変わらない口調でサツキの傍へ駆け寄り、血液で汚れ切った羽織りを脱がせ始めた。



「とりあえず、コレ脱いで!いい男が台無しじゃんかぁ~、その姿だとただの殺人犯だよぉ~」



シルヴィーの言葉に、立ち尽くしていたクラウスがそっと息を吐くように呟く。



「ただの殺人犯だろ……そいつ。」


「え?なになにぃ~?」


「ただの殺人犯じゃないか!!!!見ろよ、もう誰だったかも判別つかない!!!」



狼狽しながら、息絶え絶えに怒鳴るクラウスの横を、サツキは無言で通り過ぎようとするが、その足はクラウスの腕によって動きを止めた。



「いつもそうやって人を殺しているのか……?」



クラウスの問いには答えず、握られた腕から垂れる血液をペロリと舐めとり、サツキは腕を振り払った。



「…………ユキを解放してやってくれ。」



サツキの背に向かい、言葉を絞り出すように告げるクラウスに、今度は自らの意思で足を止める。



「ユキ?誰、それ。」



クラウスは唖然とした。

あんなにサツキを求めているユキをこいつは知らない………。


意味が分からなかった。


混濁する思考の中では、考えをまとめ上げることなど出来る筈もない。


その時________。



「サツキ!!!!!!」



路地に響いたのは、イツカの声だった。



「サツキ………ねぇ、あなたサツキだよね?」



ゆっくりと立ち上がり足取りが覚束ない中、必死にサツキを捕まえようと手を伸ばす。

今にも倒れてしまいそうな足取りで、一歩一歩ゆっくりと、サツキへと歩き続ける。


その様子を無視するわけでもなく、置いていくわけでもなく………、サツキはただ黙って、イツカが自分の元へ到着するのを待っている、そんな風に見えた。



「つか、まえた。」



いつものようにサツキへ腕を絡ませるその手は小刻みに震え、瞳からは大粒の涙がポロポロと零れ落ちていた。


サツキはその様子を無表情で何も語らず見つめ、イツカが見上げるように顔を向けると、ニッコリとした笑みを零す。



「いつもの、サツキだ………アタシ、絶対あんたから逃げたりしない、からね………」



それだけ言い残し、イツカは倒れ込むように落ちてくる。


サツキはイツカをそっと抱きあげ、一人呆然と立ち尽くすクラウスを背に、暗い路地に溶け込むように姿を消した。


シルヴィーはクラウスの肩を軽く叩き、サツキの後を追い、同じように闇へと消えていった____。



==================================================✂


最後までご拝読頂きありがとうございましたm(__)m


今回更新忘れていたので、連投させて頂きました。


もう少しで、なろうに追いつくと思います!!!




お手数かもしれませんが、☆やコメントなど頂けると大変嬉しいです!!


仲良くしてくださると、もっと嬉しいのでどうかよろしくお願いいたします!!




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