第9話 交錯する、それぞれの想い

【クラウス編】



路地裏の残虐な光景が脳裏に焼き付き、クラウスは一睡も出来ずに朝を迎えていた。

自室の窓から薄っすら日差しが滲む出す頃、クラウスは一つの結論を導き出した。



_____あの少年とユキを会わせてはならない。



ユキがどんなに想っていたとしても、事実サツキはクラウスの問いに「知らない」とだけ返した。


これが何を意味しているかなど、考えずとも明白だった。


ユキがサツキをどう思っているのかは分からないが、一つだけ言えるのはサツキが『異常者』であるということ。これ以上サツキに近づけるのは、危険だとそうクラウスは判断した。


少しでもユキの心が軽くなるのならば、「少年」を探し、引き合わせてあげようと心に誓ったが『アレ』は論外だった。


人間の姿形を綺麗に切り取っただけの魔物____。


そんなヤツの傍に大事な人を預けるなど、クラウスには考えられなかった。



____ごめんねユキ、ごめん。でも、『アレ』はダメだ。ユキには近づけられない。君の助けになろうと決めたのに、本当にごめんね………。



逢えないユキの気持ちを考えると、クラウスは涙が止まらなかった。いるはずもない神に許しを請うように零れ指す光の下で跪き、天を仰いだ。



*****


【ユキ編】


クラウスは明け方に一度ユキの部屋を訪れていた。いつもは必ずノックをしてから入ってくるのだが、その日だけは様子がまるで違っていた。恐慌きょうこうしたように部屋を訪れ、取り乱しながらも眠るユキへと手を伸ばしていた。


頬の感触に目を覚ましたユキは、大きく開かれた扉から、冷たい風が流れてくるのを肌に感じながら、震えてしまっているクラウスの手を優しく握る。



「どうしたの?」



だが、クラウスは何も答えず、ただ小刻みに震え、痛みを感じるほどの強い力でユキの手を握り返す。明らかにクラウスの様子はおかしかった。それはユキにも伝わっていたが、どうしたら良いのかもわからず、握られた手の圧に黙って耐えた。



「………ねぇ、ユキは………、その少年に逢いたい……?」



青ざめた唇を震わせ、問いかけるクラウスの瞳はどこか切なげで、ユキの心はひどく締め付けられた。



「………何故そんなことを聞くの?」


「少年に人の心がなく……とも?」


「クラウス?言ってる意味が分からないよ……?」



泣き叫んでしまいそうな表情かおで訴えるクラウスの言葉は、ユキにはまるで理解出来なかったが、クラウスがひどく傷ついてる、そう感じた。


ユキは、クラウスの言葉の真意を聞き出そうと言葉を紡ぐが、クラウスはそれ以降口を開くことはなく、震えが落ち着いたと同時に、ユキの前からいつの間にかいなくなっていた。


ユキはそんなクラウスが気がかりで、その日はあまり眠れなかった。

夜が明け、薄っすらと光が雲の隙間から注ぎ込まれる頃、そっと部屋を抜け出し、気晴らしに散歩へと出掛けた。


以前クラウスに案内された湖近くに到着すると、周りの木々たちが揺らめき、歓迎してくれているように思えた。ユキは大きく背伸びをするように両手を広げ、息を吐く。



「ボク、潜水出来るようになったお~~~!!!!」



静かだった空気を裂くように、突然声が辺りに響き渡る。すぐ近くから聞こえてきた事に気づき、その声に誘われるように森の奥へと足を運ぶ。



「___プハァ!何秒?ねぇ、何秒だった~?!」



聞こえていた場所は、ユキが目的地としていた湖だった。



「さぁ?20秒くらい?」



すると………、そこには、あの少年の姿があった。


まるで重力によって引き寄せられるように、少年へと足を進めるユキだが、突然歩むのをやめ、その場へとうずくまる。


生い茂る葉に身を隠し、顔を手で覆いながら指の隙間から少年を観察する。湖の水面から、白くしなやかに伸びた背中を食い入るように見つめた。


片手で水を掬い、肩へと運びながら水浴びをする少年の横には、なにやらキツネらしき動物が水面から顔を出したり、消えたりしていた。



「プハァ!!ゲホゲホ………、な、何秒だ、だった……?」



鋭く尖った耳をプカプカと浮かせながら、動物は少年に問いかける。



「…………15秒くらい?」


「ウソだぁあああああ!!! もっと潜ってたぁぁぁぁあああ」


「なら、20秒で。」



喋る動物がいることにも驚いたが、この時のユキにはそんなことはどうでもいいほどに、少年の声が聞けた悦びに身を震わせていた。


ユキがまともに声を発する少年を見たのは、コレが初めてだった。



(あんな声してたんだ………容姿だけじゃなく、声までも綺麗なんだなぁー………)



まるで神聖な生き物を拝むかのように、少年を見ているとある事に気づく。



(あれ、背がまた伸びてる?)



ユキの夢に現れていた少年は初めは幼く、夢で逢う度に大きく成長していた。断片的に少年の成長日記でも見ていた、そんな感覚だった。



(名前、呼んでみてほしいな………)



そう心で想っていただけのはずだった。



「は?」



気付けば少年の瞳は、ユキの姿を捉えていた。



「え?あ、あっ………、え?えええええええええええええ?!! 」



あまりにも突然の出来事にユキは激しく動揺し、逃げればいいのか、どうすればいいのか、困惑し戸惑ってしまう。



「…………痴漢か?」



少年が自分に向かって話しかけている信じられない状況と、痴漢に疑われているショックと、ユキの心は異なる様々な感情が暴走し、パンク寸前だった。



「男の裸を好んで覗き見する女の子なんていないお!!! ボクの身体目当てなんだなぁ~」


「あ、そうなの。マニアックだね。」



ユキが動揺している間に痴漢容疑は解決したのか………、少年は、もはやユキを気にもとめていない様子だった。



「あ………あの!!!! 動物は好きですかぁあああああああああああああああ?」



静かな森に、唐突にこだまするユキの声に、休んでいた鳥たちも一斉に目覚め、大空へと羽ばたいていく。驚いたのは、もちろん鳥たちだけではない。



「パチクリ、パチクリ、あの、どうしたの……?」



大きく瞬きを繰り返しながら、ロロは心配そうな眼差しでユキを見つめる。


ユキは、爆発してしまいそうな心臓を落ち着かせるために、大きく手を広げ深呼吸をし、再度同じ質問を投げかけた。



「あの、ど、動物はお好きですか?」



少年はすぐに自分へと質問だと理解し、無表情で返答を告げる。



「好きだけど。」



その瞬間、ユキの顔は火山で噴火した如く赤く燃え上がり、激しく動揺を見せる。



(好きって言った………。)



不思議そうな顔を浮かべる少年に、ユキは次の質問をくりだす。



「雪はお、お好きですか?」


「雪?」



自分の名前を呼ばれているわけでもないのに、勝手に心臓が跳ね上がり、鼓動の音が少年に聞こえてしまうのではないかと、ユキは胸を強く押さえつけた。



「空から、パラパラぁーと降ってくる、あの雪です。」


「暑いよりかは好きだと思うけど………」


「じゃ……、ユキの事が好きってこと、ですよね………?」


「………あぁ、うん、雪、………好きかな。」



____もうダメだ、これ以上は身が持たない。


ユキは少年の答えを聞き届けてから、風のように走り去って行った。



「………サツキ、なんだったんだろう?」


「………さぁ?痴漢じゃない?」





*****



【イツカ編】



「はぁ………」



新鮮な朝の空気を乱すように、イツカは深いため息を漏らす。任務終了間際、気絶するように倒れていたこともあり、目が覚めた時にはサツキのベッドの上にいた。


まだ朝というには早い時間だが、その時は既にサツキの姿はなく、イツカは探し求めるように、そっとサツキの部屋を抜け出し中庭まで出てきたが、探すのもなんだか変だなと思い直し、そのまま草の上に横になっていた。


ゆっくり瞳を閉じようとした瞬間、森にいた鳥たちが羽根を大きく揺らし、一斉に音を立て、空へと飛びだっていく。


森で何かあったのかと、視線を向けるが特に変化なく、イツカは再び重くし掛かる瞼を下そうとした瞬間____。



「うわぁあぁぁぁあぁぁあああああ」



森の中から疾走してくる少女の姿を目撃する。


大声で叫びながら飛び出して来る姿から何かあったのかと、少女を思わず呼び止めた。

だが、呼び止めた少女は、まるで好きな子に告白した直後かのように動揺と、歓喜と恥ずかしさ………。


そんな感情を帯びているようにイツカには見えた。



「どうしたの?何か叫びたくなるほどいいことでもあったぁ?」


「はい!!!!」



満面の笑みでそう告げる女の子が、何故か羨ましく感じた。



「いいな………アタシはさ、昨日ヤラかしちゃったんだよね………」



そう囁くように告げると、少女は少し心配そうにイツカを見てから、隣にゆっくりと腰かけた。



「何しちゃったんですか?」


「一瞬ね、拒絶しちゃったの………そいつがあまりにも別人のように見えて、怖かった。本当は逃げ出したかったの。」


「逃げちゃえば良かったんじゃないですか?無理したって、バレちゃいますよ。なら、逃げていなくなったほうが傷つけないですむんじゃないですか?」


「どういうこと?」


「拒絶したことに相手がショックを受けてしまうかもしれない、前のような関係には戻れないかもしれない。そう思ったから我慢して逃げなかったんですよね?」



イツカは言葉に詰まった。


指摘されている通りなのかもしれない、そう思ってしまった。


____でも。



「怖かったのは事実、逃げ出したかったのも事実、でも目が会った時のソイツはひどく悲しげに見えた。別に悲しい顔なんかしてないんだよ? けどね、ソイツの瞳がそう言ってる気がしたんだ……」


「だから、逃げなかった?」


「そう、お前もそうなんだなって思われてしまいそうな気がして嫌だったのかも。理解したいって思った。よく分からないけど、そうしてあげられるのは今アタシしかいないんじゃないかなって。あ、シルヴィーはどうなんだろ……平気そうだったな………、もう理解者なのかな………」


「よく分かりませんけど、気持ちはなんとなく分かりますよ。そういう人って自分が人を拒絶してるわけでは決してないと思うんです、世界の方が、周りの人たちの方が………きっと拒絶しちゃってるんですよ。」


「分かる!!!! だからなんとなく傍にいてあげたくなるよね!!! なんかほっとけないってゆーか。」


「ですよね、そんな感じします。」


「あ~~~~~、なんかスッキリした、ありがとう。アタシ行くね!」



イツカは少女へとびきりの笑顔を見せ、そのまま城の中へと駆けて行った。


残された少女は一人、勝手に緩んでしまう顔を両手で叩いてから、イツカと同じように城の中へと入っていった。




***


【シルヴィー編】



「ふふふ~んッ♪」



シルヴィーは、血まみれになったサツキの羽織りを洗濯しながら、昨日手に入れた違法ストーンの欠片を見つめていた。



「あ~あ、サツキがアルトロに手に入れた違法ストーン渡しちゃうから、ワタシはこんな小さいのしかゲット出来なかった………」



イツカがサツキに向かって歩いている時、サツキは確実にイツカに集中していた。クラウスは、心ここにあらずだったこともあり、探るには丁度良かったのだ。


この時シルヴィーは、屍の胴体を切り裂き内臓の中を手でかき回し、違法ストーンの欠片を手に入れていた。あのような腐った連中は、違法ストーンを運ぶときにコードを発動せずに、そのまま体内に入れ運ぶ傾向がある。


手に持ってしまうと、国境検査で引っかかるし、通れるように手配するのも何かと骨が折れる。

なので、体内を袋代わりにして持ち歩くことが多い。


そのことを知っていたシルヴィーは、必死に内臓の中を捜索したが、得られたものは生臭く染まった腕と、人差し指に乗るほどの小さな違法ストーンの欠片だけだった。



「ウフフ♪ にしても、狂気に満ちたサツキは綺麗だったなぁ~~。 それに、なんか色々理由ありそうだし! 騎士バイト選んで正・解だっねッ!」



甲高い愉快な笑い声を響かせながら、シルヴィーはサツキの羽織りのシミ取りに励むのであった____。




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最後までご拝読ありがとうございますm(__)m


お手数かもしれませんが、☆やコメントなどを頂けると大変嬉しいです。


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サツキの服装を、どうしても和服にしたくなったので、一話から服の修正を入れました。

気になった方、すいません。


物語には影響はないので、軽く流してくださると幸いです。

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