第3話 現実と夢の狭間

柔らかな木漏れ日に誘われ、小鳥が朝を唄い、空からは燦々とした陽が降り注ぐ中、ユキはゆっくりと目を醒ます。


視界に広がるのは、まるで見覚えのない天井。


パチパチと二度大きく瞬きを繰り返し、記憶を呼び起こすようにベッドから起き上がると、自分の部屋とは似ても似つかない閑散とした小さな部屋のベッドの上にいた。



「そうだ!夢の中だ!」



ユキは、自身の言葉に納得したように大きく頷く。


眠気の残る顔を洗おうと洗面台を探すも部屋のトイレには、それさえついておらず、夢の中の住人は、トイレ後に手を洗う習慣がないのかと、夢の世界にいる事実よりもそっちが気になり、朝から妙な事で頭を悩ませていた。



___トントン。



部屋のドアを軽くノックする音に振り返り、視線をやると、クラウスの声がドア越しに響いてきた。



「ユキさん?起きてますか?」



昨日、親切にしてくれた男の人の声だとすぐに察する。


よく知らない自分のために、わざわざ手当てまで施し、部屋を与えてくれたのだと、ユキは左手に巻かれた包帯を見て物事を詳細に思い返す。



「はい、昨日はご親切にどうもありがとうございました。」



ユキは急いで部屋のドアを開け、目の前に心配そうに立っているクラウスに、深く一礼する。



「いや、とんでもない。ところで………頭は大丈夫……かな?」



ユキはなんのことだろうと頭を傾げると、クラウスは言葉を濁し、首を横に振り苦笑気味に笑ってから「なんでもないよ」と呟き、両手を大きく叩いた。



「そうだ!朝ごはん食べに行かない?宿主の人に聞いたら、近くに美味しいパンのお店があるらしいんだ。」



気を取り直すかのように、クラウスは元気に笑ってみせ、ユキの腕を引っ張り外へと連れ出す。外の光景にユキが、目を大きく見開いてるのに気づいたクラウスは、少し聞きづらそうな面持ちで、ユキへと疑問をぶつけた。



「ユキさんは、【ハイス大陸】に来るのは、初めてなんですよね? どちらからここへ?」



東京です……、なんて言えるはずもなく、ユキは俯きどう応えたらいいものかを必死に探ってはみるが、よくよく考えたらここは自分の夢の世界なのだから、どう返答しても大丈夫なのではないかと思い、そのままクラウスに告げようと口を開いた途端_____。



____ガタン。



大きな破裂音が辺りへ響いた。


二人は反射的に音が聞こえた方角へと視線を向けると、そこには商人と思わしきお爺さんと、背中に大剣を背負ったガラの悪そうな男達が、対立するように向かい合っていた。


お爺さん一人に男三人という陰湿な構図に、ユキは大きなため息を漏らす。



「寄ってたかって、何してるんですか?!!」



お爺さんを庇うように、男達の前へと飛び出たユキを見て、クラウスに動揺が走る。武器を持った大柄の男三人を目の前に、なんの躊躇も見せずに助けに入ったユキの姿は、無謀そのものに見えた。


クラウスは慌ててユキと男達の前に割入ろうと試みるが、これよりも先に一人の男が大剣を抜き出し、ユキへと鋭い刃を光らせる。


だが、ユキにはそんなの関係なかった。


「夢の世界」という不確定要素にも関わらず、「夢」なのだから大丈夫という安心感によって、一切の恐怖を感じないユキは、強気に眼光を光らせ、更に男へ一歩近づいて見せる。


その様子にクラウスは、急いで腰にかけていた剣に手をかけユキへと近づくが、それよりも早く男は、ユキの肩へと大剣を突き立て、肉を抉るように切っ先を回転させてから、そのまますぐ後ろの壁へとユキの背中を強く押し当てた。


容赦なく肩を貫いた刃は、激しい痛みと【現実】を犇々ひしひしとユキへ伝え、真新しい血液と共に身体の外へと鈍い音を立てて抜き出る。


ドクドクと脈打ちながら溢れ出る血液を、手のひらに感じながら朦朧となる意識を必死に繋ぎ止め、ユキはきつく歯を食いしばる。



「いっ………っっ……」



商人との交渉を邪魔された男達は、酷く気が立っていた。


必死に肩を抑え痛みを堪えるユキに、更に追い打ちをかけるように容赦ない大剣が襲い掛かる。



「邪魔なんだよぉおおお」



ユキに向かって振り下ろされた大剣を、寸前のところで食い止めたのは、クラウスの剣だった。

ユキをチラリと確認してから見事な剣さばきで、男達を圧倒し、5分もしないうちに3人は、縄で縛り上げられていた。


騒ぎを聞きつけ駆け寄ってきた警備隊に、男達を引き渡すと、慌てて店の中へと走る。クラウスが男達の相手をしている間に商人であるお爺さんが、安全な場所へとユキを運び入れるのを見ていたからだ。


案の定、店の中へと入ると、テーブルの上に寝せられたユキは、お爺さんの看病を受けていたが激しい痛みからか、意識は朦朧とし、止血のために傷口を押さえつけられる度に甲高い悲鳴を上げ続けていた。



「この子……酷い熱なんじゃ………」



肩に体重を乗せながら告げるお爺さんの言葉通り、ユキの身体は濡れるほどの汗をかき、触れれば火傷してしまうそうな程の熱を発していた。


傷口から黴菌ばいきんでも侵入したのだろう。


クラウスは、このままでは命の危険があると判断し、医者を呼んでくるまで看病を頼むと言い残し、急ぎ店を出た。


途切れそうな意識の中、ユキは再び少年の夢を見ていた。夢の中の少年は、高い崖の上に茫然と立ち尽くし、岩に激しく打ち付けれていく波をただ黙って見つめていた。


無表情なのに、どこか寂しそうに見えた横顔がユキの心をきつく締め付けた。



【貴方に、凄く会いたかったの………】



ユキが少年へと手を伸ばすが、いつものように触れることは叶わない。


だが、ユキはそれでも構わなかった。



【私が貴方の傍にいる……代わり泣いてあげる……】


【だから………】



_____そんな顔しないで。





**********


「ユキさん?ねぇ、大丈夫……?ユキさん?ユキさん……?」


優しい声色に誘われユキは薄っすらと瞼を開けると、心配そうに見つめるクラウスの頬へと手を伸ばし、瞳いっぱいに溜めた涙を頬へと流しながら悲しそうに微笑んだ。



「貴方の傍に……ただ……ただ……居たいだけなの………」



その言葉を残し、ユキは再び深い眠りの中へと消えていった。


突然の告白にクラウスの顔は赤く染まり、激しく目が泳ぎ始める。幼い頃から厳しい教育を受け育ってきたクラウスにとって、人生初の告白だった。


もちろん、異性から好意を寄せられたことはあった。

だが、環境のせいか、ストレートに感情を露わにし、告白してくる女性などいなかった。


クラウスはそう簡単に恋愛出来る立場にいないことを、重々承知していたため、女性とは程よい距離を保って、生活することを心がけていた。


そして今日、クラウスは知る。


こんなに愛情を素直にぶつけられることが、どれほど嬉しく愛しいものなのかということを___。






ユキが目を覚ましたのは、それから三日後の事だった。高熱がひどく、一向に下がる気配を見せなかったが、クラウスの寝ずの看病が功を表し、やっと意識が回復したのだ。しばらくは安静ということで、熱が完全に引くまでユキは、ベッドで大人しくしていることにした。



「ユ、ユキさん、その……大丈夫ですか?」



顔を赤らせ、どもった口ぶりでユキの体調を気遣うクラウスの態度に、どこか違和感を感じつつも、ユキは笑顔で対応し、何事もなく4日が過ぎていった。すっかり体調を取り戻したユキは大きく背伸びをし、クラウスを宿屋の前で待つ。



「ごめん、お待たせ。」



馬に乗りやってきたクラウスは、約束の時間に遅れた事を詫びてから、ユキを馬へと乗せるため手を伸ばす。



「馬に乗ったことがないなんて、ユキは本当に変わってるよね」



自身の前へとユキを座らせると軽く馬を蹴り、勢いよく走らせ始める。その反動でよろめくユキの身体をしっかりと後ろから抱き留め、手綱をきつく握った。



「あの、本当にお世話になっても大丈夫なの?クラウスって……皇子様なんだよね?」


「皇子なの関係ある?別に構わないよ。お城って言ってもそこそこ年代物だし。そんなに気にしなくていいよ」



心配するユキを察し、クラウスは優しく笑みを浮かべる。

それでもユキの不安は、消えることはなかった。

今回の一件を受け、自分なりに物事を整理したのだ。


「夢の世界」なのだから、どうなっても大丈夫という、妙な確信に近い自信を持っていたユキだが、「夢」で終わらせるには負に落ちない点が幾つもあった。


今までは、少年と離れると現実世界に戻っていた。

気を失ったり意識が途切れると、次に目覚めた時には確実に「夢の中」にはいなかった。


だが、今回はどうだ?


何度意識を失っても、「ここ」から出れる気配は毛頭感じられなかった。一番最初に、この「夢」に来た時も今回と同じように痛みを感じ、恐怖も感じた。「そこ」がまるで現実のような感覚が確かに存在していた。


ただ一点異なるのは、気絶したら現実に戻っていたという点だ。


とは言っても、疑問はいくつも残る。


夢には種類があるのか、妙にリアル感覚がある夢と、そうでない夢があった。

初めて訪れた森と、今回は状況が酷似していた。

それ以外は、少年の傍に透明人間のように居続けるだけのものだった。

「夢の中」のモノには、何一つ触れることは出来なかったが、その二回だけは話が別だ。


そこでユキは考え方を変えてみた。


この二つは、【現実リアル】そのものなのではないかと……。


あり得ない話だと頭では理解しているが、全身がそう告げている。



【ここは【別世界】なのだと____。】



だとすると、この世界のどこかに、あの少年が存在している事になる。森に迷い込んだ時、確かに少年はそこにいたのだから。


「夢の中」では触れることが出来なかった少年も、今この場所なら触れることが可能なはず。


事実、ユキはこの「夢」のものは触れることが出来る。


「ここ」にいる限り、リアルの少年に会える。


ユキはそう結論をづけた。


自身でもまだよく理解し切れてはいなかったが、少年に会えるかもしれないという不思議な期待に、胸を躍らせていたのだった。



「着いたよ。ここがセムナターン国の中心に位置している【中央エリア】だよ。」



走らせていた馬の頬を軽く撫でながら、クラウスは自慢げに紹介する。



「一応、商業都市だから、色んなモノが手に入る。ユキの故郷のモノもあるといいけどなぁ……」



「ないと思う」とは、口が裂けても言えないユキは「そうだね」とだけ呟き、賑やかな街を一望する。


中世ヨーロッパ風の建物がズラリと立ち並び、街中まちなかには無数の馬車が駆け回っていた。日本には馴染みないモノばかりが視界に飛び込んでくるため、ユキの瞳は好奇心と輝きの色を宿す。

現代では決して着ることはない、ロココ調のドレスの数々に目を奪われていると、横から親しげにクラウスを呼ぶ男の姿が見えた。



「クラウスたん、なんや女の子なんか乗せちゃってぇー、え?誰、だれ、この可愛い子ぉ~~」


「ジル?! こんなところで何やってるんだ?」


「なにって、もちろんお仕事やで。情報収集ってやつぅ~~」



シルバーの透き通るような長髪を靡かせながら、クルリと一周し、帽子をとってからユキに向かって自己紹介も兼ねて、深くお辞儀しニコリと微笑む。



「どうも~、お初にお目にかかります。ジルと申します!しがない情報屋をやっておりますぅ~、どうぞお見知りおきを~~」



それだけ言うと、ユキへと頼んでもいない名刺を手渡し、ヒラヒラと手を振りながら、路地裏へと姿を消していくジルを黙って見送り、クラウスは大きなため息を漏らす。



「なんかごめんね……。あいつ悪いヤツではないんだけど……空気を一切、読めない体質だから。気に障ったのならオレから謝るよ、ほんとごめん。」


申し訳なさそうに頭を下げるクラウスに、ユキは優しく微笑み返し、全く気にしていない旨を告げる。


「なら、良かった」と、ホッと胸を撫で下ろした時、馬が鳴き、城への到着を知らせてきた。


まるで歴史建造物のような見事な外観に息を呑み、城の至る箇所で太陽の光を受け、輝きを放つステンドグラスへと目をやる。芸術品と呼ぶに相応しい装飾品や彫刻の数々を、色とりどりのステンドグラスが淡く照らしつけ、心が震えるほどの美しい空間へとユキをいざなう。


馬を降りた二人はゆっくりとした足取りで、お城の中へと足を踏み入れる。外観からのイメージを、一切裏切ることのない美しい内装に目を奪われていると、視界の端に黒い羽織りに身を包んだ少年の姿を捉える。


ユキはその瞬間走り出していた。



____見つけた。絶対そうだ!!



エントランスにいる人混みをかき分け、ユキは無心で進み続けた。

階段の上にいた少年の姿を逃すまいと、必死に見つめ続けていたせいで、何かにつまずき、派手に音を立てて転んでしまった。だが、すぐに急いで起き上がり、再び少年がいた階段をすぐに確認するが、もうそこには少年の姿はなかった。


まだ近くにいるはずと、階段の手すりに腕を伸ばした時、クラウスがそれを制止した。



「ユキ!怪我してるから、それ以上動かないで!」



クラウスに叫ばれて初めてユキは、ぶつかった婦人がつけていたガラスブローチの欠片が、膝に深く突き刺さり大量に出血しているという事実に気づく。傷口を見た途端、一気に血の気が引き、ふらつくユキをクラウスがしっかりと抱き、そのまま寝室のベッドへ運び入れた。




再び意識を失ったユキが目覚めた時は、傍には誰もおらず、鼻にはびっちりと、ティッシュが詰め込まれていたことから、自分は鼻血も出したのかと……肩をがっくり落とす。そして、あまりの羞恥心に顔を赤らめ、少年の視界に自分が映っていないことを、必死に神へと願ったのだった。




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最後までご拝読ありがとうございました。


小説家になろうでも同じ名前で登録していて、そちらでは9話まで更新されています。


こちらでも追いつくように随時更新していきます。


また、フォローや☆などアクションをくださった方々ありがとうございます。


登録したてで、まだ使い方がよく分かっていなくて、すいません。


文字数少なくした方がいいとアドバイスを受けたので、書いていた9話あたりから挑戦していたんですが………なんか短く書けなくて、読むの大変な方いましたら、本当に申し訳ありませんm(__)m





















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