第2話 疑惑と愛情~少女編~


*ユキとクラウスが出会う、少し前のお話になります。


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ユキは不思議な夢を視ていた。


たまに視る少年の夢にうなされ、ベッドから飛び起きる。ユキにとってこれは、もはや朝の日課となっていた。



「____?!」



全身汗で濡れ、まるで海で泳いだ後のような感覚が、夢で視た物語の残酷さを鮮明に刻んでいた。



「ユキ?いい加減起きて、朝食とってしまいなさいよー、遅刻するわよー」



母の声にどこか安堵し、ユキは急いで濡れた寝間着を脱ぎ捨て、制服へと着替える。一度時計に目をやると、既に8時を回っていた。



「やばっ!」



ドタバタと足音を鳴らし、階段を駆け下り、朝食で用意されていた食パンにマーガリンをべったりと塗り付けてから、慌てて学校へと向かう。



「いってきまーす!」



急いで行かないと間に合わないため、陸上部で鍛えた脚力の見せどころだと言わんばかりに猛ダッシュ。幸いなことにユキの家から学校までは、徒歩で20分ほどの距離だったため、走ればホームルーム前には十分間に合う計算だ。


走った甲斐もあって激しい息切れと引き換えに、遅刻だけは免れる結果となったが、ギリギリの到着だったため、先生から「もう少し早く来なさい」と注意を受けた。



「最近ギリギリ多くない?」



隣の席に座っている恵美が、心配そうな面持ちでユキに話しかけるが、まだ息が整っていないユキは、それどころじゃなかった。



「もしかして、また変な夢見たの?」



小学生時代からの親友である恵美には、視た夢の事を話していた。

あまりにも変な夢の話だったので、ユキは話すのを躊躇ためらったが、恵美の心配そうな顔を見ると、黙っているのが申し訳なく思え、体験した夢の話を告げたのだ。


反応は、予想通りのものだった。



【大丈夫よ、夢なんだから、ね?】



そう自分でも分かっている。


現実には起こり得ない事だと重々理解もしていた。

だが、どうしてもあのリアルな感覚が忘れられないでいたのだ。



「今回はどんな夢だったの?」



恵美の問いかけにユキは一瞬、身体を強張こわばらせ、緊張した様子を見せる。



「実験をね……してたの。」


「実験?なんの?」


「あの男の子が………」



ユキはそこまで話すと急に口ごもり、身体を震わせ始めた。


その様子に恵美は「無理して話さなくてもいいよ」と優しく言葉をかけるが、ユキの瞳は既に狼狽し、小刻みに揺れ動いていた。


ユキは、口に出すのもおぞましかったのだ。

自分の見た光景を言葉にするのさえ、苦痛に感じる……そんな夢だった。


夢の中での少年は、自身の指を幾度も幾度も……切断し続け、その度に生えてくる指の時間や、速度などを計測し、記録していたのだ。


少年の座っていた椅子の下には、小さな山が出来上がるほどの数えきれない指が落ちていた。当然周りには、飛び散った血液が至る所に付着し、地面はもはや赤い絨毯に覆われているかのようだった。


目を覆いたくなるような光景から、目を反らすことも許されていなかったユキには、まるで拷問のような夢でしかなかった。


夢から醒めている今でも、切断する度に聞こえていた少年の叫び声が、耳から離れることはない。


何故、指が生えてくるのかという疑問よりも先に、どうして少年が自身の指を、永遠と切断し続けなければならないのかという、疑念の方が頭から消えなかったのだ。あんなに悲痛な声を上げながらも、決して辞めなかった切断に、どれほどの意味があるというのだろうかと……。


それからもユキは、夢を視続けた。


指から手首へ、腕へ、足首へと毎日、毎日、切り落とす部位を替え、少年は切断し続けた。永遠に続けるのではないかという、疑問さえ抱きたくなるほど長い期間、この夢は続いたのだ。


だが、この日の夢は違った。

少年は刀を手に自身の首へと、その鋭い刃を向けたのだ。


ユキは思わず叫んだ。



【やめて!!!!】



どんなに叫んでも、少年にこの声が届く筈がない。


そんな事は分かっていた。

だが、ユキが叫び声を上げた瞬間、少年の動きがピタリと止まる。

もしや、自分の声が届いたのかと思い期待したが、そうではない様子だった。


少年は耳裏に手をやり、何やら宙を見つめ始めた。


ユキは少年の視線の先を、同じように見つめてみたが何もない。不思議に思い、再度少年を注意深く見つめると、口元が微かに動いているように見えた。



【何か喋ってる?】



だが、いくら少年の視線の先を見つめても、そこにはただ壁があるだけにしか見えなかった。


しばらくすると、少年は徐に椅子から立ち上がり、一瞬だけ先ほど見つめていた壁へと視界を移してから、部屋を後にする。


ユキは少年をすぐに追いかけた。


不思議なことに、ユキは少年のすぐ傍に、常に存在しているのだが、彼には一切触れることも、声を届けることも出来なかった。


少年の目にも、当然ユキは映っていない。

まるで透明人間にでもなったかのような感覚だった。

何も干渉することは出来ないが、ユキは確かにその場に存在しているのだ。



【ねぇ、どこに行くの?】



少年の足取りは早く、ユキは置いて行かれないように必死に後を追う。あまり離れてしまうと、強制的に目覚めさせられてしまうためだった。


幾度も少年の夢を視るにつれて、夢から醒める時はいつも、少年から離れた時に起こっているという事実を、ユキは理解していた。


本当にそれが原因で醒めてしまうのかは、ユキには分からなかったが、確実に今まではそうだったんだと、確信していた。


だからこそ、ユキは必死に少年を追いかけてしまう。

不思議と少年は不意に、ユキの視界から消えてしまうことが多々あったからだ。


目の前で腕を伸ばせば、触れられるのでないかという程、近くに存在していたにも関わらず、一瞬でその場から居なくなることがある。何が起こっているのかは理解出来ないが、そうなると確実に醒めることになる事実は、重々承知していた。



【ねぇ、消えないでね?お願い___。】



ユキはボソリと呟くと、触れられないと分かっている少年の掌へと腕を伸ばす。少年の手に指が当たると、嬉しそうに笑みを浮かべ、透き通ってしまう少年の掌に、自身の手のひらを重ね合わせてみる。



【おお、ねね、影みて!! 手繋いでるよー】



ユキは満面の笑みで少年を見つめるが、当然返答はない。



【ねぇ、どうしていつも自分をイジメるの?】


【なんであんなことしてる……の?】


【何故……いつもそんな寂しそうな顔をしているの……?】



答えなど、得られるはずもない質問を繰り返すユキの瞳には、うっすらと涙が滲んでいた。


ユキには見てられなかったのだ。


あんな事を繰り返し行う少年の………痛々しい姿を____。



【私、知ってるよ? 君が泣いてること……、無理してること……、私を助けてくれたこと……】


【ねぇ、覚えてる? あの時君は確かに私を見てた。二回も目が合ったんだから!】


【なのに、どうして今は私が見えないの……?】


【ねぇ………、どうして?】



幾度も少年と夢を共にしてきたユキは、色んな少年の顔を見てきた。


人間をまるでゴミのように、無表情で簡単に切り刻める残酷な少年。


狼が好きなのか、見かけると必ずと言っていいほど駆け寄る少年。


幼い子供でも、容赦なく無残に殺せる少年。


怪我を負った兎に餌を与え、必死に看病する少年。


自身を切り刻み、痛みに顔を歪める少年。


見れば見るほど、よく分からない少年だった。


基本的には人間には残虐で、動物には優しい……そんな印象を受けた。


いや、違う。


少年は赤ちゃんは殺さなかった。

だが、母親の命は躊躇なく奪っていた。

それを踏まえると、言葉の通じない生き物には、基本的に優しいのかもしれない。


ユキは少年を、そう理解していた。


幾度となく、少年が人間を殺す場面を見てきた。

普通なら恐怖心で近寄りたくもないものだが、不思議とユキは少年の傍にいたいと、強く思うようになっていた。


確かに、残酷な夢は視たくもなかったし、最初は眠るという行為自体が恐怖だった。だが、何度も少年と時間を共に過ごしているうちに、少しずつ何かが変化してきた。


夢からは醒めたいけど、少年のことは見ていたいという、なんとも不思議な感情に、陥ってしまったのだ。



【ねぇ、君のこんな姿を見れているのは、私だけだよね?】



ユキは誰も理解しようとしていない少年を、自分だけは理解している気でいたのだ。





しばらく歩くと、少し大きめの街へと到着し、少年は羽織りのフードを深く被ってから、街へと足を踏み入れる。


ふと、鮮やかな葡萄を手に取り店の男に金を渡すと、そのまま一口パクリと投げ入れ、先へと進んだ。そのまま少年は迷うことなく進み続け、たどり着いた場所は、見るからに大きいお城のような立派な建物の前だった。


入口の前には、それを遮るように二人の警備隊が立っており、どう考えてもその中へ入るのは、禁止されているものだと、誰の目にも見て取れた。


だが、少年はそんなのお構いなしに警備隊の前に立つと、不敵な笑みを浮かべる。



「退いてくれる?」



その言葉に二人は互いに顔を見合わせ、「少年、ここには入れないんだ」と、フードを被った少年の頭を撫でようと、手を伸ばしたはずだったが、警備隊の手は何故か、地面に触れていた。


あまりの一瞬の出来事に反応が遅れた警備隊も、自身の手首が切り落とされたと気づき、もう一人の警備隊の男がすぐさま少年に槍を向ける。


少年は槍を避けることもせず、右手を前へと突き出し、ボソリと囁く。



「バーン。」



それと同時に二人の警備隊の身体は、内側から破裂音と共に爆発し、粉々に砕かれた肉塊達が、音を立てて地面へと崩れ落ちる。


少年は頬に飛び散った肉片を舌で拭い、まるでミキサーにでもかけられたかのような、肉の塊の中に手を突っ込むと、ビチャビチャと粘着質な音を響かせ、かき分けるようにして何かを探し、ポケットへとしまう。


ユキはその間、物陰に隠れ、きつく目を閉じ、事が終わるのを待った。


どちらにせよ、少年を追うためには、あの残骸を目にしなければならないのだが、なるべく見たくないという当然の心理で薄っすら目をあけ、屍を避けるように顔を背けながら、先に城の中へと進んだ少年の後を追う。


お城の中は、予想以上に賑やかな場所だった。

今しがた、近くで警備隊が殺されたにも関わらず、誰もその事実に気づいてなどいなかったのだ。


そんな様子に目もくれず少年が目指したのは、城の豪華な内装の中でも一際美しさを放っていた一番大きな扉の部屋だった。ノックもせず中へと入ると、中年の体格のいい男が椅子に座り、何やら資料らしきものに目を通していた。


男は少年に気づくと、優しく笑みを浮かべてから、言葉を選ぶように話しかけてくる。



「どうしたんだい?誰の息子さんかな?迷っちゃったのかな?」



少年は何も告げず、男の机の前まで来ると一枚の写真を取り出す。



「この男を知っているか?」



写真を見た男は、首を傾げ、しばらく考え込んでから不思議そうな表情を浮かべた。



「私の息子だね。だが、こんな前の写真、どこで手に入れたんだい?」


「そうか、あんたの息子か。」



そう告げると、少年は腰に下げている真っ白な刀を抜き、男へとかざす。


驚いた男は、話をしようと少年へ持ちかけるが、少年にそのつもりは一切なく、刀をかまえた途端_____、後ろのドアから突如、甲高い悲鳴が響き渡る。



「ル、ルキア? 来てはダメだ。逃げなさい!!」



男の言葉にルキアという女性は踵を返し、逃げようとするが、少年は宙に一回転するようにふわりと浮き、ルキアが逃げる前にその後頭部を掴んだ。



「や、やめるんだ。妻は関係ない。そうだろう?君は私に用があるんだろう?だからお願いだ、妻を離してくれないか?」



必死な形相でそう頼む男に、少年は頭を傾げてみせた。



「俺、あんたに用があると言ったか?」


「___君は私を訪ねてきたのだろう?」


「ま、そうだが、俺は特別あんたに、用があるわけでもない」


「どういうことだ……?!なら、何故私に剣を向けた?」


「ついで、だから?」



少年は、つまらなさげにそう吐き捨てると、ルキアの髪を引きずるようにして、男の元へと歩みだす。



「あんた、この女を妻って言ったよね?」


「そうだ! だから関係ないだろう?妻は逃がしてく………」



言葉を言い切る前に少年は、ルキアの首筋に爪を鋭く突き立て、指をメリメリと、音を立てながら抉りこませてから、頸椎に絡んでいる神経ごと一気に引き抜いてみせた。


ルキアは悲鳴を上げることも出来ないまま、喉元から大量の血液が噴き出し、目の前にいた男の身体は、妻であるルキアの温かい液体で、真っ赤に染まっていた。



「あ、良かったね、最期に、妻の温もりに触れる事が出来て………。」



その言葉に男は、かたわらにあった剣を勢いよく抜き、そのまま少年へと振り下ろす。



「死ねェェエエエエエエエ」



妻の死を目の当たりにした男は、もはや正気を失っていた。


それもそのはずだ。

最愛の人を自分の前で、しかも、なんの意味もなく無残に殺されたのだから。


男は力いっぱい振りかぶった剣を、少年目掛けて一気に振り下ろす。伝わってきた剣の感触に、男は笑いながら少年を見るが、そこには自身の剣で頭部が真っ二つに切断されたルキアの姿があった。


自分のせいで美しかったルキアの顔を刻んでしまった感触に、悲鳴をあげ、その場にうずくまるように丸くなり、子供のように泣き叫んだ。



「アララ……可哀想にねー。綺麗なお顔が真っ二つだねぇ。どうせだから、このまま下まで……、切り裂いてあげようか?」



愉快そうに笑い声をあげる少年を睨みつけ、男は再度剣を強く握り返し、今度こそ殺そうと力強く構えた剣を、突き立てるようにして少年へと駆け出す。


その様子に少年は、両手を広げ「さぁ、おいで」と男を待ち構えた。


ドスッという音と共に地面へと倒れ込んだのは、男の方だった。


血を吐き、手足をピクピクと動かす男を、冷淡な瞳で見つめる少年の手の中には、まだ激しく脈打つ男の心臓が握られていた。


男が力尽きると、少年は手に握りしめていた心臓をリンゴを潰すようにクチャリと握り潰し、滴れる液体を舌でペロリと掬い取ってから、部屋を後にした。


扉の前で待っていたユキは、血が滲み出るドアの隙間に、チラリと視線を投げてから少年を追う。

だが、すぐに少年は、何人もの鎧に身を固めた兵士に取り囲まれ、円を描くように追いつめられた瞬間、兵士達は一斉に槍を構える。



「貴様、よくも……よくも……デニス様を……」



兵士は涙を浮かべ、憎しみの念を少年へと向けていた。



「死ねぇ!!!!!」



言葉と同時に兵士達が、一斉に襲い掛かってくる。


少年がヒラリと、羽織りを靡かせたと思った次の瞬間___

兵士達は風船が割れるように、次々と弾け飛んでいった。


次に少年は、何やら詠唱を始める。

すると、羽織りの裾が宙を舞い、少年の周りは、みるみる蒼い光に埋め尽くされていった。


すぐに少年を中心とした、激しい台風のような風が巻き起こり、ユキはその場に立っていることが出来ず吹き飛ばされてしまう。


その時に見た、真っ赤に燃ゆるような少年の瞳を最後にユキは意識を手放した。








気づいた時には、自分の部屋のベッドの上だった。


ユキの瞳からは涙がポロポロと流れ落ち、それを腕でこするように拭ってから、再び枕に顔を押し付けるようにして祈った。



「お願い、寝せて。また夢の中へ行かせて。お願い、お願い、お願いします。」



何度も枕に頭を打ち付け願うが、全く眠ることが出来ず、ユキは諦めて遅めのお風呂に行くことにした。温かいお湯に包まれながら、ユキは少年のことを思い出す。



「もしかして、死んだの?だから醒めたの?」



大きなため息と同時に湯船から上がろうとすると、床に置いた洗面器に足を滑らせ、浴槽で頭を強打しまう。


朦朧とする意識の中、ユキは再び夢の世界へと向かうのだった。







「いったああああああああああああい」


「ここ____どこ?!」



何かに強く打ち付けたのか、お尻が猛烈に痛いユキは、思わず大きな悲鳴をあげる。


すると、一人の男が心配そうに駆けつけ、問いに答えた。



「バロスだよ?」




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最後までご拝読頂きありがとうござました。


お手間でしょうが、感想など頂けると大変嬉しく思います。



また良かったら次話もお付き合いくださいませ。


















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