~第一次接触~

【第一章】~出会い~現実か夢か、それとも異世界か~

第1話 疑惑~少年編~

煙立つ広大な大地の上に、真っ白な着物を赤黒く染め上げ、サツキは薄っすらと笑みを浮かべていた。


辺り一面には、肉塊になり果てた屍が無数に転がっており、なんとも言えない奇妙な光景を真っ赤に揺れる月が、見事に幻想的な空間へと演出を遂げていた。


ヒラリと羽織りを揺らし、誰も生きて存在していない大地に一瞬だけ口角を上げ、サツキはゆっくりと闇に溶け込むように姿を消した。


サツキが歩いてきた方角には、崩れた瓦礫があちらこちらに散乱しており、その先には大きなお城らしきモノがあったように思えた。


建物という建物は、無残にも床に崩れ落ちており、都市らしき何かが存在していた場所は、今ではただの広大な土地となり果てていた。





*********



【セムナターン王都】


ドタバタと城の中を疾走する一人の少年。



「大変だ……、何が起こっているんだ?!」




ハイス大陸の北側に位置する、最も大きな国の一つであるセムナターン国。貿易が盛んな商業国として、世界中の商人が珍しいモノを求め、訪れる。


街中は活気に満ち溢れ、賑やかな商人たちの声で埋めつくされていた。景気の良さを物語るのは、彩り豊かな果物の数々と、人々の数、そして何より高級で品のいいドレスを身に纏う貴族たちの姿だった。


街中には悠然と馬車が走り、高そうなロココ調の服装を身に纏った女性達が、ふわふわとしたスカートを靡かせ、買い物をしている姿をよく目にした。


そんな街の中心に存在しているのが、セムナターンの国王であるイザエルが住む王城だった。



「緊急事態です!」



肩で息をしながらイザエルの部屋を訪れた青年は、興奮した様子で一枚の紙を机の上へと置いた。



「これを見てください。【ファルス国】が……壊滅したとの知らせです……」


「どういうことだ?! ルキアは無事なのか?」



妹のルキアを心配するイザエルの表情が陰りを見せるが、青年はただ無言で俯き、肩を揺らすことしか出来なかった。イザエルはすぐに状況を理解し、王という立場を忘れ、ただ兄として妹の死を悲しんだ。



「一体……どうしてそんなことに……」



喉を鳴らすイザエルからは、これ以上言葉が続くことはなかった。青年は頬を伝う涙を拭い、ソッと背を向けるようにしてイザエルの部屋を後にする。


どうしてファルス国が壊滅したのか、その情報は一切上がってきてはおらず、ただその場所には、『もはや国など存在していなかった』という報告のみに留まっていた。


ルキアが婚姻してから、ファルス国とセムナターン国は姉妹国として、有意義な関係を保っていた。

ファルス国の王であるデニスとは、常に友好な関係を築いており、些細なことでもお互いに情報を交換し合い、より良い豊かな国にするべく尽力していた。


青年の目から見てもファルス国は、順調に成長している国に見えていたのだ。


デニスは争いを極度に嫌い、他国とも幾度も話し合いの場を設け、出来る限り戦争というものを回避してきた、そんな男だった。


だからこそ、腑に落ちなかった。イザエルになんの相談もなく戦争を始めるなどあり得なかったのだ。


もし、そのような事になったとしても、一夜で壊滅など信じられなかった。

ファルス国はセムナターン国ほどとは言えないが、とても大きな都市の一つだった。


急成長をしている代表的な都市で、人々の暮らしも以前に比べると、格段に豊かになっている都市だ。そのような大きな都市を、たった数日で壊滅してしまえるほどの国など、このセムナターン国を置いて他にはなかった。


いや、セムナターン国を持ってしても厳しいものだった。


だからこそ、青年は悩んでいた。


このあり得ない出来事がどうやって起こり得たのか。どんなに悩んでも答えなど見つかるはずもない事を悟った青年は、何かを決意したように城を出た。



「どこへ行かれるのです?クラウス様」



呼び止められた青年は、城を守る警備員に馬を用意してくれと頼む。



「馬ですか?どちらに行かれるのです?無断でお城を出られますと、またお叱りを受けられますよ?!」


「大丈夫、すぐ戻ってくる予定だから。」


「クラウス様……もう少し皇子としての自覚をお持ちになってください……」



困った顔を見せる馴染みの警備員に、クラウスは笑顔で返す。



「本当にすぐ戻るから、大丈夫だって」



それを聞いた警備員の表情が、みるみる曇っていくのが分かる。幾度となく、その言葉に騙され馬を渡したが、その結果はいつも同じだった。



「どうせ、帰ってくるのは2、3週間後になるのでしょう?」


「そうなるかも、しれないね……」



頭を掻きながら、どうしたもんかと悩ませるクラウスに、馬を連れた別の警備員の姿が目に入る。


この機会を逃すべからずと、クラウスは警備員が持っている手綱をサラリと奪い、そのまま勢いよく馬へと跨ると「ごめんね」と手を振りながら、街へと駆け下りていった。


残された警備員は、またか……と、がっくりと肩を落とすが、追いかけることなく黙って見送った。





********

クラウスは、セムナターン国を西へと進み、ファルス国があった場所を目指す。とはいっても、セムナターン国は広く、国を抜けるだけでも数日はかかってしまう。


突然飛び出して来てしまった手前、戻って食料を調達するのも気が引け、馬を飛ばし、少し先にあるセムナターン国の西側に位置する【バロス】いう都市を目指すことにした。


数時間馬を飛ばし川を見つけては、馬に水と疲れを癒すための休息を与えながら、辺りが暗くなった頃に目的のバロスへと到着。


クラウスは最初に宿を探すことにした。

泊まる場所を確保しないと何も始まらないと思い、一番近くにあった宿の前で馬を止める。とりあえず寝泊まりを出来ればそれで良かったため、ボロい外観も気にせず、中へと入った。



「部屋空いてる?」



そう尋ねると、店番の男はクラウスの身なりがあまりにも綺麗なことに少し驚いたようで、貴族が泊まるような部屋は、ここにはないということを丁寧に告げたが、クラウスは気にも止めず、どこでもいい旨を伝えると、少し疑った様子で店番の男は部屋のキーを、クラウスへと渡した。



「階段登って、一番奥の部屋です」


「ありがとう」



部屋のキーをクルクルと回しながら、クラウスは指示された部屋へと向かう。まぁ、当然のことだが、部屋は閑散としており、5畳くらいの部屋にポツンと小さめのベッドと、窓が一つずつあるだけだった。


クラウスは窓を開け、冷たい風を浴びる。ふと、右側に目をやると一軒の灯りが見えた。


結構遅い時刻にも関わらず、まだ営業している店があるんだなと思いながら窓を閉め、部屋のキーだけを手にとり、ゆっくりと部屋を後にした。


夜遅くに営業しているということは、おそらく酒場であるだろう事と、そんな場所には色んな情報を持った曲者達がたむろっている事をクラウスは知っていた。物心ついた頃から探求心が人一倍強く、自身で調べ結論を出さないと落ち着けないタチだったからだ。


だからか、幼い頃から情報収集の場の一つとして、酒場に通っていたのだ。


街灯もない暗い道を歩き酒場へと到着すると、タチの悪そうな輩には目もくれず、カウンター席へと腰を下ろす。



「お水をください」



まさか酒場へ来てお水を頼む客がいると思わなかった店員は、思わずクラウスへ注文を聞きなおしてきたが、聞き間違いではなかったことに少し驚きながらも、お水を差し出した。



「おい、あのガキ、こんな場所に来て、お水だってさ、おこちゃまは帰ってクソして寝な」



幾度となく聞いてきた、お決まりのテンプレートな返しに、クラウスは笑みを浮かべる。

国や環境、文化だって違うはずの場所なのに、どこに行っても酒場の連中のリアクションは至って変わることはない。まるで変化のない問いに、クラウスは笑顔を浮かべ答えてみせる。



「お酒嫌いなんですよ。」



いつも同じやり取りの繰り返し。


クラウスには、もう先の言葉が読めていたため、男の返答を待たずにそのまま言葉を続けた。



「情報収集がしたいんです、酒場の方々というのは、実に情報網な方が多い。なので、少し知恵をお借り出来たらなと、思いまして。」


その言葉に男たちは豪快に笑い、からかったような調子でクラウスを観察し、酒を煽った。



「お褒めに預かり光栄だが、世の中タダで手に入るモノなど存在しない」


「そう仰られると思いました。ですので、今日の酒代は、全額ボクが持ちましょう。どうでしょう?」



酔った男たちは、飲み代がタダになると知り、調子に乗り新たな酒を頼み始める。



「で、あんたが知りたい情報ってなんだ?」


「ファルス国に関しての情報です。何故壊滅したのか、御存じですか?」



「ああ、あれね……」と男は煽っていた酒を置き、少し怪訝そうな表情を見せる。



「全くもって謎なんだが、オレの知り合いがあの時ちょうどファルス国との取引であっちにいたんだよ。かろうじてか、そいつは無事だったんだが、おかしな事を言いやがるんだ」


「おかしなこと……?」


「取引が終わり、次の取引先である【ゴムド】に向かっていたが、渡す品を一つ間違えていることに気づいたらしく、急いで戻ったらしいん……だが、戻った時にはもうファルスはなくなってた、そう言いやがるんだ」


妙な話だった。


取引を終えて帰路について、ミスに気づき急いで戻ったらもう壊滅していた………?

ミスに気付いて戻るということは、そう大した距離を進んでいなかったということだろう。


大体の商人はミスに気づいても、そう易々と戻ったりするものではない。

遠方に取引に行っているのであれば、尚のことだ。次の取引先との関係もあるため、長距離の売人は時間に余裕がない人が多い。様々な国々を行き来し、生計を立てているため、何日も馬も走らせ、取引現場に向かわなければならない。


だが、実際に正確な日取りに着くのは難しいため、多少は余裕を持って計算しているが、次の取引先であるゴムドに行くためには海を渡らねばならず、船は数日に一便あるかないかだ。貴重な船の時間に間に合うように早めにファルスを出たとしても、早々引き返さない。


ファルスから船着き場まで結構な距離があるため、出て間もない状況以外では、引き返すとは考えにくかった。


となると、答えは簡単だった。



「数時間でファルス国は、なくなった……」



男の言葉を真に受けると、答えはこれしか考えられなかったが、ファルス国を数時間で壊滅させることなどあり得なかった。セムナターン国をもっても、数週間は確実にかかるであろう国をたった数時間でなど、とても信じられる話ではない。



「だからおかしな話だと言っただろ?誰もそいつの話を信じちゃいないが、実際にそいつの積み荷には、ファルスの名産品が積んであった。取引していないとあのブツ達は、手に入るはずない。」


「というと?」


「そいつが取引で貰ってきたものは、葡萄だ。あそこの葡萄で作る酒は高く売れるからな。そして、その葡萄は新鮮なまま、ゴムドで取引されている。あいつがあの日にあそこにいたのは、事実だということだ。んで、次の日には壊滅していた。壊滅してたら新鮮な葡萄なんて納品できるわけがねぇ。だが、ありえねぇ……そうだろう?」



男は同意を求めるようにクラウスを見た。どう考えてもあり得なかったが、もし、その話が作り話であるなら新鮮な葡萄が届けられるはずもない。


本当に奇妙な話だった。



「だが、数時間でファルス国を、壊滅出来るとは思えない。」



それがクラウスの答えだった。


すると、不意にクラウスの視界に、ここら一体では珍しい白和服に身を包み、フード付きの羽織りの裾で手遊びをしている男が目に入る。


頭までしっかりフードを被ったその男を注意深く見ると、羽織りからは一本の白い刀が見え隠れしていた。どこかの騎士の人間かと視線を外そうとすると、男の口元が微かに緩んだように見えた。


妙な違和感を感じたクラウスは、その男に話しかけようと席を立つと、男もそれに合わせるように腰をあげた。



「あの………」



乱雑に金をカウンターに置く男に声をかけるが、こちらに反応を見せることなく、そのまま出口へと足を向け歩き始める。


クラウスは急いで追いかけ、男に声をかけた。



「ちょっと、まって、」



今度は声が聞こえたのか立ち止まると、男はゆっくりと振り返った。店の灯りに照らされた男の顔は、自分とそう歳の変わらないほどの少年だった。


まるで作り物のように整った美しい顔立ちに、宝石のような蒼い瞳、どこか中世的な出で立ちに、クラウスは息を呑む。


それと同時に、あまりにも作り物じみた顔のせいなのか、異常な冷たさと恐怖を感じたのだ。


少年は何も告げないクラウスを横目に、すぐに踵を返し、そのまま真っ暗な街へと姿を消した。


クラウスは、無言のままその場に立ち尽くし、少年をただただ、見送ることしか出来なった。

呆然と少年の消えていった道を見つめていると、近くから何かが壊れたような、派手な爆音が鳴り響いた。


その音でやっと正気に戻ったのか、急いで爆音が聞こえたほうへと走っていく。

するとそこには小さな果物屋が、露店売りしてたのであろう荷台の下に、一人の少女が倒れていることに気づく。


上から落ちて来たのか、荷台の上に貼ってあったビニール屋根は、少女の下敷きになっており、並べられていた果物も見事に砕け散っていた。



「いったぁぁぁぁぁああああい」



少女は激しく打ち付けたお尻を撫でながら、涙目でクラウスを見ると、驚いた様子ですぐに辺りを見渡す。



「どこ、ここ____?!」



疑問に答えるようにクラウスは場所を告げると、少女は頭を抱え、唸り始めた。



「また夢? 夢なの?!」



よく分からない少女の言葉に、クラウスは頭を打ったのではないかと心配し駆け寄ると、少女はクラウスの襟元を自身の顔へと近づけ、睨みつけるように言葉を放つ。



「あなた、私が見えるの? 見えるなら私を殴って!!!」



いきなりの意味不明発言にクラウスは目を丸くするが、少女は至って本気なようで、殴るまで離さないと豪語する。女性を殴るなど、クラウスには無理な事だったので、少女のほっぺを軽くつまみ、引っ張ってみせた。



「いったあああああああああっっ!!!!」


「ご、ごめん……」



クラウスが反射的に謝ると、少女は再び頭を抱え唸り始めた。

どう見ても意味不明な行動に、クラウスが名前を尋ねると、少女は「ユキ」だと名乗った。



「ユキさん……?あの、とりあえずここではアレなので……一旦手当てでも………しませんか?」



ユキは再度傷口を叩き、痛みがあることを確認してから、クラウスに「お願いします」と頭を下げた。手当てに向かう道中、ユキは信じられない言葉を口にする。



「多分、これ私の夢なんで、手当てしなくても平気だとは思うんですが、一応痛みはあるので、した方がいいと思いますか?」



明らかに異常者だ。


クラウスは確信した。


この少女は、どこかおかしい。



「夢ってどういうことかな?ここは現実ですよ?大丈夫ですか?」


「ああ、ま、夢の人間が夢ですよ! なんていうはずないですよね。あ、でもあの人がいない……。あの人に会いたいの!! いいえ、会わないといけないの!」


「あ……あの人?」


「いつも絶対、傍にいるのに……。でも今回は、最初と同じだ……。私、見えるんだ……」



本当に意味不明だった。


言葉はしっかりとしているし、意識もあるが、発言が異常すぎた。



「明日、怪我を一応………お医者さんに見せに行ったがいいよ、ところでさ……君はどこから来たの?」


「ここじゃない、どこかです。」


「え……っと、お家はどこなのかな?」


「東京都杉並区です」


「え……? どこ……」



聞けば聞くほど、意味の分からない解答が返ってくるため、クラウスはひとまず、自身が泊まっている宿にユキを案内し、お金もよく分からない玩具しか持っていないようだったので、自分とは違う部屋をユキに与え、今日はここで寝るようにと告げた。


少女は素直に頷くと、そのまま部屋の中へと入っていった。

クラウスは変な子だと思いながらも、眠気が予想よりも来ていることに気づき、ベッドに埋もれると、すぐに意識を手放した。


クラウスが眠りについた頃、少女はスマホを片手に部屋中を歩き回っていた。



「……やっぱり電波入らない。夢の中に、なんでスマホ持ってきたんだろ……。」



そう思いつつも、ユキはどこか落ち着かなかった。

夢なのに痛みがリアルに感じられ、何よりすべての感覚が、リアルと同じそのものだったからだ。


部屋の少しかび臭い匂いも、打ち付け血が滲んでいる腕も、クラウスにもらった水の味も。

少女は、疑問に感じながらも眠りについた。起きた時には、また学校にいるだろうと、どこで願いながら。



もし、まだこの世界にこのまま入れるのなら、せめて少年に会わせてくださいと、祈りながら____。




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最後までご拝読頂きありがとうございましたm(__)m


お手数かもしれませんが、☆やコメントなど頂けると嬉しいです。


良かったら、よろしくお願いいたしますm(__)m


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