始まりの地~少女編~

深森で少女が視た世界

澄んだ冷たい空気の中に、鳥の囀りだけが響き渡り、その歌声に応えるよう木々たちが、風に乗り踊りだす。


まるで朝の訪れを祝うような、賑やかな森の奏の下、一人の少女が大木の傍らで横たわっていた。


木々の隙間から零れ落ちる陽の光が、少女の長い黒髪に一筋の輝きを落とす。



「___んっ」



燦々と照らされる光を感じ、ゆっくりと目を覚ました。



「ここ……どこ……?! 」



やっと目を覚ましたのも束の間、少女は驚き奇声をあげる。


それもそのはずだった。


少女は教室で眠りこけていた自分が何故こんな森の中にいるのだと。

寝ぼけて移動したにしても、学校の近くに森など存在していないことを少女はよく理解していた。


長年住んできた土地を、間違うはずなどないのだからと。



「___どういうこと?」



少女には全く意味が分からなかった。

自分が何故こんな場所にいるのか、どうやってココに来たのか___。


大きく辺りを見渡してみても、限りなく森が続いているだけで、道という道さえ確認出来なかった。

最初に少女がとった行動はスマホを探すことだった。

これさえあれば、助けを呼ぶことが出来る。

そう思い、制服のポケットを探るが、入っていたのは飴玉一つ。


少女はとりあえず、歩いてみることにした。

どこまでも続きそうな深い森を、慎重に奥へと進んでいく。


今少女の頭の中には、何故こんな場所にいるのかという疑問よりも、このままだと遭難してしまうという恐怖の方が先立っていた。


幸いにも森には早朝の冷たい空気が流れており、まだ時刻が朝であることを告げている。


深い森の中で夜になどなってしまえば、一面暗闇だ。


当たり前だが街頭一つ立っていない。

そんな場所でサバイバル経験も知識もない自分が、無事夜を明けれるとは到底思えなかった。



(とりあえず、道に出ないと……)



不安からか、少女の足取りが次第に早くなる。


だが、歩いても、歩いても、同じ景色が永遠にスクロールされるように、変化など一切訪れることはなかった。何時間歩いたのかも分からず、どれくらいの距離を進んでいるのかも把握することが出来ず、少女は絶望の中にいた。



「___誰かいませんか?」



大きく声を張り上げ叫ぶように訴えるが、返ってくるのは鳥の囀りと小さな自分の声だけ。

辺り一面、闇に飲まれる頃には、少女の体力は限界を迎えていた。





____ガサガサ。



不意に聞こえる音に、少女は身構え震える肩を抱き、大きな木の後ろへと身体を動かす。

音が聞こえた方に視線を移してみると、そこには黄金の瞳を輝かせる狼が一匹、静かに佇んでいた。


月明りに照らされ、狼は木陰に隠れる獲物をその瞳に映す。

威嚇するように歯を覗かせ、低い声で唸り始めた。


少女はすぐに自覚する。



____殺される。



逃げなければと思えば思うほど恐怖に駆られ、足はまるで鉛のように重く、その一歩を踏み出すことが出来ない。


震える足を支え、足を踏み出そうとしたその時_____。


狼が少女を捉え、そのまま地面へと倒し、御馳走を目の前に涎を滴らせる。

少女の顔に、一滴、二滴と、生ぬるい感触が襲う。



(もうダメ………)



自分は死んでしまうんだと、力いっぱい目を閉じ、溢れる涙を頬に送り出すと同時に、押さえつけられていた肩の力が弱まり始めるのを感じた。



___ウォーーーーーン



漆黒の闇の中、突如響き渡る狼の鳴き声。


仲間に何かあったのか、少女の上に乗っていた狼は耳をピクピクと動かし、踵を返すように闇の中へと消えていった。



(___助かった?)



少女は地面に倒されたまま動くことも出来ず、その場でただ涙を流すだけだった。

押さえつけられていた肩には、爪が激しく食い込んでいたことを物語るように真っ赤な血で濡れ、それを必死に手で圧迫してから、少女は地面に足をついた。


すると、今度は狼の鳴き声ではなく、人の声らしきものが聞こえてくる。



(誰かいる?!)



少女は、今まで動けなかったのが嘘のように、足が軽くなっていくのを感じた。

すぐに声が聞こえた方を目掛けて、必死に森をかける。


走れば走るほど血流が良くなり、より一層肩から血が溢れ出していたが、少女はそんなことには気づきもせず、ひたすら何も見えない森の中を走り続けた。


しばらく駆け抜けると、そこには焚火をしている男が二人。


注意深く少女は隠れ、何をしているのか確認すべく、様子を伺う。



「あー、しまったなー、惜しかったよなー」


「今日は調子いいと思ったんだがなぁ~」


「まさか逃げられるとはなぁ!! ほんとツイてねぇーよ」



男二人は「違いねぇ」と酒を煽り、愉快そうに声を上げていた。

背中に猟銃を背負っているところを見ると、森へ狩りに来ているようだった。



「あそこで仕留められていたら、今大宴会だっちゅーの!!」


「ブハッ、今も似たようなもんじゃねぇーか」



ゲラゲラと下品な笑い声を響かせる二人に、少女は怪訝そうな顔をしながらも、観察を続けていた。

普通なら関わり合いたくもないような人種だったが、現状どこかも分からない場所で狼に襲われた少女にとっては、やはり救世主のように思えてならなかった。


一人でどんなに心細かったか___。

震える身体を一人抱え、森を抜けられるとも到底思えなかった。


だからこそ、少女は決心する。



__助けを求めよう。



隠れていた木陰から一歩前へと踏み出し、男たちに向かって懇願するように言葉を紡ぐ。



「お願いです、助けてくれませんか?」



突然暗闇から聞こえた少女の声に、男たちは驚き咄嗟に銃を抜き、少女へと向ける。



「誰だ?」



少女に銃口を向けたまま男が問いかけるが、少女は答えず、そのまま歩む足を止める気配が感じられなかった為、いつでも引き金を弾けるよう男たちは指をかけ、少女の方を睨みつけた。



「お願いします……助けてください」



炎の灯りを受け少女の姿を確認出来た男たちは、銃口をおろし傍へと駆け寄ってくる。



「大丈夫かい?あんた……」



肩の傷を見て男が問いかけると、少女は安堵からか涙を再び流し、コクリと頷いた。

ひとまず暖かい飲み物をと、少女に手渡すと、よほど喉が渇いていたのか、熱さも気にせず一気に飲み干す。



「おいおい、火傷しちまうぞ?まだやるから落ち着いて飲め。」



男は飲み干したコップを受け取り、少女の方をチラリと覗く。

揺れる炎に照らされる少女の姿は、どこか妖艶でとても美しかった。


破れた服の隙間から見える陶器のような滑らかな艶肌は、まさに芸術と呼ぶにふさわしかった。

男は軽く舌なめずりをし、もう一人の男へと合図を送る。


そんな様子を知る由もない少女は、新たに渡された水を勢いよく喉を鳴らし、身体へと注ぎ込んだ。

口端から溢れ出た雫は、細い首筋を辿り、柔らかな胸の谷間へと吸い込まれ消えていく。

再び飲み干したコップを男が受け取ると、一人の男が徐に少女へと近づいて行く。



「見慣れない恰好だけど、その服いいねぇ」



少女は意味も分からず、とりあえず相槌だけ返すと、男は突然少女の腕を強く握り、そのまま倒れこむように少女を組み敷く。あまりの突然の出来事に少女は抵抗も出来ず、ただ茫然と床へと沈んだ。


男は荒々しく息を吐き、少女の耳たぶを吸い上げると、そのまま舌を滑らせ首筋に線を描いた。



「や、やめてくださいっ!!!」



やっと自分の身に何が起こったのか自覚すると、手足をジタバタと動かし抵抗を見せるが、男の力に弱った少女の力など敵うはずもなく、精一杯身体を揺らし、大きな声をあげることしか出来なかった。


少女が暴れれば暴れるほど、男たちは悦びニタニタとした笑みを浮かべる。



「あんた、イイねぇ~、もっと抵抗してもいいんだぜ?」



「やめて」と泣き叫ぶ少女の姿にケラケラと笑い、焦らすように服の上から胸をなぞる。


谷間に舌を滑らせ服を引き裂くと、少女は大きな悲鳴をあげ、再び激しく抵抗を始めるが敵うはずもなく、露わになった胸の膨らみを包み込み、男は厭らしく動かし始めた。



手のひらから伝わる少女の熱が、より一層男を興奮させ、激しい動きへと導き、抵抗するだけ無駄だと言わんばかりに力強く少女の動きを制限する男の手が、スカートをめくり上げ太ももを捉えると、ゆっくりと滑るように手を這わせ、少女の柔肌を味わう。



どんなに叫んでも誰もこない。


どんなに抵抗しても逆らえない。


どんなに泣いても目の前の現実は消えることはなく、少女は大きく息を吐き、抵抗することをやめた。



一日中歩き回り、命からがら必死に逃げて来たというのに結果がコレだ。



___どうしてこんなことに。



そんなことを思っても無駄な事は分かっていたが、そう思わずにはいられなかった。


少女は目を閉じ、これから起こる事実にただ耐えぬくことだけを考え、なるべく何も感じないように意識を手放そうとした瞬間、生暖かい雫が全身を襲う。


驚いた少女が目を開けると、そこには先ほどまで自分を組み敷いていた男の頭部が、コチラを見つめたまま転がっていた。



(な、なに? なんなの___?)



固まっている少女の視界に、一本の足が映った。

視界をズラした先には、転がった男の首を踏みつけるようにして、一人の少年が立っていた。


その左手には、もう一人いたはずの男の首だけが握られおり、右手に持たれている刀からは赤黒い液体が滴れ落ち、ついさっき切り落としたばかりだということを、鮮明に物語っていた。


少年は、つまらなさそうに生首を蹴り上げると、今度は少女へと視線を向けた。

下から上へと視線を流すと、興味なさげに踵を返し、男たちの荷物をあさり始める。


少女は、少年が自分に興味がないことにホッと息をつき、信じられない光景へと再び目をやると、先ほどまでケラケラと笑って生きていた男たちの破片が、あちらこちらに転がっていることに気づく。


その現実に少女は息を飲み、それでも自分を助けてくれた少年に感謝せずにはいられなかった。

だが、それと同時にこんな光景を目の前にして、感謝を思ってしまう自分にどこか嫌悪感を覚え、胃から登ってくる異物を押し戻し、少年へ声をかける。



「………ありがとうございました。」



一言告げるのが精一杯だった。


聞こえているはずだろう少女の言葉に、少年からのリアクションはなく、物色が終わった少年は、赤い水溜まりの中を音を立てながら、何事もなかったかのうに消え去ろうとしていた。


少女は「まって」という言葉を飲み込み、大きな声でお礼を告げた。


すると、今度は足を止め、一瞬少女の方へと振り返る。


頬に浴びた返り血を舌で舐めとりながら、少年は薄く笑みを浮かべているように見えた。

綺麗なサファイヤブルーの瞳はすぐに少女から外れ、揺れるように………、深い闇の中へと溶けていった。


少年を黙って見送ると少女は立ち上がり、勢いよく胃からこみ上げるものを全て吐き出した。

生臭い匂いに包まれたこの空間から早く出たいと、少女は男たちが着ていたであろうジャケットを手に取り、破れた服の上から羽織ると、痛む肩を抱きかかえ、木々を支えに歩き始める。


だが、既に体力は限界。


もはや動ける力など、どこにも残っていなかった少女は、血の海から出ることなく、意識を手放した。




******


「ユキ?」


「おーい。ユキたぁーん?」



激しく身体を揺さぶられる感覚に、少女は目を覚ます。



「あ、起きた?大丈夫?うなされてたけど……」



目の前にいたのは、あの青い瞳の少年ではなく、同級生の恵美めぐみだった。



あれは夢だったの____?


生暖かい血液の感触も?未だ痺れるように痛む肩の感覚も?


____あの少年も?




「ユキ?大丈夫?なんか悪い夢でもみた?」


心配そうに顔を覗き込む恵美に、ユキはただ首を振って答えるしかなかった。

教室の窓から注ぎ込まれるオレンジの光に背を向け、ユキは教室をそのまま後にしたのだった。





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最後までご拝読頂きありがとうございましたm(__)m


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