02

 私のことをキミが見えないのは仕方がない。なぜなら私は、そもそも生き物ですらないのだ。

 私は生前はこの山に暮らすきつねだった。ある日、わしに追われて逃げている途中、山を出てしまいそこで人間の乗る乗り物にかれ、瀕死ひんしの重傷をった。遠のく意識の中で自分を轢いた人間が、「うええ……きたねえ……」と嫌な顔をするのが見えた。そして、その人間はそそくさとどこかに去っていった。私はこのまま死んだら人間をうらんで、たたってやろうと思った。

 そんなことを痛みの中で考えていると、次に通りかかった人間の女性に私は拾われた。拾うだけでなく傷の手当をしようとしていてくれたが、すでに手遅れで――彼女は私の最期さいご看取みとってくれた。

 私は事切れた後、意識だけの存在になり、さっき会ったばかりの彼女が「ごめんね――」と、涙を流してくれていたのを見ていた。私はそんな彼女の優しさに救われた気がした。穏やかな気持ちに包まれ、彼女の暖かさを感じていた。そして、いつの間にか人間を恨もうとしていたことを忘れていた。

 彼女は私を看取るだけでなく、綺麗な布に私の亡骸なきがらを包み、私の住んでいた山にある神社の境内の隅に埋葬してくれた。そして、その上に桃の木の苗木を植える。

「キミが寂しくならないようにしないとね。この木が大きく育てば、きっと綺麗な花が咲くわ。なにせキミが生きていた証がこの桃の木になるのだから……そして、綺麗な花が咲けばそれに釣られて、人や動物がやってくるわ。そうなれば、キミはもう寂しくないよね?」

 彼女はそう言うと、目を閉じて手を合わせる。そして、彼女は立ち上がったはずみに鞄を倒し、その倒れた鞄から出てきた御守りに付いた二つの鈴が、リンッ――と鳴った。


 その後、彼女は定期的に桃の木に水をやりに来たり、私に「寂しくない? 大丈夫?」と声を掛け、世間話をつらつらと話していった。

 そして、月日が経ち彼女よりも桃の木の背丈せたけが大きくなった頃、私は今の姿を手に入れた。よく分からないけれど、いわゆる妖怪ようかいというやつになったのだ。

 私の場合、狐の妖怪だがしろは桃の木で、木が枯れたりすると消えてしまうのだろう。桃子とうしという名前は誰に付けられたかわからないが、そうなのだと不思議と知っていた。また、私が存在できるのは神社という土地柄のおかげだということも――私はその恩を返すため、自分のために境内の掃除をすることにした。

 私は彼女と同じ人間のような姿を手に入れ、話が出来るかもと期待した。何より彼女に直接感謝の言葉を伝えたかった。

 しかし、残念ながら彼女には私のことは見えていないようで声も届くことはなかった。それでも来てくれることが嬉しくて、彼女が来ると私は隣にいた。

 いつからか彼女が神社に来なくなってからは、誰も来ない神社で一人でぼんやりと日々を過ごした。

 彼女はまた来るだろうか? 私のことは忘れてしまったのだろうか?

 私はそんなことを考えながら、寂しいということがどういうことなのか知った。また彼女が言っていたとおり、桃の花が咲く季節には色んな生き物がやってきた。鳥や虫、狐やたぬき鹿しか――彼らには私のことが見えているようで、おかげで寂しさは少しはまぎらわすことができた。


 それからしばらく経ち、桃の花の咲く季節に彼女と似た匂いのする男の子が神社にやってきた――。

 最初はキミも彼女と同じように、私のことなんて見えないだろうと思い、油断していた。

 しかし、キミは私に楽しそうに声を掛けてきて――私は驚いてすぐに逃げたが、キミはまたやってきた。最初の時と違い悲しそうにするキミに今度は私から声を掛けた。

 それがきっかけとなり、私はこの姿になって初めて話し相手と巡りあうことができた。私はそれが嬉しかった。

 そして、さらに月日は巡り、どういうものか分からないがキミのお嫁さんになったらしい私は、キミがいる限りはキミの近くにいると決めた。キミが私と一緒にいたいと言ったのだから――。



 キミは私が見えなくなってからも、以前より来る頻度ひんどは減ったものの度々神社に私を探しに来ていた。私はいつものようにキミの隣にいた。キミが歩けばついて行くし、キミが座れば横に座った。

 時折、何かの拍子ひょうしで鈴が鳴るとキミは音の方に振り向く。振り向いた先にいる私は気付かれるのをただ黙って待っていた。そんな時はもう二度と来ないであろうことは薄々気付いてはいた。

 そして、キミはどんどん背が高くなっていった。私は初めて会った日から姿かたちは変わっていないから、キミの顔を見るためにはかなり見上げなければならない。

 また「モモー!」と、私を呼ぶキミの声は初めて会った頃に比べて随分ずいぶんと低くなった。

 私はいつものようにキミのすぐ側にいて――立ち止まったキミのすぐ正面に立ち、キミの顔を見上げている。

 キミは私を探すために境内を見渡す。そんなに高い視線で遠くを見回しても私は見ることができないのにも関わらずだ。

 キミが本当に私のことを見たいのなら簡単だ。ただ視線を十五センチ下げればいいのだ。


「ミチ……私は今もここにいるよ」

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