02

 次にキミに会ったのは、小学校の入学式から一週間が経った日の放課後だった。

 僕が通う小学校は、僕の家から子供の足で片道一時間半はかかる場所にある分校で全校生徒は僕をいれて十人らず。同級生は一人でその子の家のある方向は真逆で放課後遊ぶということができる相手ではなかった。

 隣の家に行くだけでも百メートルは歩くという田舎いなかっぷりに加え、近くないご近所さんに同い年ぐらいの子がいるわけでもなかった。そんな僕にとって、小学校でなまじ話せる同年代の友人ができると放課後の帰り道は寂しさがつのった。

 そんなとき、僕は桃の花の咲く神社に同年代の子がいたことを思い出し、気がつくとあの女の子に会うために神社に向かっていた。

 神社に着くと、桃の花は半分近く散っていて、そのことが僕の寂しさを増長ぞうちょうさせた。さらに、ここに来た一番の目的とも言える女の子の姿が見えず、僕はひどく落胆らくたんした。急にとても悲しくなり、僕は社に上がる木の階段に座り、ひざを抱えて泣いた。

 しばらくすると、足音が近づいてきて、風に乗ってフワッと桃の花の甘い香りがただよってくる。

「あの……どこか痛いの?」

 幼い声の女の子に声を掛けられ、僕は顔を上げる。そこにはキミが心配そうに首をかしげる姿があった。僕は涙を服のそでぬぐう。

「ううん。ただとても悲しかっただけ」

「何がそんなに悲しいの?」

 僕は首をひねる。僕はキミに会えたということが嬉しかった。ちゃんと話が出来たということで胸がはちきれそうなほど満たされていた。さっきまで何があんなに悲しかったのか忘れてしまったようだった。

「分からない……たぶん一人なのが寂しかったんだと思う」

「そう……一人は寂しいものね。それは分かるわ」

 キミは目をせる。僕はそんなキミの顔を真っ直ぐに見ながら、

「キミも寂しいの? じゃあ、また来るから会ってくれる?」

と、たずねる。キミは僕の方を見つめ、目を何度もぱちくりさせる。

「あなたはどうして、私に会いたいと思うの?」

「よく分からないけど、キミと話すと嬉しくて、なんだかあったかい気持ちになれるんだ」

 キミは目線をらし、何か考え込んでいるようだった。

「わかったわ。あなたが会いたいと言うなら、いつでもここに来るといいわ。私はいつもここにいるから」

「うん、ありがとう」

 僕は嬉しくてキミに笑顔を向ける。キミはそれを正面から受け止め、

「会うのはいいけれど、私と会ってどうしたいの?」

と、尋ねてくる。僕はおかしなことを聞く人だなと思った。

「そんなの決まってるじゃん! いっぱい話したり、遊んだりしようよ!」

 キミは僕の提案に初めて笑顔を浮かべ、うなづいて見せた。そして、キミは僕の隣に腰掛ける。

「それで、何の話をするの?」

「うーん……とりあえず、名前教えてよ? 僕は藤原ふじわら通雅みちまさって言うんだ」

「ミチマサ?」

「うん。呼びやすいように呼んでくれていいから」

 女の子は空を見上げ少し考え、

「わかったわ。じゃあ、ミチって呼ぶことにするわ」

と、頷きながら口にする。

「私の名前はトウシ。桃の子で桃子とうしって言うの」

「トウシ?」

 僕は名前を口にして呼びにくいなと思った。仮にちゃん付けで呼ぶとしたら、トウちゃんとなり父を呼んでるみたいで嫌だった。僕は「うーん……」と小さな声を漏らし、ふと桃の木に目をやり、

「ねえ、なんだか呼びにくいからモモって呼んでいい?」

と、提案する。キミは「別にいいわよ」と、笑って許してくれた。僕はそれが嬉しくて、何度もモモと名前を呼びながら話した。話す内容は特別なことはなく、学校であったことや最近あった楽しかったことなどほぼ一方的に話した。キミはそれを笑顔で頷きながら聞いてくれて――時間を忘れて僕はキミと話し続けた。

 そして、いつの間にか見上げた空は赤みを差していて、遠くの方はわずかに黒が混じりだしていた。それで初めて僕は随分ずいぶんと長居していたことに気付いた。

「ごめん、モモ。僕、そろそろ帰らないと……」

 僕は立ち上がり、横に置いていたランドセルを背負せおいなおす。

「あれ? モモは帰らないの?」

 僕は立ち上がらないキミに声を掛ける。

「私はいいの。ミチは私のこと気にせずに帰りなよ」

 キミは笑顔のまま僕に小さく手を振る。僕はキミに見送られるように家に帰った。


 それからというもの、僕は放課後は毎日のようにキミがいる神社に通った。いつもキミは僕を笑顔で迎えてくれた。桃の花が散った後もキミは薄っすら桃の匂いをさせていて――僕はキミといる時間が一番楽しかった。

 ただ話したり、一緒に空を眺めたり、境内を掃除するキミを手伝ったり、野山を分け入って木苺きいちごやヤマモモなど自生じせいしてる果物を探して食べたり、冬には一緒に雪だるまを作ったり――いつでも何をしていても僕とキミは笑っていた。

 僕はキミといるのが好きで、キミのことが好きで――それは友達としてなのか、異性としてなのかは当時の僕には区別できなかった。

 ただ好きで、ただ大切で、僕にとってキミはそんな存在だった。

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