ナイトメア
ナイトメア。子どもに取り憑く、憑依型の悪魔だ。怪悪魔ロキエルほどの凶暴性はないが、傀儡のように人を操る能力を持つ。
「まさか、中位悪魔に取り憑かれているとは……」
ヘーゼンは、苦々しげに口にする。野に放たれた悪魔は、契約された悪魔よりも数百倍危険だ。下手をすれば、なす術もなく殺されかねない。
異変に気づいたのは、母親のジーナにだった。彼女の笑顔は、あまりにも個性的だった。このありきたりな村では、それはヘーゼンの心に残った。
ただ、一方で、村人たちの反応はごく一般的だ。いい意味でも悪い意味でも個性がない。まるで、全員が人形であるかのように。
アシュの家庭だけ……いや、母親のジーナだけが生き生きと造られていた。父親は飲んだくれで、ほとんど家にいなかったのだろう。だから、毎晩毎晩遅く帰ってくる。
「どうやって、夢悪魔を撃退しますか?」
「……」
テスラが尋ねるが、ヘーゼンは返事をしない。
「アリスト教大司教とアリスト聖騎士を呼びます。中位悪魔は、人の敵です。ヘーゼン=ハイム。あなたも、当然協力してくれますよね?」
「……あの少年は?」
「助けられれば、もちろん助けます。ですが、すでに、身も心も中位悪魔に侵されている可能性が高い。その場合は……」
「殺すのか?」
「はい」
金髪の大聖女に、迷いはなかった。
「……アシュは、あの夢の中で幸せな時を過ごしている」
ヘーゼンはボソリとつぶやく。
「偽りの幸せです。すでに、あの少年以外の母親も、父親も、村人たちも全滅している」
「それで、お前らに……人に迷惑をかけたか?」
ナイトメアは他の中位悪魔とは毛色が異なっている。人に危害を加えたという報告がほとんどないのだ。
だが、テスラは明確に首を振る。
「悪魔は悪魔です」
「……闇魔法を忌み嫌う貴様たちが言いそうなことだな」
「闇魔法と悪魔は違います」
「……」
ヘーゼンもわかっている。悪魔は悪魔。それは、怪悪魔ロキエルを従わせた自分が身をもって体感している。
だが。
仮に、ナイトメアを討伐したとして。
アシュ=ダールは、最愛の母親を失う。
それは……
「……冷徹でクレバーなあなたにしては、珍しいですね」
「それは、お前たちが勝手に思っていることだ」
感情は捨てきれない。それが、これまで生きてきたヘーゼンの出した結論だ。あんなに母親を愛している少年に、辛く重い現実を見させることに躊躇を覚えないことなど、できはしない。
「ナイトメアを討伐するには、あなたの協力は不可欠です。だから、あなたが気づくまで待ちました」
「……エセ大聖女め。全て計算づくだという訳か」
ヘーゼンは、目の前にいる怪物に舌打ちをする。おおよそ、精神性で言えば、テスラはヘーゼンを遥かに凌駕している。
この女は、感情に全く左右されずに物事を判断する。
「あなたのような強力な魔法使いが現れたことで、ナイトメアは警戒していることでしょう。こちらが気づいたことを勘繰られれば、間違いなく牙を向けてきます」
「……わかっている」
能力のわからない悪魔に対峙するほど恐ろしいものはない。先制攻撃をかけるのならば、早い方がいい。
だが。
「……っ」
ヘーゼンの脳裏に、ジーナの屈託のない笑顔がチラつく。アシュが母親に甘えている様子がよぎる。
「もう1日、くれ」
とヘーゼンは答えた。
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