悪魔


          *


 夜が明け。翌日も、ヘーゼンはアシュを迎えに来た。


「うわー! また、来た! 母さん母さん母さん母さんーーーーーーーー!」

「はいはい、アシュをお願いしますね」

「……はい」


 ジーナは嫌がるアシュのことを抱っこして、強引に差し出した。ヘーゼンは淡々と返事をし、振り返って歩き出す。


「早くついて来なさい」

「だ、誰が行くって言ったよ!?」

「……そんな気分じゃないんだ」

「な、なんだよ」


 ヘーゼンがつぶやき、再び歩き出すと、アシュが、拍子抜けした様子で、ついてくる。あたりを見渡すと、本当にのどかな光景が拡がる。


 麦農家の人々が畑を耕す。ところどころで、子どもたちが遊んでいる。母親たちが集まって歌を歌いながら洗濯をする。


 なんの変哲もない、のどかな村だ。


 ヘーゼンは、村の広場へと座る。アシュも、ちょこんと側に座る。


「ねえ、今日はなんの授業をするの?」

「今日は……悪魔召喚についてだ」

「ええ! 僕、それ興味ある」


 黒髪の少年は、瞳を輝かせながら前のめりに座る。


「この前、想悪魔ベルセリウスを呼び出した」

「うんうん。本当に心を読むんだね。ビックリした」

「……決して気を抜いてはいけない」


 ヘーゼンはボソッとつぶやく。


「え?」

「悪魔召喚は危険だ。一見、支配できたように見えて。油断をすれば、簡単に裏切る」

「……」

「例えば、もし僕が死の直前で……窮地を脱するために、ベルセリウスの能力を使おうとする。必ず裏切る」

「……完全に支配していても?」


 アシュは尋ねる。


「支配とは完全なる強者が弱者に行うものだ。自分が弱者の立ち位置に変わった瞬間、悪魔は本性を表し対象の心臓を喰らう」

「……」

「一方で、支配ではなく、契約という形で悪魔を利用する形もある。それは、裏切られる心配はない。だが、それにはにえか……代償が必要だ」

「……例えば、どんなものが必要なの?」

「滅悪魔ディアボロは、数万の生きた魂を差し出すことで、契約が可能になると伝えられている」

「……数万」


 アシュがゴクリと喉を鳴らす。


「もちろん、下級悪魔は贄や代償が少ないが、それぞれ条件は異なる。いずれも、イカれた条件だから、オススメはしない」

「……そんなの、どこの本にも載ってなかった」


 ヘーゼンが漆黒の眼差しでアシュを見つめる。


「いいか? 悪魔召喚はするな」

「……」

「一歩、間違えば魂を喰われる。永劫、闇を漂うことになる。魔法使いとして十分に成長するまでは、興味本位でしてはいけない」

「……わかった」


 アシュは素直に首を縦に振った。


 それから。


 ひと通り授業が終わり、日が暮れた。ヘーゼンが、クタクタに疲れたアシュを背負って、家まで送り届ける。


 そして。


「お疲れ様ー! ビーフシチュー食べるー!?」


 快活なジーナが扉を開けて叫ぶ。


「……いえ。今日は用事があるので」

「それは、残念。じゃ、また明日!」

「……」


 ヘーゼンは黙ってお辞儀をして、歩き出す。背中越しに、ジーナが手を振り、扉を閉めた後。ヘーゼンは、魔法で漆黒の翼を生やし、上空へ飛翔する。


「……大聖女か」

「流石ですね。気配は消していたのですが」


 後ろで。


 白き翼を生やしたテスラがいた。


「いつから、気づいていた?」


 ヘーゼンは静かに問いかける。


「あなたの結界が破られた後……この村に来て、すぐに」

「なぜだ?」

「数年前、この一帯は、大規模な疫病が流行りました。

「……」


 その言葉を聞いた時。


 黒髪の魔法使いは、思わず、目を歪めた。























「間違いない。この村は……アシュ=ダールは夢悪魔ナイトメアに冒されている」

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