授業


          *


 それから。ヘーゼンは、アシュを回復し、起こして、強制的に身体を痺れらせて、授業を始めた。最初のうちは、もがいて、なんとか逃げようとした少年だったが、魔法の話をしていくうちに、夢中になっていった。


 ヘーゼンは、まるで宝物を得た気分だった。この、アシュ=ダールという少年は、これまで見てきた中で、随一の才を持つ。


 しかも、硝子のような繊細な精神メンタルではない。多少のシゴキでは、まったくヘコたれない。むしろ、反発してやり返してくる。


 何よりも。


 知的好奇心がものすごく強い。ストレス耐性を見るために、相当な負担を強いているはずだが、いつの間にか、夢中になって耳を傾けている。


「えっ! 聖魔法と闇魔法の融合!?」

「ああ。僕は、聖闇魔法と名付けた」


 この世界にもたらした新しいことわり。その優位性を持って大陸に殴り込んだ。計算違いだったのは、聖魔法の最高峰テスラと闇魔法の最高峰ゼノスが敵として立ち塞がったこと。


「……」


 敗北の苦味がヘーゼンの脳内にフラッシュバックする中、 ブツブツと黒髪の少年は思考を巡らしつぶやく。


「そんなことが……可能なのか。いや、聖と闇は表裏一体。誰も思いもつかなかったけれど、可能……なのか」

「使ってみたくないか? 聖闇魔法を。君には、魔法使いとしての素質がある」

「……でも、僕、聖魔法を使えない」


 アシュは、シュンと肩を落とすが、ヘーゼンは淡々と頷く。


「そうか。だが、あまり悲観することはない。僕も、19歳くらいまでは、聖魔法を使えなかった」

「そ、そうなの?」

「ああ、もちろん」


 そう言いながら、ヘーゼンはキッパリと嘘を言った。恐らく、この子は聖魔法を使えない。眠っている(気絶してる)間に診断したが、あまりにも属性が闇に寄っている。


 タイプとしては、死者のハイ・キングと酷似している。


 ヘーゼンは元々バランス型だと診断されていた。聖も闇も最高峰ではあるが、単独の属性で勝負すれば、極端に聖に寄っているレイアと闇に寄っているゼノスには敵わない。


 育てるとしたら闇魔法使いなのだが、闇魔法は大陸から忌み嫌われている。中には、闇魔法が使えることを公言しない者すらいる始末だ。


 なので、アシュに対しては聖魔法で釣ることを考えた。


「べ、べ、別に聖属性の魔法なんて使いたくないけど、そんな風に言うなら学んだやってもいいけど」

「……ああ」


 魔法使いの寿命は魔力が強ければ強いほど長い。だが、ヘーゼンの魔法使いとしての全盛期は、残り10年と言うところだろう。


 この素材は面白い……間に合うか。


 五精老……数百年に渡って、中枢を牛耳っていた最強の老害。大陸の裁定者とも呼ばれる者たちが、大国の栄枯盛衰の影に蠢く。


 そうして、のさばっていることで、大陸で新たな芽吹きをことこどく排除してきたのだ。


 ヘーゼン=ハイムとしては、古いことわりを排して、新たなことわりを持って物事を進めたかった。


 だが、今のままでは戦力が足らない。五精老を駆逐しようとすると、必ずテスラとゼノスが出てくる。出なければ、大陸がヘーゼン一強になるからだ。


「しかし……奇異なことだな」

「なにが?」

「ああ、いや。こっちの話だ」


 娘であるリアナは、極端に聖魔法に寄っていて闇魔法が使えない。そして、少女もまた類稀な素質を持つ魔法使いだ。


 聖に寄った少女と、闇に寄った少年。


 ほぼ同じ時期に、自分の手元に極端な才能を持つ子たちがいることに、ヘーゼンは運命と言うものの存在を感じざるを得なかった。

 

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