スパルタ超え


          *


 光の縄を解除したアシュは、満足気なドヤ顔を浮かべ、へーゼンを眺める。


「どうだぁ! もう、好きにさせないぞ」

「ご苦労さん」


 トン。


「えっ?」


 押されてよろけると、カクンと足を踏み外す。首を回して振り返ると、地面は遥か下にあった。


 そして。


 ヘーゼンが、崖上からどんどん離れていく。


「ええええええええええええっ!?」


 ガビーン。


 落ちてる。


 めちゃくちゃ、落ちている。


「ほらほら、早く対処しないと粉々になっちゃうぞ」

「はっ……くっ……」


 涙目になりながら。


 ジワっと水滴が宙に浮きながら。


 いや、めちゃくちゃに泣きながら。


 アシュは、クソ鬼畜魔法使いを睨む。


 だが、それ以上に思考を割く時間がない。そうしなきゃ、絶対完全不可逆的に死ぬ詰む


 空を飛ぶ。


 一番に思い浮かべたのは、浮遊魔法だ。だが、それは非常に高等魔法で、アシュには使えない。稀に、下級悪魔の召喚を駆使して空を飛ぶ魔法使いもいるようだが、それも無理。


 とすれば。


<<大樹よ 繁栄の水と 緑を 育め>>ーー木々の騒めきデルエ・ドラウ


 黒髪の少年は、空中でシールを描き詠唱チャントする。すると、下にある木々が急激に成長する。多くの葉と細かい枝をクッションにして、衝撃が和らぐ。


「ぎゃう!」


 それでも、痛いものは痛い。


「ぜはーっ……はー……はー……」


 地面に落ちたアシュは、ショックのあまり息切れする。


 死ぬかと思った。


 と言うか、あと数秒判断が遅かったら、絶対に死んでた。


「思考の瞬発的柔軟性も申し分ないな」

「……っ」


 漆黒の翼で悠々と降り立ちながら、淡々と分析してくる人の皮をかぶったド悪魔。


「この異常者サイコパス! こ、殺す気か!?」

「うん」


 !?


「はっ……くっ……」

「いいか? 戦場では、数秒の判断の迷いで即死に繋がる。魔法使いとして生き残るためには、こういう修羅場を数万回は越えなきゃダメだ」

「超えたくないんだよ! 別に僕は戦いは好きじゃないんだから!」


 魔法使いにもタイプがある。アシュは、根っからの学者タイプで、戦場を駆け回るようなものは性に合わない。


「まあ、君の意思はこのさい」

「なんで!?」


 さらっと、受け流すへーゼンに対して、アシュはガビーンを繰り返す。


「自分の命を守るために、最低限の防衛術は学んで然るべきだ。特に、君は性格が悪いから、どう見たって敵を多く作るタイプだよ」

「あ、あんたにだけは言われたくない」


 そう言いながら、涙目になりながらアシュはシールを描く。


<<水の存在を 敵に 示せ>>ーー氷の矢アイス・エンブレム


 魔法の矢マジック・エンブレム。初級の魔法だが、アシュはシールの速さに絶対の自信があった。


 氷の矢アイス・エンブレムは、無防備なへーゼンのもとへと、真っ直ぐに向かっていく。


 だが。


<<火の存在を 敵に 示せ>>ーー炎の矢ファイア・エンブレム

<<水の存在を 敵に 示せ>>ーー氷の矢アイス・エンブレム

<<木の存在を 敵に 示せ>>ーー風の矢ウインド・エンブレム

<<光の存在を 敵に 示せ>>ーー光の矢サン・エンブレム


「……っ」


 一瞬にして。


 返す刀で、一度に四つの魔法の矢マジック・エンブレムが襲いかかってきた。アシュの放った氷の矢アイス・エンブレムは一瞬にしてかき消された。


 そして。


 そのあまりにも澱みのない滑らかな指遣い。各々の指がそれぞれ別のシールを描く器用さ。複雑に見えて、一切の無駄のないその動きに、アシュは思わず見惚れた。


 だが。


 当たるものは、当たる。


「ぐああああああああああああああっ!」


 容赦なく全ての魔法の矢マジック・エンブレムを喰らった。


「ふむ……基礎のシールも、申し分ないレベルだが我流だから若干の澱みがあるな」

「……」

「このように別々の魔法の矢マジック・エンブレムを放つには、最も効率な指の動きが要求される。君みたいな好奇心旺盛な子は、すぐ真似したがるだろうが、少し我慢しなさい」

「……」

「まずは、1つの指でシールを最も綺麗に描けるようにしなさい。次に2つの指で、その次の3つ目の指でと段階を踏むのが、最も近道だ」

「……」




















 倒れてるのに、問答無用でめっちゃ話しかけてきた。


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