目覚め


 それから、アシュは毎日、その森に通った。長期的に、時間をかけて結界を解除する案は破綻した。どうも、ある一定の時間が経過すると、ことわりが変容してしまうらしい。


 ますます、アシュ好みの難問だ。


 瞬発的な閃き、そして、解除速度。加えて、繊細な魔力操作も必要になる。何度やっても飽きないようなパズルを貰ったような気分だった。


 もちろん、一向に解けないと頭にくることもあったが、難しければ難しいほど夢中になった。


 そして。


 春が過ぎ、夏が過ぎ、秋が過ぎ、冬になった。


「よーし……だいぶ、わかってきた」


 アシュは、結界を解除しながらつぶやく。ことわりは無限ではない。多数のパターンが複合的に合わさっているが故に、無限に見えるだけだ。


 毎回訪れる度に変わる森の迷路も、最初は数時間かかっていたが、今では1時間も掛からずにいける。


「……」


 夢中になって、結界を解いている時間が好きだ。その思考に囚われることで、他の煩わしいことなどすべて忘れてしまう。


 そして。


「……っ、ぶはぁ! 解けた!?」


 アシュの指先が感じた、確かな手応え。そして、それを証明するかのように、景色一帯が変容していく。


 目の前には、巨大な大樹があった。


 樹齢は千年を超えているだろう。当然、誰かが運び込むことなんてできはしない。突如としてこの場で出現したのだ。


 その現象を、まん丸な漆黒の瞳で見つめながら、呆然とし、やがて、つぶやく。


「やった……やった! やったぁ! やった、やった、やった」


 歓喜し、その場で踊り出し、飛び上がる。現れたのは、宝石でも、ご馳走でも、魔法書でもない。ただの木だ。当然、普段見たら、なんの感想も抱かずに通り過ぎるだろう。


 ただ、その超難易度の結界を解いたと言うこと。その事実だけが、ただ嬉しかった。


 やがて、興奮が一向に冷めやらぬ中、アシュは大木の下で倒れている男に目が止まる。


「……誰だろう」


 アシュは近づいて、倒れている男を観察する。黒髪の大人だ。気絶しているようにも見えるし、スヤスヤと眠っているようにも思える。


 怪我はしていないらしい。


 ツンツンと。


 試しに突いてみるが、一向に起き上がらない。


「……」

「……」


           ・・・


「わーーーーーーーーーーーーー!」

「……」


 耳元で叫んでみるが、全然、起きない。


「なんだ……つまんないの」


 アシュは拍子抜けして、帰る準備を始めた。明日からは、また、日常が始まる。いつも通りの、日常が。


 母のジーナがいつも通り元気に振る舞い、父のトマスが酒に酔って、時々、自分のことで言い合いをする。そんな、退屈な日常が。


 その時。


 目の前に巨大な魔獣が現れた。体長は3メートルを超え、獰猛な牙を生やしている。


「ひっ……」


 アシュは、その場で固まった。通常、魔獣が、ここまで人間に近い場所にいることなどない。これまで数体ほどは、魔法で撃退したことがあるが、これほど巨大な魔獣に、果たして通じるだろうか。


 だが。


「ウ゛ウ゛っ……」

「……っ」


 魔獣の視線は別の方にあった。そこには、横たわっている黒髪の男がいた。


「おい! いつまで寝てるんだ!? 起きないと死ぬぞ!」


 アシュは全力で叫ぶが、黒髪の男はピクリとも反応しない。


「ウ゛ウ゛ッウ゛ガアアアアアアアアッ!」


 獰猛な魔獣は、狂ったような叫び声を上げながら、横たわっている黒髪の男に襲いかかる。


「くっ……」


 シールが間に合わない。


 アシュがそう思った瞬間。


<<光なる徴よ 聖なる刃となりて 悪しき者を 断罪せよ>>ーー光の印サン・スターク


 無数の光が、魔獣に向かって襲いかかり。


 無惨な肉塊へと姿を変えた。


 そして。


 その死体の頭を踏みつけながら。




















 


 黒髪の魔法使いが立っていた。


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