豚
フェンライの邸宅に到着した。太陽宰相と認識している生徒たちに、総国民豚化計画を暴露したアシュだったが、いつものように妄言と流される始末。彼の信用度はまだまだ地に落ちる余地があるようだった。
アシュたちが豪奢な屋敷の中に入ると、数百人もの執事が一斉にお辞儀して出迎える。邸宅は首都の中央にある一等地にもかかわらす、どこが壁なのかがわからないほど広い。もはや、宮殿と言っていいほどの規模であった。
「やぁ、我が友アシュ=ダール。よく、来てくれたね」
そんな中、フェンライ=ロウが満面の笑みをもって出迎える。威厳をもったその佇まいは、太陽宰相と呼ぶに相応しい。生徒たちは感激と尊敬の念を持って彼を見つめる。
しかし、アシュはそんな気配に動じることなく、笑顔で彼の下へと駆け寄る。
「ふっ……僕に対して、大層なお出迎えをしてくれて、どうしてくようかと思っていたが、その笑顔を見ると、戯れだったようだね」
「当たり前じゃないか。君があんな戦力をものともしないことは目に見えている。少し悪趣味な趣向だったかな? 許してくれ」
「構わないよ。僕は心の広い紳士だからね。それに、君が悪趣味であることは、十分にわかっている」
「……アシュ。その話は」
「えっ? どの話だい? 君が以前、豚小屋で飼育されてた話かい?」
「……」
「……」
「「「「「……」」」」
!?
「あっ、しまった」
「ぶ、ふひいいいいっ! アシュ、君は……いや、嘘だ。嘘だよ。冗談だ、みんな」
フェンライは顔を真っ赤にして豚鼻を鳴らす。それが、いかにも冗談じゃなさそうだったし、冗談じゃないという顔をしていた。
「あ、ああ。つい、口が滑って。冗談ということにしておいてくれ」
「アシュ様。それは、『真実だが、聞き流してくれ』と言う意味であって、発言の肯定であるので、修正なさった方がいいと思います」
「……ところで、今日は君に紹介したい生徒がいるんだ」
先ほどの失言を、完全になかったことにしようとするウッカリキチガイ魔法使い。しかし、すでに誰もが『フェンライ=豚小屋で飼育されていた男』という図式が頭に刻まれていた。
「こちらはダン君。君のところに是非挨拶に来たいと言い出してね。今回の訪問はそれがキッカケだったんだ」
「……貴様が?」
「ひっ」
フェンライからの圧倒的な殺意。お前が言い出したのか。お前がそんなことを言い出したばっかりに。豚鼻を鳴らしながら、そんなことを言いたげな様子で、いたいけな生徒を睨んでくる。
しかし、そんな殺伐とした雰囲気を、アシュはまったく読み取らない。気づく気配すらない。
「ほら、ダン君。自己紹介は?」
「は、はい。あの、私はダン=ブラウと言いまして……その……」
「はぁ。自己アピールは、面接の基本だよ。すまないね、フェンライ君。彼はどうやら緊張しているらしい」
「……」
「彼はここ南国の風土に憧れているんだ。『放浪生活してみたい』と言って、『ぜひここに連れてきて欲しい』と志願したんだ。他ならぬ彼自身が、主体性をもって強く希望してね。素晴らしいだろう? 彼の情熱に、僕も心打たれてね。もちろん、大陸一多忙な身であるのだが、スケジュールをなんとか調整して、今回の旅を計画したんだ」
「……貴様が?」
「ひっ……ひいいいっ」
フェンライから、止めどない殺意が巻き起こる。どこからどう見ても怒っていた。公然と、目の前で、ワールドワイドに、『豚小屋で飼育されていた』と言う暴露をされたのだから、当然である。
しかし、彼の側近も執事も、生徒たちも、ミラも、フェンライの怒気に気づいているのに、なぜか張本人のアシュだけは気づかない。
長年の生活で、アシュの共感能力は、もはや皆無だった。
そんな殺伐とした空気の中、カツッ、カツと足音が聞こえてくる。一人の美少女が縦ロールのフワリとした茶髪を、たなびかせながら歩いてきた。長身でスラリとしたモデル体型が、煌びやかなドレスに引けを取らないほどの神々しさをまとわせている。
彼女は唇に指を当てながらアシュの方を見つめた。
「お父様。そちらは?」
「あっ、ああ。こちらは、娘のエロールだ。こちら、我が……
ビキィ! あまりにも歯をくいしばりすぎて歯が欠けてしまうほど、フェンライは『友』と言う言葉を振り絞った。
アシュはいつも通り、エロやらしい視線を隠しながら、紳士的なお辞儀をする。
「初めまして……お美しいお嬢さん。フェンライ君、知らなかったよ。こんな美しい娘さんがいたなんて」
「……まぁな」
「ところで、誰の養子だね?」
「養子? いや、エロールは紛れもなく私の血を分けた娘だが」
「そんな訳ないじゃないか」
!?
「な、な、なっ、なにを仰ってるんですかアシュ様!?」
エロールが顔を真っ赤にして、取り乱しながら、狼狽える。
「そ、そうですよ! 失礼ですよアシュ先生」「流石にデリカシーがなさすぎです」「デリケートな問題です」「すぐ訂正してください」「むしろ、死んでください!」
生徒たちもまた口々に(一部辛辣に)批判が飛び交う。しかし、アシュは平然としている。
「なんでかな?」
「……っ」
「事実を言うことが失礼には当たらない。むしろ、事実を失礼だと喚く君たちこそ、この美しい女性に対して失礼じゃないかな?」
「「「「「……」」」」」
ああ、こいつ、言葉通じねーわと全員が思った。
「……アシュ。この子は、紛れもなく私の娘だ。我が友とは言え、流石にそれは」
「そ、そうです! 私はお父様の血が繋がっていることを本当に誇りに思ってます」
その時、エロールの頬から涙の雫が溢れそうになる。アシュはそれを指で止め、ウットリしながら見つめる。
「……美しい涙だ。まるで、真珠のような」
「え?」
「しかし、豚から真珠は生まれない……どうかな、今度、遺伝学について海の見えるレストランで語り明かさないかい?」
壮絶なビンタが返ってきた。
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