首都バッダーグ


 再び、ダルーダ連合国首都バッダーク。馬車はその中心地に舞い戻ってきた。昼は夜とは違い、南国的な活気に満ち溢れている。

 その間、刺客などが来ることはなく、安全な旅路だった。

「ああ。やっとあの太陽宰相と謳われるフェンライ=ロウに会えるんだわ」

「本当。どんな素晴らしい人か楽しみよねー」

 と生徒たちも会話を弾ませる。

「別に自慢ではないが、彼がここまでの功績を残せたのは、僕がいたからなんだよ。別に、自慢ではないが」

 と誰も聞いていないにもかかわらず、アシュはこれみよがしに自慢する。

「このまま城へと向かいますか?」

 ミラが尋ねる。

「そうだな。途中でかなり寄り道したから、もう、フェンライ君は待ちわびているだろう」

「絶対にそんなことはないと思いますが、かしこまりました」

 有能執事は、すぐさま馬車の業者に指示をする。

 首都の大通りを進むと、窓から華やかな喧騒が垣間見える。立ち並ぶ屋台はさまざまな料理が立ち並んでいて、大道芸、路上演奏などの観劇も至るところで行われている。

「うっわー、賑わってますねー」

 窓を開けて、キョロキョロと周囲を見渡すリリー。

「大陸でも有数の富裕国だからね。だが、最初からそうだった訳じゃない」

「フェンライ宰相が貨幣の統一を実施したんですよね」

「そう。だが、そう賞賛されることを彼は嫌うだろうね」

「えっ?なんでですか。すごいことなのに」

「貨幣の統一。5文字で表すには、あまりにも大変な労力を要したからだ」

 アシュは答える。

 まず、フェンライが実施したのは、粗悪な貨幣の排除。だが、排除するにはそれらを流通している元締めと敵対しなくてはいけない。また、大衆にも広く出回っているので、対応を誤れば経済が滞る危険性もあった。開始してから数年は上手くいかず、彼の下に批判が殺到した。

 レートを操作すればいいとわかったのは、排除を決めてから数年後のことだった。

 フェンライは巧みな市場操作で粗悪な貨幣にレートを徐々に下げた。価値が下がり続ける貨幣を長期間持とうとする者はいない。次第に粗悪な貨幣の投げ売りが行われ、市場原理で淘汰されていった。

 その時に、フェンライはアシュから多額の融資を受けている。彼が改革を断行できたのも、自身の豚小屋での豚のような振る舞い、そして、金銭感覚皆無であるアシュの無謀かつ享楽的な投資のおかげであった。


 民のことを考えた理想的かつ人道的な政治。表向きはそう称賛されたが、実際にはそんな甘ったるいイズムは割り込む余地もない。


 要するに支配とは、貨幣を独占することなのだとフェンライは考えていた。自身の掌握している貨幣が一般社会に溶け込むことで、人の生活を操作することができる。国内が盤石であるのは、国家が発行した紙幣を保証するという前提において成り立っている。


「本当に素晴らしいです。私、彼の自伝を何回も読みました。『真に国民を愛せばこそ、厳しい措置を講じ、私財を投げ売ったのだ』。私、この台詞が好きなんですよね」

 ジスパが滅多にないほど興奮して話す。アシュは、それについて含み笑いを浮かべるのみだ。

「……先生。なにか、私、おかしいことを言ってますか?」

「僕は逆だと思うがね」

「逆?」

「彼は国民たちを憎んでいた。だからこそ、成し得た偉業だと思うよ」

「憎んでだなんて……」

「でなければ、こんなことは思いつかないよ。これは、あくまで僕の推測だが」

「……聞かせてください」

 生徒たちはみな、固唾を飲んでアシュを見守る。これまでの話だと、関係性はかなり深い。そんな人物に、あの太陽宰相の人となりが聞けるなどと言う経験は、滅多にない。

 そんな期待を一心に受け、アシュは自信満々の笑みを浮かべ口を開く。

「フェンライ君はね」

「……はい」

「国民を全員豚にしたかったんだろうね」

「……」





















 ど、どうしてそうなるんだろう、と全員が思った。

 

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