破壊と再生


 度重なる精神攻撃マインドアタック


 しかし、実際は単なるアシュの自己紹介。単なる自慢話。単なるうんちく。にもかかわらず、シルミ一族の面々はゴリッゴリに削られていく。


「うっ、うわああああああっ」


 実に3人目。彼女たちは変わる変わる幻術をかけ続けていたが、ものの数時間で精神が病み、常軌を逸した状態になる。


 まるで、彼女たちが幻術をかけられているかのように。


 それほどまでに、アシュ=ダールの人格と背景はチグハグに逸脱している。『闇喰い』と呼ばれる裏社会の怪物。その固定概念が、彼を知らぬ者には激しく刻まれる。


 しかし、いざ現実に相対すれば、それほどまでに邪悪な存在には思えない。そして、とてつもないまでに底意地が悪い。人望もなければ、器も小さい。取るに足らぬ人物かと思わされる一方で、周囲における影響力は絶大。彼の周りには大陸でも有数の実力者たちが脇を固める。


 不確かな存在でありながら、圧倒的な印象を持つアンバランスな男は、対峙するだけで尋常ではないストレス負荷がかかる。


「こ、この異常者め」


 次々と病んでいく彼女たちを眺めながら、シルミ一族の長老は忌々しげに吐き捨てる。


「異常者とは失礼な……僕はどの紳士は大陸ではなかなかいないと言うのに」


 !?


 シルミ一族が集まる一室の端から。アシュはシニカルな微笑みを浮かべる。


「き、貴様。どうやって?」

「どうやって? そう何度も人が変われば、隙をついてくれと言っているようなものだよ」


 幻術は何度もかけるような類のものではない。効けば必殺級だが、効かなければ速やかに次の手を考えなければいけない。交代する間のノイズを感じとることができれば、正気に戻ることなど大陸有数の闇魔法使いには造作もないことだ。


「し、しかし……今もなおパールパティは幻術をかけ続けている」

「生徒たちにはね。僕は幻術内に幻影を残して、彼女は今もなおそれを相手にしていると言うわけだ」

「くっ……」


 幻術に対抗するためには幻術しかない。


 アシュはシルミ一族の幻術に触発され、その亜種とも呼べる多くを生み出した。精神が乱れた彼女たちの、隙をぬって自身の幻影を見せることなど朝飯前である。


「まあ、それができるのは、僕の幻術に関する深い見識と技術があってこそだけどね。現に、生徒たちはまだモタモタしているようだ。まったく……不出来で恥ずかしいよ」

「アシュ様は他に一億個の恥をお持ちですので、そこまで気になさることはないかと思いますが」


 !?


 気がつけば、側にミラが立っていた。いつの間にか、気配も立たずに、まるでずっとそこにいたかのように。そんな不気味な登場をした美女執事に、誰もが恐怖のまなざしを向ける。


 気持ち悪い……とにかく、何もかもが気持ち悪いと長老は吐き気を催す。


「ククク……相変わらず、君のブラックジョークは冴えているね」

「ジョークではございませんし、ジョークだと思うからこそ、あなたはこれからも恥を量産し続けるのだと思います」

「さて、諸君。ところで、生徒たちの様子はどうかね? その水晶球で見えるのかな?」

「……」


 切り替えだけは早いな、とミラは思った。


「ふむ……やはり、リリー君はうまく対処できぬようだね。他はまあ、なかなか適応しているな。よろしい、このまま続けてくれたまえ。なんなら、僕が君たちの手助けをしてやってもいい」

「……なにを企んでいる?」


 長老は警戒しながら尋ねる。


「企む? 僕は生徒たちの成長を願っているだけだよ。育成に必要なものは破壊と再生だ」


 アシュは特に壊したいのは、リリー=シュバルツ。アレは、壊せば壊すほど、より強く頑強に再生する。人間はある程度の負荷をかけたら簡単に壊れる。だから、ある程度までは手加減するが、彼女に関してはまったく必要がない。


 自分が、かつて師にやられたように。


「……それで、壊れたら」

「壊れないよ。生徒たちと君たちの違いは、教師である僕が一番知っている。だから、つべこべ言わず、僕の言う通りにやるんだ」

「……はい」


 闇魔法使いは、すでにこの場を掌握していた。

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