捕縛


「ふぅ……手術成功だな」

「はい」


 主人であるアシュの汗を拭きながら、執事のミラは頷く。手術台で横たわっているのは、先ほどアシュが自分だと主張していた人物。


「はっきり言って、僕しか救えないほどの傷だった。見てくれ、この見事な処置を。これだけの手術をいとも簡単に成功させてしまう自分自身の天才性が怖いね」

「私は、この方が『別人だ』と主張しているにも関わらず、頑なに認めずに、拷問と精神圧迫でほぼ瀕死に至らしめたあなたの狂気が怖いですけど」

「……おっと、目が覚めたようだぞ」


 執事のツッコミをまったく無かったことにして、目の前の男を覗き込む。アシュなりには男を気遣った視線なのだが、どこをどうみても、圧迫を加えているようにしか見えない。


「やぁ、起きたね。おはよう」

「ひっ……違います違います。僕はあなたじゃない。何度言ったらわかるんですか!? 僕はあなたじゃない。あなたじゃない。あなたじゃ……」

「そ、そんなに取り乱さないでくれよ。もう、わかったから。君は僕じゃない。はい、これでいいかな? では、ダージリンティーでも飲もう」


  パンパン。


 拷問と精神攻撃をさんざん加えた末に、両手でパンパンして仕切り直しを図るキチガイ魔法使い。一方で、もはや精神が崩壊しかけている暗殺者は、とてもではないが、パンパンどころではない。


「僕はあなたじゃ……アシュ=ダール様ではありません。僕はアシュ=ダール様では。決して、決して」


 傷が痛むであろうに、強引に身体を動かして懇願する暗殺者。アシュ、そんな彼を『やれやれ仕方ないなと』言った感じで覗き込む。もちろん、このキチガイには、悪気はない。


「困ったな。そんなに被害者面しないでくれよ。確かに僕が勘違いしたのだけど、君だって紛らわしいよ。他者が営む店のトイレの鏡に潜んでるなんて、痴漢行為も甚だしい。どちらかと言うと、被害者は僕の方じゃないか?」

「……ひっ」

「いや、聞かないよ。理由は、聞かない。誰しも隠れた性的趣味の一つや二つはある。僕ほどの大魔法使いでなければ、気づかなかったほどの見事な魔法だったから、大いなる不幸だったと言っていい。君は僕に会わなかったし、僕は君に会わなかった。これでいいかい?」

「……」

「ん? なんだい、ミラ。気に入らないかい?」


 後ろからジト目をしている執事がどうやら気になったらしい。しかし、いついかなる時も同じように見つめている身としては、それが自身の罪悪感からではないかと推測する。


「アシュ様。先ほど、この方は自らが暗殺者で、あなたの事を暗殺するために行ったと自供しましたが」

「ああ、そうだったね。。君は暗殺者。僕を殺そうとしたんだった。ククク……」

「……」


 アシュはまるで、すべてを理解したかのような、ミラがなにもわかってないような笑いを浮かべ、彼女は圧倒的に不快だった。

 そして、生ける不快魔法使いは、これ見よがしに、暗殺者の耳元で囁く。


「大丈夫だよ。こう見えても、には寛容な方だ。しかし、嘆かわしいが多くの社会では、厳しい非難や制裁を受ける行為だろう。社会的な生活を営む君は、それは甘んじて受けなくてはいけないと思う。だが、君にとっては幸運だが、僕は、社会ではない」

「……」


 お前が社会だったら、世界は破滅だろ、とミラは思った。


 そして、この倫理崩壊主人とは異なり、彼女は暗殺者の処分をしなくてはいけない。こんなのことを言ってはなんだが、彼女は24時間365日働いても間に合わないほどの多忙ぶりである。なので、アシュの妄言をいちいち間に受けているほど暇ではない。


「なら、この男をどうされますか? 殺しますか? それとも、解剖のモルモットとしてーー」

「な、なにを言っているんだ。それでは犯した罪について、重すぎるだろう?」

「……人を殺そうとする者は、自身が同じことをされる覚悟を持たなければいけない。アシュ様は同じような理屈で、数多の者たちを殺めました」

「それは……そうなのだが」

「それとも痴漢などの破廉恥罪に致しますか?」

「そ、そんな事を言ってないだろう! 彼は否定してるんだから!」

「では、前者の対応が適切かと思いますが」

「しかし、それではあまりにも厳しすぎないか?」

「……」


 じゃあ、もう好きにしてくれ、とミラは心の中でつぶやく。


「ふむ。暗殺者としての名誉を守って重き罪を受け入れるか、それとも我が身可愛さに破廉恥罪を受け入れるか、彼にとっては大きな問題だ。もう少し考えさせてあげなさい」

「……かしこまりました」

「ところで、生徒たちはどうしてるかな?」

「各々、ホテルで就寝していると思いますが」

「なるほど……しかし、彼の証言が万が一本当だとすれば、暗殺者に用心する必要があるな。よし、彼女たちを守るために、彼女たちの様子を見に行こう」

「……かしこまりました」


 
















 30分後、シスによって、アシュは捕縛された。

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