至高


 生徒は全員、固唾を飲んで見守っていた。闇魔法使いの繰り出す魔法に魅入られ、息をすることすら忘れるほどに。もちろん、敵も彼らと戦って疲弊しているが、それでも、次から次へと補充されてくる魔法使いたちは並の腕ではない。


 しかし、まるで彼らの魔法がお遊戯に見えるほどに。


 アシュの繰り出す闇魔法は華麗だった。


 敵の魔法の矢マジック・エンブレムを、全て闇の魔法壁で防ぐ。相手の属性なども関係ない。実際、彼の闇魔法壁はどんな魔法をも通すことはなかった。光の極大魔法すら、単なる闇の魔法壁で防ぐことができる。それは、圧倒的なシールの精度が為し得る芸当で、常人では到底及ぶべくもない。


 更に剣士の斬撃には、闇の刃で対抗し、ことごとく無効化。拳士には、そもそも近づかせないために、地を闇の沼で覆い、弓手には正確に的を絞らせぬよう闇を漂わせて、矢があさっての方向へ飛翔するようにした。


 そして、なによりも驚愕だったのが、死者使いネクロマンサーの能力。死んだ人間しか使えないと思っていたが、アシュは気絶した者をも容易に操る。魔法を繰り出して倒した相手を次々と自分の味方にしていくのだ。必然的に、時間が経つほどアシュが優位に立っていく。


「……凄い」


 思わずリリーは口にしていた。すでに近い立ち位置にいると思っていた。しかし、その夢想がことごく崩れ去っていくことを感じた。そもそも、アシュの戦闘をまともに見るのは初めてだったが、その立ち回りは柔軟で、綺麗で、洗練されていて、優雅だった。


「いいかい? 戦闘とは、相手の攻撃を無効化すれば事足りる。なにも、相手を傷つけるだけが脳じゃないんだ。格下の相手であればこれぐらいは容易にできないと困るよ」

「……」


 こともなげに相手の攻撃をいなしながら、アシュは対抗する魔法を繰り出していく。それは、どことなく遊んでいるようにも見えた。まるで、赤子をあやす父親であるかのように。それほどの差が彼らとの間に存在した。


「しかし、僕が認める強者と戦う時は、このような戦術は使わない。なぜだかわかるかね? リリー=シュバルツ君」

「……いえ」

「例えばライオール=セルゲイでにような巧者であれば、この盤面をチェスと見立てる。枝葉のように無数に別れる手を、瞬時に数千は思考する。そんな中、こうした手が長く打ち続けられないことを知っている」


 数千にも及ぶ戦略的思考の応酬。アシュは、これらのような戦術が相手の命を取るに至らないことを知っている。必然的に、小細工のような手は消滅し、真なる一手を互いに模索する。


「……」

「例えば、先に戦った鬼才バルガ=グンゼならば、僕が放つ魔法そのものを全て力でねじ伏せに掛かるだろう。僕がどのようにいなすかを考える前に、彼は僕に刃を突き立てるだろう」


 だからこそ、アシュはバルガとは対峙しない。あの軍略家とまともに戦えば、相性が悪いことがわかっているから。天才的な軍略家であるだけではない。大陸有数の剣士であるからこそ、闇魔法使いは彼を相手にはしない。


「……」

「例えば、史上最強の魔法使いと謳われたヘーゼン=ハイムならば?」

「……」

「このようなくだらぬ手を思考した瞬間に、僕は消滅させられているだろう」


 闇魔法使いは、真面目な表情をして答えた。


 それが、誇張でないことは、アシュの表情から見て明らかだった。


「「「「「……」」」」


 生徒全員は、もはやアシュから眼を離せなくなっていた。どこか、身近にも感じていた闇魔法使いは、今は途方もない距離にいる。自分たちが未だ未熟であるということを、むざむざと実感させられた。


 アシュ=ダールという魔法使いが、至高の域にいることを誰もが思い知った瞬間だった。

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