玉座の間(3)


 崩れ落ちた玉座の間で、バルガは立ち尽くしていた。ダリオ王は見事に誘拐され、捜索も空振り。絶望的な状況で呆然とすることしかできない。そんな中、今しがた邸宅から到着した大臣たちが、慌てふためいて集まってくる。


「こ、これはいったいどうしたことじゃ!?」「おい、貴様! なにをしている。王は、王はどこにいるのだ?」「黙っていてはわからんじゃろう。早く説明せよ」「貴様はこの主城の護衛責任者だろう。説明責任を果たせ」


 口々に飛び交う罵詈雑言。全員が駆け寄って、いち早くバルガに説明と責任を求める。この中に本気でダリオ王を心配する者はいない。欲しているのは、事態を誰よりも早く把握すること。必要なのは、この事態の責任を取る生け贄スケープゴートだけ。


「……」


 バルガは苛立っていた。こんな国難に、互いの足を引っ張ることしか頭のない

大臣たちに。見事に敵の策略にはまり、ダリオ王を守り切れなかった無力な指揮官たちに。


 そして、なによりも、自分自身に。


 自分ならば、ここにいる大臣たちを全員殲滅するのに10秒とかからない。いっそのこと、大立ち回りを見せて、この場を恐怖に沈めてやるか。そんな物騒な考えを思い浮かべていた中、玉座の間に颯爽と風が入ってきた。


 そこにいたのは、ライオール=セルゲイだった。


「先生……」


 不思議と憎悪は湧いてこなかった。この人がここにいる意味。それは、紛れもなく、この異常な事件の張本人だと言うことだ。バルガを窮地の底へと追いやり、失脚させようとしている対象が、紛れもなく彼だと言っていい。


「アシュ先生にしてやられましたかな?」

「……はい」


 天才軍略家は潔く負けを認めた。不思議だ。他の大臣たちにはできぬ敗北宣言が、ライオールという存在の前だと素直に吐けるのだから。

 やがて、数秒が経過し、やっと大臣たちは彼がライオール=セルゲイだと気づいた。


「は、早くその賊を捕らえろ!」「バルガ、なにをボーッとしている!?」「ええい、臆したか! ほらっ、兵ども! 早くライオールを捕らえよ!」「ここでヤツを捕らえれば、5分と5分だ」


「……待て」


 バルガは一声で、動こうとした指揮官たちを制した。ここにいる彼らは、自身の手駒だ。たとえ、他の大臣たちの地位がいかに高かろうと、バルガの命令が絶対である。


「ここは、少々うるさいですね。二人きりで話をしますか?」

「「「「なっ!」」」


 他の大臣たちは唖然とした。バルガより地位の高い自分たちを完全に蔑ろにした振る舞いは、文官である彼らにとっては許されざる愚行だ。

 しかし、彼らもバカではない。ここにいる兵たちが全員バルガ側についているのであれば、今この場の主導権が彼にあることも承知していた。


「秘書のエステリーゼも同行させても? 彼女はこの会談には必要不可欠な存在です」 

「では、こちらも1人同行させましょう。スカブール大臣、共に来て頂けませんか?」

「なっ……」


 突然バルガに指名されたスカブールは狼狽した。彼は最も地位の高い『五老』の最古参である。現状、ダリオ王と最も対立の深い間柄である彼を、バルガは敢えて指名した。


「多数でピーチクパーチク囀られるのは勘弁ですが、談合と思われても面倒なのですよ。私とライオール先生の間には、敵対関係しかない。その証人としていて頂けると助かります。まあ、怖ければいいですが」

「ぐっ……わかった。しかし、後から責任は取ってもらうぞ」

「……勝手にしてください」


 バルガは投げやりに答えて、ライオールを先導する。


「……随分と、荒々しいですな。後々の行動に大きく影響するのでは?」

「あなたやアシュ=ダールの行動を目の当たりにしていて、アホらしくなりました。彼らにも、無駄に礼を尽くしている自分にも」

「それは……よくないですな」


 困ったようなライオールの苦笑いに、バルガは思わず吹き出してしまった。


 かつて、よくそんな顔をさせていたことが脳裏によぎった。


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