スレスレ


 レナロス城の防備は魔法陣が張られている。幾重にも張り巡らされたそれは、有能な魔法使いが100人極大魔法を放っても耐えうるほどの強化である。

 しかし、聖闇魔法は全ての属性を無効化する超魔法。


 玉座の間は跡形もなく、粉々になった。


「……っ」


 スレスレだった。もし、バルガが玉座の間から離れていなかったら、確実に命を落としていた。ダリオ王は久々に背筋から汗を吹き出した。

 まさか城の内部にいながら、戦場の感覚を味わうとは思わなかった。


 一方で、バルガは極力平静を保っていたが、実際には大きく動揺をしていた。幾多の戦争を経験してきた百戦錬磨の戦士であっても、戦争を仕掛ける時には、手が震える。

 そこから始まる数千の命を互いに散らす瞬間になる行為を、自ら始めるということは、それだけの覚悟を必要とする。


 それを、あの歳でやれることが尋常ではない。


 倫理観と常識が壊れている。


 なんというキチガイ娘。


「さっ……早く、ここを退避しなければ」

「……自室に戻るのか?」

「いえ」


 聖闇魔法が放たれたという事は、間違いなく、リリー=シュバルツからの襲撃。いかなる魔法陣を施したとしても、破られる。むしろ、固定した場所を選ばずに常に移動していた方がいい。


「そうか……ならば、バルガと共にリリー=シュバルツを狩るのもよいか」

「な、なりません。陛下に万一のことがあれば、ギュスター共和国の存亡に関わります」


 バルガは心の底からそう思う。今が戦国時代であるという事実に、他の大臣たちは気づいていない。共和国制というのは、言わば合議制。状況がめまぐるしく変化するこの大陸の状況にはついていくことはできないだろう。


 共和制は必ず衰退する。特に、ギュスター共和国の制度は最悪であるとバルガは確信する。ここには、明確なリーダーと呼べる者はいない。五老と呼ばれる大臣たちが、話し合い政策などを決定する。


 一つの決断に対し、多人数で行う決断はろくなものではない。そして、この老害どもはすでに歳を経て、思考的な柔軟性に欠ける。

 ナルシャ国が腐敗した元老院に牛耳られ、保守国家となっている時代はまだよかった。


 しかし、ライオールが元老院の勢力を牛耳り、王を実質的な傀儡と化した。後に歴史家は、『最も静かなるクーデター』と評すであろうこの出来事で、富国強兵化をどんどん勧めている。


 ギュスター連合国も、一刻も早く五老を廃して、ダリオ王一強体制にしなければ、この大陸で生き延びられる術はない。


「しかし、これほど派手に宣戦布告をされれば、飾りの王でいることも難しいだろう?」


 ダリオ王は不敵に微笑む。

 ナルシャ国が戦いを仕掛けてきた以上、国民にその勇を示さなくてはいけない。五老は常に兵の後ろにいる存在。そんな輩に国民がついていくはずがない。


「……この戦いを逆手に取るという事ですか?」

「ああ。聖闇魔法使いの先鋒など、早急に狩っておかなくてはならないだろう」

「……」


 確かに、ナルシャ国と戦争になって最も脅威なのは、リリー=シュバルツだろう。今の状況を考えれば少数で来ているのは間違いない。ならば、ここで彼女を殺しておけば、相手の貴重な特記戦力を削ぐことができる。


 バルガの脳裏に対ナルシャ国戦の戦略が動き始めた。


 




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