混乱


          *


「いったいなんなんですかこのルーレットは!?」「もう嫌だー! 絶対に回さないぞ!」「わ、私はアシュ先生のためなら!」「め、目を覚ませよリデール! 騙されてるぞ」「わーん! おうちに帰りたいー」


 噴出する怒号。


 鳴り響く悲鳴。


 ここで事態は、バルガの思考を大きく超え始める。馬車の中でいったい何の儀式が行われているのか。ルーレットとはいったい何のことか。


 もしかしたら、新たな中位悪魔を召喚する手段なのか。


「ミラ、答えろ! ルーレットとはなんだ!? 奴はなにをしようとしている!」

「申し訳ありませんが、答えられません。答えたとしても、あなたには決して理解できないでしょう」

「……っ」


 間違いない。


 あの闇魔法使いは贄を捧げ、新たな中位悪魔召喚を行おうとしている。なんたる鬼畜。


 滅悪魔ディアボロ。戦悪魔リプラリュラン。目の前でそれを見たが、その戦力は圧倒的だった。3体目など、大陸史上でも類を見ない。


「アシュ=ダール……そこまで墜ちたか」


 バルガは苦々しげに歯を食いしばる。

 あの闇魔法使いは、どことなく憎みきれなかった。もちろん、戦友も部下もをことごとく殺されているので『怒りの感情』がないということはあり得ない。

 しかし、それはあくまで戦闘行為においてだ。生きるか死ぬかの戦場に身を置く立場として、恨み言を言うつもりは毛頭ない。


 アシュは戦闘をしながらも、常に逃げの一手であった。どことなく、戦を忌み嫌っており、権力拡大とは無縁の男であるように見えた。

 しかし、悪魔召喚を増やす意図とすれば目的は一つしかない。


 ヘーゼン=ハイム死後30年。奴は狡猾にも様子を伺っていたのだ。自らの欲望の増大を。なんの罪のない人々の蹂躙を。


「ちょっとミラさん! どういう状況ですか!?」

「……っ」


 バルガが思考を高速で回している最中、リリーとシスが馬に乗ってやって来た。そして、彼女たちを見た瞬間、罠にはめられたのは自分たちであると確信した。


 アレは……国別魔法対抗戦のキチガイ娘。


 影で第2のアシュ=ダールと噂されるほど、リリーのデビューは圧倒的な俊光を放っていた。

 バルガは今でも忘れられない。対戦相手に躊躇なく即死級の四属性魔法を放った光景を。相手が重傷で担架に運ばれている最中、『やったやった♪』と無邪気にシスにハイタッチを求めていた光景を。


「リリー様、シス様。状況としては、かなり難しいのですが、とりあえず彼らは敵です」

「じゃあ、倒せばいいわけね! 了解」

「……っ」


 恐ろしい。ライオールに聞いたところ、リリーは実際に戦地での経験はなく、今まで誰も殺したことがないと聞く。

 その未経験がなおさら恐ろしい。戦闘行為とは殺人行為とは百戦を越えた経験でもなければ、どこか躊躇するものだ。


 しかし、その経験がなく躊躇もしないのであれば、そいつは紛れもなくサイコパスである。


 そして、侮れないのがシス=クローゼ。先日の国別対抗戦で最もサプライズを起こしたのが、彼女だと言っていいだろう。

 バルガとしては、自国の魔法戦士編成を見せつけて他国への脅威を知らしめるつもりだったが、ことごとく彼女によって撃退された形である。


 バルガは指を巧みに動かし、部下を周囲に拡散させる。とにかく、リリー、シス、ミラをそれぞれ引き離さなければ勝利はない。


 なんとかこの奇襲で一人だけでも――


「ところで、バルガ様。王(キング)の守りは大丈夫ですか?」

「なにを――」


 ミラの問いかけに、バルガはハッと言葉を止め。


 額から一筋の汗を流した。

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