当日


               *


 週末になりアシュ一行は首都に集合した。来たのは、ダン、ジスパ、ミランダ、そしてアシュ大好き少女のナルシーである。それぞれ、きっちりと旅支度をして、時間通りに到着した。


 乗り込んだ馬車の内部は、これ以上ないくらい豪奢であった。王族の使う馬車となんら遜色のない――いや、それ以上の豪華で大型の超高級馬車である。


「ふっ……僕が開発したロイヤル・デラックス・ホースオブカーさ」

「わー、すごーい」


 平民出身のジスパだけじゃなく、貴族である3人もワイワイ、キャッキャしている。


「……っ。はぁ……はぁ……」


 これこれー、とアシュは興奮で胸に手を当てて、息をきらす。


 生徒と旅をするために、妄想大好き魔法使いが1ヶ月間寝ずに制作を行った特別製の馬車。考案に半年をかけたこの力作は、全て生徒との語らいを楽しむだけのために作られた。


 こういうのが、やりたかった。めっちゃ、やりたかった。


 屋内の温度は魔法で完備。椅子はもちろん超高級品で、クッション性が最高になる魔材を使用している。冷蔵庫も小型サイズながら空間魔法を利用して超大型サイズ8個分の食材の保管が可能。


 そして、


 なにより、


 もたれかかるときの低反発で柔らか、背骨を優しく包み込むような感触をを実現した『超ナイーブ背もたれ』。何十日旅をしてもまったく腰が痛くならないという優れもの。これがアシュの自信作である。


「どうだい、ミラ? みんなが喜んでいるじゃないか」

「限りなく人的資本の無駄遣いかと思いますが、よかったですね」


 有能執事は複雑な想いで喜んでいる生徒たちを眺める。

 アシュ=ダールというのは紛れもなく天才である。その性が闇でなければ、間違いなく大陸史にその名を刻むほどの人物なのだ。


 例えば、彼の発明のおかげで大陸の農民の作物収穫量は倍にも膨れ上がっている。そして、平民の飢餓率も大幅に軽減されている。また、難病の治療法開発成果もダントツで一番多い。この数百年で彼救った命は、ミラが試算する限り、大陸での人口に相当する。


 だとすれば、人々のことを考えるならば、意義深い研究に没頭させればよいのだが、この闇魔法使いは自分に興味のあることしかやらない。

 極端なことを言えば、大陸の人々が横で死にかけている傍らで、最も美味しいチェダーチーズを創り出すのにはどうすればよいかを全力で傾ける男なのである。


 まさに、天才の無駄遣いである。


「リリー様はいいのですか?」

「ククク……あの子の性格上、ついて来ないなんてことはあり得ない。草場の影にでも隠れながらついてくるさ」

「……」


 図星。


 建物の影に隠れながら、リリーとシスがこちらの様子を伺っていた。

 当然ながら、ミラはその気配を察していたが、こんな時だけは察知のよいキチガイ主人。


 しかし、そんなことに気づく様子もなく、金髪美少女は得意げに隠れている。最近、もっぱらアシュ化してきたと噂される彼女は、変に天然な所も似通ってきている。


「フフフ……上手く潜り込んだわね」

「……ははっ」


 一方で、蒼色髪の美少女は乾いた笑顔を浮かべる。

 クラスメートの彼らが遠足気分でワイワイ楽しんでいる最中、リリーはシスを強引に抱き込んで、大声で違う話題で盛り上がっていた。


 そう、リリーは猛烈に参加したかった。反対、反対と騒いだ手前、自分からは私も行きたいとは言い出せず、アシュも別に彼女を誘わなかったため、シスを巻き込んでいじけていた次第である。


 でも、行きたい。


 他の国々をみんなと回ってみたい。そんな自分の欲望に凄くツンデレなリリーは、いてもたってもいられずに、シスを巻き込んで、旅について行くことを決めた。

 そして、理屈としては――


「アシュ先生は絶対に信用できない! 絶対に、他のクラスメートに危害を及ぼすに違いないわ。だから、絶対について行って監視しなきゃ!」

「……ははっ」


 という金髪少女の強がりに、蒼色髪美少女の苦笑いであった。

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