影響力


 アシュの耳を疑った様子に、ミラは自身の目を疑った。

 自身の立ち位置も、影響力も、能力も、性格も、なにもかも自己分析していないキチガイ主人である。


「な、なんで?」

「逆にそれは、私がアシュ様に聞きたいのですが……どの首脳の方々も、自国への侵略と捉えたようです」

「……意味がわからない」

「はい。私も意味がわかりません」


 なんでそんなに自分のことをわかっていないのだろうこの人は。昔からそうだったのか、数百年を超える歳月がこの人を変えてしまったのか。

 少なくとも、向こう80年ほどはこの調子であったことから、本人の資質による可能性が残念ながら大きいと思うのだが。


「リデール君の娘は僕の熱狂人ファンだろう?」

「はい。狂人ファンです」


 有能執事は、脳内でニュアンスの変換を図った。


「バルガ君などは、向こうから挑まれても、ずっと戦闘を避け続けたし」

「その前に、あの方の主力軍隊を全て死兵に変えた事実はお忘れにならない方がよいかと思いますが」


 付け加えるならば、追われていたアシュは、バルガを挑発することを忘れなかった。彼の勝利の定義の一つに、『人を自分より不快にさせれば勝ち』というものがある。 


「フェンライ君など、親友じゃないか」

「先日、その親友を百発ほど足蹴にして気絶させてましたが」


 ついでに言えば、あちらはまったくと言うほど親友などとは思っていない。いや、むしろ超嫌っているというと言っても過言ではない。過言ではなさ過ぎるのである。


「まったく……理解に苦しむ」

「なぜ理解できないのか、私はその理解に苦しんでおりますが」


 いつものポーズ。額に手を当てて『あいたたた』と悩ましげなポーズ。こちらの方が全力でそのポーズを繰り出したいミラだったが、よくよく考えるとキチガイ主人と一緒のポーズなどまっぴらごめんだった。


「決して言いたくはないことなのですが、アシュ様はご自分の立場を理解しておられますか?」

「……と言うと?」

「ダルーダ連合国に匹敵するほどの財産を個人で持ちあわせ、用意周到に準備すれば数万単位の死兵を戦地に送ることができる。また、自身の身辺には危害を加えないよう、大陸有数の魔法使いであるロイドと不詳ながら私がおりますし、そもそも不老不死なので暗殺もできません」

「……」

「加えて言えば、各大陸の闇勢力とのつながりを持ち、死の商人とも密な関係にあります。アシュ様が命じれば彼らに指示して、武具の供給も遮断することができます」

「ん? 僕にそんな知り合いがいたかな?」

「……」


 お前が指示したんだろうが、と有能執事は心の中でつぶやく。


 ミラが有能すぎるが故に、小さな指示が莫大な結果になり得る。アシュが『ちょっと物資を調達したいから闇勢力にコネクションを広げておいてくれ』と言えば、ミラは際限なくそれをせざるを得ない。当の本人は指示したことをすぐに忘れてしまうので、必然的に彼の勢力はねずみ算式に膨れ上がっている始末だ。


 いつの間にか、大陸の闇勢力の頂点に君臨していたチートキチガイ魔法使いである。


「自身でもおっしゃったではないですか。『ヘーゼン=ハイム様がお亡くなりになられた今、自分を止められる人はいない』と。彼らはあなたの動向に常に気を配らずにはおれません」

「……なるほど。彼らは僕の偉大さに恐れおののいているのだね」

「そうやって調子に乗ってしまうので、極力言いたくはなかったのですが」

「ククク……クククク……ハハハハハハハハッ、ハハハハハハハハハハハハハハハハッハハハハハハハハッ、ハハハハハハハハハハハハハハハハッハハハハハハハハッ、ハハハハハハハハハハハハハハハハッ」


 バンバン。


 バンバン。


 アシュは上機嫌に高笑いを浮かべる。


「まあ、そう言うことだったら仕方がないね。弱者は常に強者に怯えて暮らすものだ」

「では、今回の旅は中止にされますか?」

「いや、行く。なぜ、強者が弱者の意向に沿わねばならない。番犬も連れて行けば問題ないだろう」

「……ケルベロスですか?」

「リリー=シュバルツ君に決まってるだろう」


 闇魔法使いは歪んだ表情で笑った。





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