生贄
「無能が。いいようにアシュ=ダールにやられて、恥はないのか」「卑怯者め。アリスト教守護騎士まで呼び寄せて、見苦しいことこの上ない」「あの闇魔法使いの言うとおりだ。こいつは、自ら先頭に立ったサモン大司教とは違う。偽者め」「サモン大司教ならば、こんな醜態はさらさなかっただろう」「サモン大司教が生きていれば、こんな奴の言うことなど――」「ランスロット大司教はサモン大司教とは違い、卑しい」
「サモン大司教なら――」
「サモン大司教なら――」
「「「「サモン大司教なら――」」」」
ベルセリウスは禍々しい声で、側近たちの心うちを代弁する。アシュはその様子を眺めながら、低く薄ら歪んだ表情で微笑む。
「ククク……随分と慕われているんだね」
「……」
ランスロットはそれでも表情一つ変えない。
しかし、そんな大司教の振るまいとは打って変わり、彼の側近たちは慌てふためいていた。アシュは興味深げにその様子を観察し、笑いかける。
「……ベルセリウス。心を読んだ者の名前を読み上げたまえ」
「わかった。最初に『無能』呼ばわりしたのが、デリバ。で、次にーー」
「なっ……嘘です、大司教。あのような妄言に騙されてはいけません」
「ククク……悪魔は嘘はつかないよ。彼らは嘘が君たちの心を抉らないことを知っているからね。真実を取り繕った嘘をつくのは大体、君たちのように聖者ぶった人間と相場が決まっているんだがね」
「だ、黙れ! 大司教、信じてはなりません!」
「……」
ベルセリウスに名前を呼ばれた側近たちが次々とランスロットに言い訳を始める。ある者は激高し、ある者は言い訳をし、ある者は熱弁を振るう。
アシュはその様子を満足げに眺める。
「往生際が悪いな、嘘ではないと言っているだろう……いや、君たちも本当は知っているのだろう? ベルセリウスは、嘘をつけない。そのような特性をもった悪魔なのだと」
「だ、だ、黙れ黙れ黙れ――――――!」
「アシュ。今、叫んだノッグラって奴。このことで司教になれないことを恐れてる。サモン大司教なら許してくれるけど、ランスロット大司教は絶対に許さないんだって」
「ひっ……」
次になにかを発すると標的にされる。側近たちは怯えたような表情を浮かべながら沈黙を保った。
狼狽する側近たちを一瞥することもなく、それでもランスロットはアシュに対する視線を外さない。
「……弱き心を持つのは当たり前のことだ」
「ククク……では、ベルセリウス。次は、シスの心を読んでくれ」
「うん。『リリー……リリー。私が絶対に……命に代えても私が守ってみせる。あなたの前に立ちはだかる敵は絶対に私が通さない。絶対に……』」
「……」
「わかるかい? 自己犠牲の精神と他者への思いやりだよ。君たちが聖櫃呼ばわりしているシスという少女は、順調にそれを育んでいるよ……欲望にまみれた君たちとは違ってね。アリスト教で何を学んできたのかな?」
「……」
「っと……申し訳ない。アリスト教徒が全員そうだと言っている訳ではないよ。君たちの大好きなサモン大司教の側近たち11人。ミラ、彼らの名前はなんと言ったかね?」
「はい。シルス。クノイ。サヌビ。イソク。バナー。デウィン。シャスパー。ガナ。レングス。サルリュ。ウィアトン。です」
「そして、ケリー=ラーク。彼らは心からサモン大司教を慕って、彼のために、アリスト教の未来のために自らの命を捧げて死んでいったよ」
「……」
「ああ……ジュリア=シンドル。彼女もまた、ケリーという青年を愛し、僕を滅せんと命を懸けた。サモン大司教のことは……君たちが一番よくわかっているだろうね」
「……何が言いたい?」
「わからないかい? 君だよ、ランスロット大司教。腐りきった性根を持つ者たちが側近となったからじゃない。君の性根が腐りきっているからなのだよ。そうじゃないかい、みんな?」
「「「「……」」」」
「君たちはサモン大司教ならば、命を懸けただろう? 僕はわかっているよ。君たちは悪くないんだ。ランスロット大司教が影から隠れる卑怯者だから。勝負から逃げる臆病者だから。だから、君たちはそんな彼に命を懸けることができない。そんな彼に大司教の資格があるのかな?」
闇魔法使いは声高々と側近たちに縁説を始める。まるで、民衆に語らう政治家のように。
当然、ランスロットの心はアシュの声に耳を傾けない。
しかし、彼の側近たちは違う。
彼らは醜く、嘘つきで、弱い。そんな彼らが自らの心根を責めることはしない。必ず自分ではなく他者のせいにするばずだ。
だから、アシュは逃げ道を与えた。
ランスロット大司教と言う
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