謁見


 サン・リザべス大聖堂の奥では、これ以上ないくらい騒めいていた。突然のアシュ=ダールの訪問。しかも、報告内容としては、『大司教に合わせろと騒ぐ、これ以上ない不審者がいる』という意味不明な内容だった。


「アシュという男は、いったい何を考えているのでしょうか?」

「……読めない男だ」


 ランスロットは忌々し気につぶやく。まさか、白昼堂々、自ら敵地に乗り込んでくるとは思わなかった。


 アシュ=ダール。大陸史上、最悪の魔法使いと名高い、最悪の男。この世で、最も人を殺したであろう闇魔法使いは『闇喰い』と裏の世界で呼ばれている伝説的な人物である。ヘーゼン=ハイムが存命していた頃は、表舞台にはいっさい出ることがなかったが、近年は頻繁に噂を聞く。


「……とにかく、ここに連れてきなさい。厳重にな」

「かしこまりました」


 すぐさま側近たちが動く。

 それから、程なくしてアシュ一向が謁見の間に入ってきた。堂々と、シスまで連れて。

 瞬く間に周囲はアリスト教聖騎士に埋め尽くされた。リリーやシスは、戦闘態勢に入るが、アシュはさも観光地に来たかのように、ぐるりと周囲を見渡すのみ。


 このサン・リザベス大聖堂の防備は、先日破壊された後、大幅に増強されている。それは、ランスロットの施策によるものだ。

 しかし、それでもアシュの表情には一片の動揺も読み取れない。


「側近のベイルートです。私がランスロット大司教の代わりにお話しします」

「なるほど。失言防止による神格化低下を防ぐため、側近の口から言わせるのだね? 涙ぐましい宗教活動だ」

「……」


 いちいち、癪に障る男だと、アリスト教信者全員はがそう思った。この瞬間、アシュが彼らの敵であることが決定した。


「ククク……しかし、大層な出迎えだね。宗教には必ず武力が付きまとう。友愛を謳う君たちには、これ以上ない皮肉だろうね」

「自衛のためです」

「いや、違うね。実際、君はなんの危害も加えていないシスを拉致しようとしていたじゃないか? 自らの欲望のためだろう?」

「我々は神の意志に従っているに過ぎません」

「なら、君たちの信じる神が、姑息にも彼女たちが二人しかいないところを狙って、集団で襲いかかるよう望んだということだね? 大した神様だな」

「……神の侮辱は許しませんよ」

「侮辱? 事実と君たちの言葉を総合して話してるだけだがね。これが侮辱に当たると言うのなら、君たちの行為そのものが神を侮辱しているということになるのだが、それでいいのかね?」

「……」


 ランスロットは心の中で舌打ちをする。もっと、好戦的な男かと思っていたが、全然挑発に乗らない。いや、むしろこちらの心をざわめかせてくる。


「ところで、テスラ先生は元気かい? 僕は大丈夫だと言ったが、リリー君もシス君も心配だそうだ」

「……彼女はアリスト教の大聖女です。手荒な扱いは、当然しませんよ」

「ほら、みたまえ。彼らにはテスラ先生を殺すことはできない。身分としては大司教よりも下だが、実際に民の信仰を集めているのは大聖女の方だからね。まあ、前任の大司教とは拮抗していたようだが、新米の大司教などにやすやすと殺されるような存在ではないのだよ」

「な、なんだとっ……クッ」


 側近のベイルートが思わず発した言葉を、ランスロットが肩を叩いて制止する。会話をしていて、かなり不快。いや、あえて不快な感情を抱かせようとしているのか。相手の思惑がわからず、当惑する。


「しかし、なぜ単身この場に乗りこんできたのですか?」

「僕がここに来た理由? ああ、そうだったね。僕は君たちに平和的提案をしようかと思っていたのだ」

「……なにを言っているんですか?」

「僕は今、シスの研究をしている。君たちは、彼女の体内の物質が欲しいのだろう? でも、僕はシスのにも興味があるんだ。、そのものにね。だから、互いの解決策を模索するために、話し合いに来たというわけさ」

「……今のは、非常に語弊のある表現ではないですか? 彼女の能力に興味があるということですね?」

「……ああ、そうだった」


 アシュは敵の側近にツッコまれて、言い直した。


「……」


 ミラは語弊ではない、と判断した。

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