転移
縛られた側近を見つめ、テスラはフッとため息を吐いた。しかし、それよりも後ろにいる金髪美少女が怒りに肩を震わせる。
「ひ、卑怯じゃない! それが、聖職者のやること!?」
「なるべく犠牲を少なくすることこそ、聖職者の取るべき最上の方法だと思うがね」
ランスロットは表情を崩すことなく笑顔を向ける。
「……っ、ふざけるんじゃないわよ!」
リリーは臨戦態勢をとって、魔法の詠唱を始める。
「おやめなさい」
「や、やめません! 今やめたらやられちゃうじゃないですか! いくらテスラ先生の言うことでも、聞けません」
「……そうですか」
大聖女はそうつぶやき、ランスロットと12使徒の3人に背を向け、リリーとシスの前に対峙する。
「な、なにをやってるんですか?」
「セナを見殺しにするわけにはいきません。あなたたちが攻撃しようとするならば、私は全力でそれを止めねばなりません」
「……なにを言ってるんですか?」
訳がわからないと言うような表情でリリーはつぶやく。
「ハハハハハハハハハハハッ! こういう方なのだよ! 聖女と呼ばれる生き方を……自身の手を汚すことのない生き方をすることができない。いや、しようとしない。どこまでも理想主義で、どこまでも汚れのない存在であり続けることでしか、この方は自身の証明ができない。そんな哀れな方なのだよ」
「……っ」
敵でアルランスロットの言動に、同意せざるを得ない自分がいることを、リリーは認めた。テスラの行動はもはや、病的な狂気に満ち満ちている。誰も傷つかない世界を望む。ここまでは、誰もが夢想するものだ。それを実践しようとすることも、素晴らしい生き方だと思う。しかし、人はなにかを為そうとするときに少なからず誰かを傷つける選択が迫られるものだ。
テスラの行動原理は、どれだけ人が傷つかないようにするのか。唯一この点において行動している。人の命は平等。だから、リリーやシスを守ることも、先ほどまでのの刺客を傷つけぬことも、側近であるセナという男を守ることもする。そこに、優先順位などはなく、そこに彼女の意志はない。しかし、どちらかが敵対したときには、どちらを傷つけ、どちらを守るのかを選択しなければいけない。しかし、彼女はそれをしようとはしない。
ただ、人を傷つけないという行動を心がけ実践することで、ただ事態が混沌としていくだけだ。リリーやシスを守るために来ていながら、一転して敵を守り、彼女たちと戦うという選択をするテスラの気持ちが全く理解できない。
「まったく……やはり、あなたを見ると吐き気がしますよ。この何百年という膨大な期間を生きてきて、あなたは大聖女であり続けた。それだけの力を持ち続けながら、ひたすらに平和を唱え続けて、貴族の意識は変わりましたか? 戦争がなくなりましたか? あなたがなにか一つでもなし得た偉業はありましたか?」
「暴力は憎しみしか生み出しません」
「……」
それでも迷いなく答えるテスラに、リリーはゾッと恐怖を覚える。この人は聖に寄りすぎている。アシュ=ダールが闇に寄りすぎているように、狂気的なまでに。この大聖女が注ぐ愛は、分け隔てなく、深く、果てしなく、壊れている。
「まあ、あなたという人物の正体を知らぬ信者たちにはあなたという存在は有益だ。だから、もう私たちの手を煩わすことがないよう、こちらへ来てください。あなたは、自分の見てる前で人が傷つくことを許せない人だ。さあ、大義名分は作ってってあげました。セナを見殺しにしたくなければこちらへ来なさい」
「……わかりました」
テスラは迷いなく、ランスロットの元へと歩き出す。リリーもシスも呆然としながらそれを見送る。今まで戦っていた者に無防備で近づくその姿に、まったくその思考が追いついていない。
12使徒が警戒しながら彼女の両手を縛り上げた。
「さて、後は君たちだけだな」
勝ち誇ったような笑みを浮かべ、ランスロットは笑う。
「……アシュ=ダールに伝えてください。暴力は憎しみしか生み出しません」」
その時、テスラが2人につぶやいた。
「なにを言ってるんですか? あなたの魔力を封じたのに、今さら、彼女たちは逃げられ……」
ランスロットが言葉を止めた途端、光が二人を包み込む。そして、瞬く間にそれは彼女たちの存在を打ち消した。
「時限魔法とは……やってくれますね」
すでに、二人がいなくなった光景を眺めながら、ランスロットは苦々しげにテスラを睨んだ。
*
「タリア、それで、この大地にヴェルサーユが絶品で――」
次の瞬間、二人は禁忌の館の食卓にいた。
キチガイ魔法使いが口説いてた。
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