登校


 翌日の4時45分、ホグナー魔法学校に誰よりも早く登校してきたのは、テスラだった。無人の職員室にチョコンと座り、生徒と始めた交換日誌を読みながら、感想などをツラツラと書いていく。それから、本日実施する授業の準備を完璧にこなし、最終的に瞑想まで始める完璧聖女。他の教師たちも、次々と登校するが、そんな彼女の姿を見て『自分もこうならなければいけない』と襟を正す。最近は、激務に追われて生徒たちをキチンと見てやれなかったのではないか。授業が段取りよくできてなかったんじゃないか。そんな自問自答を繰り返す。


 遅れること3時間35分。8時15分の職員朝礼開始に対し、遅れること5分。アシュが登校してきた。「遅刻ですよ!」と叫ぶ校長のロラド。影と頭は薄い彼は、この教師のお陰でいっそう影と頭を薄くしてきた。しかし、テスラの姿を見て思った。そんなことじゃいけない。教師というものは、決してこんなもの(アシュ)じゃない。


「ああ、エステリーゼ先生、今日も美しいね。ナナ先生、今日も可愛らしいよ。セルート先生、最近スレンダーになってますます美しくなったね。ユレージュ先生、髪色を変えたかな? クジュ先生、姪が結婚されたんだってね、おめでとう。テスラ先生、この前いいワインを見つけたんだ、今夜あたりどうだい?」


 しかし、息巻いて叫んでいるハゲ校長はアウトオブ眼中。女性教師限定で、挨拶をして回るエロ教師。「わ、私の話を聞いてるんですか!?」と息巻くロラドに対して、「テスラ先生、君の美しさの謎に対してーー」云々とガン無視。校長の威信と尊厳は完全に空気と化した。


「あの……ロラド先生が怒っていらっしゃいますけど」


 見かねたテスラが口にすると、初めて気づいたかのようにアシュは振り返って校長の頭をナデナデとなでる。


「おっと、失礼。おはよう。相変わらず悲しい頭髪をしているな君は。でも、安心してくれ。もう少しで毛根増勢魔法の研究が完成する。そうすれば、君の数多いコンプレックスのひとつを軽減できると思うよ」


「はっ……くっ……」


 もはや、失礼すぎてなにから指摘していいやらわからない。天然なのか途方もない悪意なのか、とにかく嫌い。こいつ、嫌い。ただ、彼の研究している魔法を喉から手が出るほど欲していることを、ロラドは心の奥底で感じざるを得なかった。


「ほっほっほっ。相変わらず、さまざまな個性が存在して楽しいですな

、このホグナー魔法学校は」


 現れたのは、理事長であるライオールだった。


「おっと、遅刻だなライオール先生。さっき、このロラド先生が遅刻だ遅刻だと喚き散らしてたので気をつけるといいよ。まあ、僕は他人の遅刻などまったく気にならぬがね」


「そうですか。申し訳ありませんな。少しばかり、会議が立て込んでおりましてな。今後はスケジュール管理をもっと注意するようにしましょう」


「あっ……いえ……そんなつもりじゃ……」


 アタフタ。思わぬところに流れ矢が入り、こんなはずじゃなかったのにと心の中でつぶやく。最近はいつもこんなはずじゃない。目の前の性悪教師に関わると、いつもこんなはずじゃないのだ。


「それより、アシュ先生。先ほどの研究は非常にいいですね。ロラン先生は結構気にされてますから……ちなみにいつ頃完成予定なんですか?」


 ライオールは周囲に聞こえぬように耳打ちする。薄い頭にため息をつく後姿を、正直可哀想で見ていられない理想の上司。


「そうか! やはり、気にしてるのか。まあ、ロラド先生も周囲にもわかるくらいに気を使われてるようだから、人に遅刻云々説教する前に、まずそう言う態度を省みた方がいいんじゃないかな?」


「……ぐぎ、ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎっ」


 大声をだして、ナデナデ。よほど肌触りが気に入ったのか、しつこくナデナデなでる白髪教師。ライオールが気づかった甲斐なし。デリカシーなしの天然魔法使いは、容赦なく校長の毛根にストレスをかけていく。


「まあ、僕は天才だからね……30年後には実用化にまで持っていける自信があるよ」


「さ、30年後……」


 そして、ロラドがすがった最後の希望すら、目の前の天然魔法使いは容赦なく握りつぶした。


「早いかい?」


「「「「……」」」」


「アシュ様、皆さま『遅すぎではないか?』と思っておられるようです」


 見かねたミラが教師一同の代弁する。


「えっ……断っておくが、大発明なんだよ? これが開発されれば、間違いなく世界で10本の指に入るほどの富豪になれるほどの成果なんだよ?」


「「「「……」」」」


 そ、そうかしもれないけど、確実に校長は寿命とストレスで死ぬと教師一同は思った。


「それよりも、アシュ先生。あなたにお伝えしたいことがあります」


 ライオールは仕切り直して、本題に入る。


「なんだい?」


「サモン大司教の後任が決まりました」


「ほぅ」


 アシュの瞳に、鋭い光が灯る。以前、彼と死闘を繰り広げた経験があり、その実力を認める数少ない相手である。


「アリスト教徒でも最年少ですが、思いきりましたな……ランスロット=リーゼルノです」


「なるほど…………」


「彼は非常に優秀なーー「誰だいそいつは?」


















 職員室の時が止まった。

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