ミラの一日
禁忌の館に陽がさした時、ミラは1日が始まると決めた。人形である彼女には睡眠がない。どこかに区切りがないと、日付けをカウントすることができないので便宜上そう定めることにしている。アシュは地下室にこもっていて出てこないので、24時間フル稼働の超有能執事は、仕事を随時行なっている。
彼女の一日はあまりにも長い。
そんな中、ガヤガヤとひときわうるさい声が響く。
「あんの最低教師! 今日という今日は絶対に許さない。絶対に、絶対に絶対に許さないんだから!」
リリー=シュバルツがプンプン怒りながら、「まあまあ」と抑えるシス=クローゼを強引に引きずりながらやって来た。
ドンドンドン!
「いらっしゃいませ」
荒々しいノック音にもまったく動じず、有能執事は重厚な扉を開けて、丁寧に二人を出迎える。
「ミラさん! いったいアシュ先生はどうなっているんですか!? 無断欠勤がもう1週間ですよ!」
「……申し訳ありませんが、私にあの方のことは理解できません」
唯一わかることは、彼の頭がイッちゃっていることだけ。そういう意味では、目の前でグイグイ迫ってくる金髪美少女も、相当いい勝負だと言えるかもしれないが。
「アシュ先生はいらっしゃらないんですか?」
一方、シスが落ち着いた様子で尋ねる。
「現在、地下室で研究の真っ最中です」
「……そうなんですか。せっかくですから、一目お会いしたかったんですけど」
シュンと心から残念そうなシスを眺めながら、
完全に騙されていますと、ミラは思った。
「申し訳ありません。アシュ様は、研究中は誰にもお会いになりません」
研究者の性分として、発表する前に誰にも知られたくないという習慣が染みついている。それに加えても思考の邪魔をされたくないという想いが強い。そこらへんの徹底ぶりは、多いに尊敬できる部分なのだが、あまりにも不尊敬な部分が多すぎるので、結果としてミラの中ではいつまで経ってもゲス魔法使いである。
「そうですか……じゃあ、私はケルちゃんと遊んでいきますね」
藍色ロングの美少女は、クルッと背中を見せて森の奥の方へと向かう。地面には、至るところに動物の死骸や人骨が落ちているが、そんなことは気にもせずにガンガン進む。数十メートル先には、彼女が可愛いと主張する
常人であれば数秒で人骨と化す死地に、躊躇なく自ら飛び込んで行く少女を見ながら、
「あ、あの子っておかしいですよね!?」
信じられないような表情を浮かべながら、ミラに訴えかけるリリー。
一方、おかしな少女におかしい認定された少女は、猛獣に押し倒されて、ペロペロと顔をなめまわされている。
ケルベロス。狼の頭を3つ持ち、蛇の尾、大鷹の翼を装う巨大な魔獣。神話をモチーフにデザインしたアシュ渾身の
アシュは禁忌の館で、数多くの
「不思議な方です」
人骨をブーメランのように投げて遊んでいる彼女を見つめながら、ミラが淡々とうなずく。シスは動物を自在に操る
「ねえ」
「……」
「……」
・・・
「あの、リリー様」
「はい」
「先ほど申し上げましたように、アシュ様には面会することはできませんので」
言外に、彼女は『帰ってください』と示した。睡眠がない彼女だが、アホ主人のせいでやるべき仕事は海ほどある。
「そこをなんとか! ミラさんお願いします!」
「申し訳ありません」
深々と有能執事は頭をさげる。なんとかしてやりたいのは山々なのだが、彼女はアシュの意向に反するような行動ができない。
「むーっ……それなら、仕方ないですね。じゃあ、あきらめて帰ります……なーんちゃっ……」
「……」
「……」
クルリ反転して隣ををすり抜けようとした金髪美少女を、有能執事は片腕で持ち上げた。
バタバタ。
バタバタ。
「……」
「……」
空中でもがくリリーを無表情でながめながら、往生際の悪いところがどこかのキチガイ主人とよく似ていると思った。
「申し訳ありませんが、ここを通すことはできないんです」
「むーっ……わかりました。あきらめますから、もうおろしてもらえますか?」
全然あきらめていない表情で、あきらめたと言い張る少女は、空中でプランプランしながら、なぜか変なところで全然あきらめないアホ主人と重なる。
「本当にあきらめてもらえますか?」
「あきらめます。ええ、あきらめますとも」
「……わかりました」
リリーがあきらめないことをあきらめたミラは、試しに彼女を地面におろす。
「どうあっても通してくれないんでしたら、あきらめるしかないですよね。じゃあ、帰ります……なーんちゃっ……」
「……」
「……」
クルリ反転して隣ををすり抜けようとした金髪美少女を、有能執事は片腕で持ち上げた。
バタバタ。
バタバタ。
「……」
以下同文。
これ以上の以下同文の展開を有能執事は知らない。類い稀な知性を持っているにもかかわらず、想像を絶するアホなところも、アホ主人とそっくりである。
以降もリリーがなんとかミラの隣をすり抜けようとして、また時々シスが人骨ブーメランをこちらの方に投げてきたりして。
いつのまにか、日が暮れていた。
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