戦闘


 なぜバレたのかと、アシュの脳内に疑問が湧き起こる。


「なぜバレたのか、不思議かい?」


「……っ」


 読まれている。


 こちらの可能性が読まれることも、もちろん考慮していた。しかし、確証が得られなければ同じことだ。0.1パーセントの疑念がある限り、ゼノスはこちらの要望を飲まざるを得ない。


 目論見が破れたのは、残り0.1パーセントが潰えたということだ。


「もう、入ってきていいよ」


 彼の呼びかけに応じ、再び扉が開く。歩いてきたのは、サラと本物のマリア。


「……っ」


「おや、見覚えがあるのかな? 彼女は私の忠実な手足でね」


「ククク……」


「なにがおかしいのかな?」


「そういうことか。どうりで僕の熱い誘いになんの反応も示さなかったわけだ」


「いや、私が命じたのはマリアを連れてくることでそれ以外はーー「そうでなければ僕のように魅力的な男性になびかないわけがないからね。至極合点がいったよ」


 非モテ魔法使いは、強引に納得した。


「……」


「……しかし、未熟だな」


 アシュは思わず自身にグチる。


 見落としが多すぎる。サラが敵に操られている可能性。レイアが敵に翻る可能性。少ないが可能性はあった。検討する時間がなかったのか。想像する力量がなかったのか。どちらにしろ、脇の甘さを見事に突かれた。自分で自分の甘さに辟易する。


 ゼノスは歪んだ表情で微笑み、レイアの頭を優しく撫でる。その深い闇は、彼女の虚ろな瞳に光を灯す。


「……もう演技は必要ないというわけね」


「……」


 隷属魔法はアシュの新魔法オリジナルだ。その解除方法が自分にしかできないことで、油断したのか。いや、自分はゼノスの実力を認めている。それならば、当然その可能性も考慮せねば道理に合わない。なぜ、見逃した。なぜ……


「……そうか……僕ならば」


「なに?」


「……いや。しかし。聖女が聞いて呆れるな。君の救出に、命懸けのパーシバル君は哀れな道化ピエロじゃないか?」


 その問いに。


 少女は不敵に笑う。


「私は、あなたを倒せるのなら悪魔にでも魂を売ってみせる。それに、狙うのはあなただけ。そう約束してくれたわ」


「ククク……彼が約束を守るような男かな」


「……」


「フフフ、揺さぶっても無駄だよ、アシュ=ダール。そんなことを彼女はすでに何万回も自問しただろうさ」


 ゼノスがレイアの隣で笑う。


「……フッ」


 対する、闇魔法使いも、笑う。


 その笑いに、特に意味は、ない。


 絶体絶命の危機に対して、敵が勝利を確信したその瞬間において、アシュはよく微笑みを見せる。かつて追い詰められた相手に、実力では及ばぬ相手。その二人が手を組んで向かってきたら結果は明白に予想できる。


 逆転など、絶対に不可能。


 ここから、挽回の余地などない。誰もがそう確信した瞬間を破ること。そこに言い知れぬほどの挑戦心と気概が湧いてくる。


 ただ。


 これまで幾度もの修羅場をくぐり抜けてきた。いや、これ以上のものを何度でも生き抜いてきた。


「じゃあ、始めようか?」


「小細工はもういいのかい?」


「その言い方は心外だな。戦略だと言って欲しいね」


 アシュはそう答えて戦闘の構えをとった。

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