逆転


 レイアは美しかった。純白に輝くドレスが、その金色の細い髪を映えさせ、まるで天使が舞い降りたかのようだった。


 しかし、その瞳は虚ろで生気がない。


 まるで操られているように、おぼつかぬ様子で歩いてくる。


「……一応、傷をつけずに交換する約束だがね」


 アシュは遠目から慎重に観察する。


「安心しろ。暴れられたら困るので、意識を奪っているだけだ。簡単な闇魔法ですぐに解けるさ」


 ゼノスは立ち上がりレイアの元へ歩く。


「……」


 その答えに、一呼吸おいて思考する。


 想定では自分と同じく『彼女を渡さない』と思っていた。ひとたび交換すれば、戦力的に優位なゼノス側に傾く。それを知りながらこちらが易々と交換に応じると思うほど浅はかだとは思えない。


「割に合わないな。レイア君と彼女とでは釣り合わないよ」


 とにかく考える時間が足らない。そこで、ある程度揺さぶりをかけてみる。


「……ほかになにか欲するものがあるのか?」


「すべてが欲しい」


「……」


「君の財も知識も技術も。死兵もすべてだ」


「もちろん。私の愛するマリアと交換するんだ、貴様の欲しいものは全てくれてやる」


 想定の中で最も可能性の高かった言葉を。


 驚くほど軽かったその言葉を。


 アシュは静かに聞いた。


「……」


 気持ち悪いほど、ことがこちらよりに進んでいる。それだけ、自分の実力を過信しているのか。それとも、別の策をもっているのか。


 考えろ。


「……そのレイア君は本物か?」


 この位置では、彼女の真贋は見極められない……いや、自分にできることはゼノスにもできるということ。たとえどれだけ近くで観察したとしても見極めることは困難だろう。


「ふふ、それは同じことが言えるんじゃないか。そのマリアは本物か?」


 その余裕の表情に。


 脳裏に疑問が駆け巡る。


 バレている? いや早計だ。しかし、あの余裕は? 演技ということもあり得る。これほど落ち着いていられるものか? いや以前の取り乱しようからそれはない。ではでなぜバレた? どこでバレた? なぜだ? なぜだ? なぜだ?


「……」


「交換をやめるかい?」


 考える時間が足りない。


 いや、これは考えても答えが出ない問いだ。


「……交換しよう」


 証拠もないし根拠もない。頼れるのは直感のみというこの状況の中でアシュの動きは早かった。


 瞬間、立ち上がって円卓に置いてあるナイフを持ち。


 偽マリアの喉に一閃。


 擬似血液の真紅が。


 アシュの身体に降り注ぐ。


「……」


 沈黙し佇むゼノスの心を。


 のぞみこむような眼差しをむけ。


「そうか……レイアを抱き込んだんだね」


 想定し得る限り最悪の事態を。


 紅く染まったアシュは、静かにつぶやいた。

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