警戒


 砦の中は、彫刻や絵画で溢れていた。内装も、国家の主城にも決して劣らないほど豪華に施されている。アシュは興味深そうに、あたりをグルグルと観察する。


「ふむ……どれも超一流のものばかり。優れた芸術作品は優れたインスピレーションを呼び覚ます。僕もいつかこんな場所を構えて研究に没頭してみたいものだ。それに……」


 だが。


 それよりも目に飛び込んでくるのは、まるでかのように走りまわる動物たち。それは、ときに吠え周り、ときにじゃれ合い、ときに喧嘩を


「ククク……まったく。いちいち僕を驚かせてくれる。これら全てが人形だとは、神ですら想像がつかないだろう。ここにいる全てのものに対して解析するだけでも数ヶ月のときを要しそうだ」


「お気に召して頂いたかな?」


 ゼノスが螺旋階段から降りてくる。


「ええ、最高ですよ。まったく、あなたの技術と見識には驚かされるばかりだ」


「それは、よかった。どうだい、こんなところで話すの不粋だろう? 場所を移さないかい?」


「それはいいね。彼女もここまで歩いてきて疲れているようだし」


 アシュはそう言ってマリアに偽装した死体の手を握る。彼女はなんの表情も見せずにただ頷いてみせる。


「……ああ、そうだな。できれば、そこの客人にはご遠慮頂きたいのだが?」


 殺意を持って睨みつけている三人を見下ろしながら、ゼルフがつぶやく。


「あ? 冗談じゃーー「もちろん」


 反論しようとするロドリゴを、アシュが遮る。


「お前……なんでこんなバカげた提案受けるんだよ!?」


「犬とゴリラとキツネがご主人様と同じ机で語らう場面を見たことがあるかね? キャンキャン吠えていないで、わきまえたまえ」


「「「……ぐっ」」」


 なんて嫌なやつなんだ。


 三人の想いは満場一致した。


「わかってくれて嬉しいよ。そこに彼女も……レイア=シュバルツもいる。彼女も早く君と会いたがっているよ」


「そうかい。まったく、モテる男はいつの時代も辛いものだね。次から次へと大変だよ本当に」


 アシュはそう言いながら、全然辛そうじゃない笑みを浮べる。


「……では、待っているよ」


 振り返って背中を見せるゼノス。


「じゃあ、僕も行くか。では、従順にお留守番をしていてくれたまえ」


「お、おい。本当に一人で行く気か?」


 ナイツが肩に手を置くと、アシュは面倒臭そうに払いのけた。


 そして、唇を少し開いて。


『用心しろ』


 声がでないようにつぶやいた。


 懸念などではない。まして、心配では全くない。入念な準備を施し、負けるべき要素は極力排除したはずだ。なぜそんなことを言ったのか、自分でも予想外の行動だった。


 しかし。


 その直感が。


 その本能が。


 アシュに告げた。


 この相手は危険だと。


 苦しい闘いになると。


「……」


「ふっ……じゃあ諸君、行ってくるよ」


 すぐに、アシュはいつもどおりの表情を浮かべて階段を上っていく。

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