森の奥を、先陣をきって歩くアシュ。ゼノスのいる砦までは一本道で行ける。周囲には死兵の気配は感じない。


「おそらく、結界は解いてあるはずだ。先ほど鴉が通っただろう? アレは僕がここに来たことへの合図だよ……これは、こちらを誘っているね。諸君、気を引き締めたまえ」


「「……」」


 どうしてそんなこともなげでいられるのだろうか。


 果てしなくこの闇魔法使いの正気を疑うロドリゴとナイツ。


 置き去りにされたテントと食料。いらなかった野宿の準備。おそらくまったくサラから相手にされなかったことは想像に堅くない。というか、99.9パーセントの真実なのだろう。


「どうした、早くこないのかい?」


「「……」」


 いや、行くけど。


 こんなときに、皮肉の一つでも言ってやりたいところだが、そこまで踏み込むことができない二人。それは、彼らの恋愛遍歴に起因する。ロドリゴもナイツも経験はそう多くはない。


「随分早かったな」


 しかしそんな中、至極空気の読めない男がパーシバルである。狂信的なアリスト教信者なので、生まれてこの方恋愛などしたことがない彼は、その辺の機微がぶっ壊れている。


「……名残り惜しくなると、去りづらくなるからね。みんなを待たせても申し訳ないし」


「「……っ」」


 嘘だ。


 絶対に嘘だ。


 この魔法使いは周りのことなど考えるはずもない。間違いなく『申し訳ない』と思った経験すらないだろう。


 そう確信するロドリゴとナイツ。


 しかし。


 KYアリスト教守護騎士は気づかない。


「それは、気を遣わせて申し訳ないな」


「……っ」


 アシュは恐ろしいほどの殺気を込めて睨む。


「いや……逆にこちらが気を遣わせてしまって申し訳ない。君たちが寒い時間を過ごしているとき、僕は甘い時間を過ごしていたんだからね。ククク……」


「早かったのでそうでもなかったよ」


「……っ」


 悲しい強がりに見事な天然カウンターパンチ。


 戦う前から心に深く傷を負った非モテ魔法使い。


「しかし……かなり砦にも近づいてきたな。これは、こちらを誘っているね。諸君、気を引き締めたまえ」


「「……」」


 その強引な話の転換に。


 動揺して、再びまったく同じ台詞を言い放つ哀れな闇魔法使いに。


 二人は若干同情した。


「それ、さっきも言わなかったか?」


「……っ」


 アシュはこのとき、ドサクサに紛れて天然アリスト教騎士を不幸のドン底に突き落とそうと決意した。


「……」


 そんな闇魔法使いの陰気など気づくべくもなく、不退転の決意を心に秘めるパーシバル。聖女を守る任務を負ってすでに5年以上が経過する。それこそ、レイアの成長を見守ってきた彼にとって、いつしか彼女は任務以上の存在となっていた。


 それは、パーシバル自身も気づかない感情だった。


「さて、到着したようだね。それにしても、美しい砦だ。彼は造形学にも精通しているようだ……まったく、素晴らしい」


 アシュが見上げながら惚れ惚れとした表情を浮かべる。


「はっ……敵のことを褒めてどうするんだ?」


 ロドリゴが忌々しげに吐き捨てる。


「敵だろうと味方だろうと、素晴らしいものは素直に賛美すべきだよ。まあ、心根が貧しい君はそんなさもしい思いを口にしても仕方がないから気にしないでくれ」


「……ぐっ。なんだとこの野郎」


「しかし、気をつけた方がいい。綺麗な薔薇に棘があるように、この砦にも罠がかけられていると思っていい。彼が思い浮かべる必殺の罠がね」


 そうつぶやいて。












 闇魔法使いは笑った。

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