聖堂
ナルシャ王国首都ジーゼマクシリアの中心部に位置するロッサム自治区はアリスト教徒の
地平線から垣間見える夕陽が、祈りを捧げている女性の髪を美しい黄土色に照らしていた。子を
彼女の名はテスラ=レアルと言った。
「サモン……」
薄い桃色の唇でそうつぶやいた時、静かな足跡が彼女に近づく。
「闇喰い……アシュ=ダールの所業です。奴が、サモン大司教を」
「……セナ、憎しみの炎を燃やしてはなりません」
「なぜですか!? 奴が……奴さえいなければ」
『セナ』と呼ばれた従者は、怒りの眼差しを彼女に向ける。彼の顔色は蒼白で、まるでなにかに取り憑かれているかのようだった。その肉体は若々しいはずなのに、痩せ細り病人と間違われてもおかしくないほど。
「……サモン=リーゼルノ大司教は、正真正銘の聖者でした。しかし彼は……道を間違えました。神に背き、正道を歩むのをやめてしまった。彼は……愚かです」
テスラはその紅の瞳を閉じて、立ち上がる。
「そんな! 奴です! なにもかもアシュ=ダールがーー」
「やめましょう。他者を憎んだところで、サモンは喜びはしません。それよりも、聖櫃は?」
「……未だ、ホグナー魔法学校の生徒であるシス=クローゼが所有しています」
「そうですか……アレは天変地異すら起こすほど危険なものです。他者に渡れば、非常に厄介なことになります。すぐに回収しましょう」
「し、しかし。あの学校にはライオール=セルゲイがおり、とてもではないですが、手が出せません」
「ライオール? ああ、彼ならばよく知っています。それなら、存外苦労せずに済みそうですね」
「なっ……あなたはあのバランス主義者と親交があると言うのですか!?」
「神は人の貴賎を厭いません。それに、彼は大陸有数のアリスト教研究者の一人です。きっと、ライオールならば理解してくださるに違いないわ」
テスラはそう答え、柔らかな微笑みを浮かべた。
「し、信じられません。いつからアリスト教の教義が歪められたと言うのですか!?」
従者は震えていた。
「ふぅ……セナ。教義とは、信者がよりよく生きるための指針であるのです。もちろん、聖信主義同士交わることで、悪に染まらぬよう説いてはいます。しかし、教義を広める者はより柔軟でなけれなりません」
「……そんな」
信じられないような表情を浮かべるセナに、テスラはフッとため息をつく。どうやら、アリスト教徒の実質トップである彼女が教義を曲げるような発言をすること自体に、驚愕を受けている様子である。彼は、元々サモン大司教直下の選抜部隊だ。その実力もさることながら、信者の中でも教義に忠実に行動するよう叩き込まれている。
「いい加減に、あなたも己を許しなさい」
「……」
セナは黙ってうつむいている。テスラは、未だに彼がやってきた時の顔を忘れられない。まるで……悪魔に取り憑かれたかのようだった。何度も何度も夢にうなされ、嘔吐し、時折声高に叫ぶ。
彼は、彼以外のアリスト教徒13使徒がアシュ=ダールの激闘で殉死したことに、ひどい罪悪感に苛まれていた。死への恐怖は誰にでもあり、それを逃れようとしたところで誰が責めるだろうか。彼女は何度もそう説いたが、彼の態度は頑なだった。
「とにかく、ホグナー魔法学校に向かいます」
そう言って、彼女は
「ちょ、ちょっと待ってください! 本気ですか!?」
「なぜ?」
「あそこには、奴が……アシュ=ダールもいるんですよ」
「別に戦いに行くのではないわ」
「……はっ?」
「彼と戦わぬ手段もあるはずです……サモンは、急ぎすぎたが故に誤った」
「正気ですか!? 彼はサモン大司教を殺したんですよ!」
「憎しみに囚われてはいけません。セナ、これは神が与えた試練なのです。主はいたずらに争うことを決して望みません」
「……」
「今は納得できなくても構いません。しかし、いつかきっとあなたは神の意志がなんであるか理解するときが来るでしょう。セナ、あなたが生き残ったことには意味があるのですよ」
テスラはそう言って優しく彼の肩を叩く。
「……かしこまりました。馬車の用意をしてきます」
セナは彼女を見ずに答え、足早に去って行った。
「ふぅ……」
小さくため息をついて。
テスラは再び振り返って、子を
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