授業
彼女が入った瞬間、特別クラスの教室は、これでもかというぐらい静寂に包まれた。
「初めまして。ナルシー=デンドラです。このたび、敬愛するアシュ=ダール先生の特別クラスで授業を受けるためだけに、このボグナー魔法学校に転校してきました」
「「「「……」」」」
あ、あのヤバイやつだ、と生徒たちは思った。
以前、国別魔法対抗戦でナルシャ国とセザール王国は対戦をしたことがあり、その時の優秀な闇魔法使いがナルシーという美少女だった。
「あなた……転校して来たの? 負けたくせに」
やはり、真っ先に声をあげたのはリリー=シュバルツ。すかさず、勝ち負けを差し込んでくるあたり、しっかり性悪教師の遺伝子を受け継いでいる金髪美少女である。
「久しぶりね……確かにあのときは、あなたたちに不覚をとりました。でも、あの戦いは団体戦。あなたたちのアシュ先生への想いが若干勝ったようだけど、個人としては負けてませんから!」
!?
「あ、あなたなにを言ってるの?」
リリーは思わず聞き返す。
「あなたがいくらアシュ先生のことを想っていても、私はそれを超えてみせる。そのための、私はここに転校して来ました」
「……」
幻聴ではなかった。
どうやら、幻聴ではなかったようだ。
あまりにも、意味不明な言動すぎて、自分の聴覚がおかしくなってしまったと本気で疑ったが、どうやら、目の前の彼女の頭がおかしいのだと、リリーは再認識した。
「あなたが私たちに負けたのは単に実力であって、それ以外のなにものでもありません」
「いえ、実力じゃなく、アシュ先生への想いで負けたんです。団体戦でしたから、私がもっとメンバーたちにアシュ先生の素晴らしさを布教しきれなかったから。全部、私のせいです」
「……っ」
<<聖獣よ 闇獣よ 双壁をなしーー
「ちょ、ちょっとリリー!?」
いきなり聖闇魔法をぶっ放そうとする殺人兵器美少女を慌てて羽交い締めして止めるシス。
「は、離して。この子は危険……危険なの!」
そうやって喚き散らすリリーに対し。
「やれやれ。心細い転校生に対してその仕打ちとは」
そう言いながら教室の扉を入ってくる白髪魔法使い。
「な、な、なんですって!?」
「君みたいな神経極太女にはわからないだろうが、転校初日って言うのは緊張するものなんだよ。それを、暴力と大声で威嚇して。君はそこらへんで吠えている狂犬と一緒だな。一刻も早く予防接種を受けることをお勧めするよ」
「……ぐぎ、ぐぎぎぎぎぎっ」
「ナルシー君。一部異常者もいるが、安心したまえ。基本的に特別クラスの生徒たちは優秀で温厚だよ」
ナデナデ。
ナデナデ。
必要以上にその可愛らしいその黒髪をナデナデしまくるエロロリ変態魔法使い。
「……はわ、はわわわわわっ」
もはや、顔が林檎のように真っ赤になり、立っていることすらままならないナルシー。もう彼女の瞳にはアシュしか入っていない。
「さて、授業を始めようか。君の席は……ここだな」
性悪魔法使いは、シスの隣であり、金髪美少女の座っている場所、すなわちアシュの真ん前の席を指差す。
「な……不当です! ここは私の席です!」
当然、始業時間8時に対して5時に席取りしているリリーにとっては気に入らない。
「はぁ……君には、譲り合いの気持ちというものがないのかね? 異国で一人、彼女は心細くて震えてるじゃないか。紳士たるもの、か弱き者には手を差し伸べる。当然の責務ではないかと僕は思うがね」
「くっ……じゃ、じゃあ私はどこに座ればいいんですか?」
正論すぎる正論を言われて、歯ぎしりをしながら席を立つ金髪美少女。
「隣に空き部屋があるだろう。そこに、これを持って行きたまえ。最近、僕が発明した自信作だ」
「……」
糸電話。
いわゆる、糸電話である。
「ふ、ふざけないでください!」
「ふざけてない。君の声はまあまあの騒音であることを自覚したまえ。彼らだって、君が『はいはいはい!』とわめき散らすのは迷惑だと思ってるよ」
「そんなことないです! ねえ、みんな!?」
「「「「……」」」」
「ほらっ!」
「……今の沈黙が肯定だと思えるその精神力には感服するがね。とにかく、この教室の絶対権力者は僕だから。とにかく、君は隣の部屋に移動したまえ。ミラ」
「はい」
「あつ……ちょ……覚えてなさいよーーーーーーー」
バタン。
有能執事は、わめき散らすリリーの両手を縛って、肩に乗せて、扉を閉めて隣の教室へ移動。椅子と彼女をロープでグルグル巻きにして糸電話を彼女の耳に当てて、速やかに戻ってきた。
時間として30秒。完璧な仕事である。
「さて、諸君。邪魔者は消えたから授業を開始するとしよう」
アシュは至極機嫌がよさそうに授業を始める。
・・・
『はいはいはいはい! その理論は、私の得意分野です! それは、ガーバードの考案したーー』
『質問があります! アシュ先生の言いたいことは要するにーー』
『その考えには反対です! ええ、反対ですとも。要するにアシュ先生はこうおっしゃりたいんですよねーー』
「……」
糸電話越しに、これでもかと言うくらい、うるさかった。
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