ジル


 特別クラスの教室。アシュがいつも通りぼっちで読書していると、ジルが笑顔で駆け寄ってきた。


「ねえねえ。リアナの誕生日プレゼントって、今までなにをあげてたの?」


「ふっ……僕は、中々趣向を凝らすタイプでね。去年あげたのは、これさ」


 そう言って、取り出したのは一冊の本だった。


「……なにこれ?」


「古代ルーン文字と魔法列の関係を記した『古代ルーン文字の魔法列はなぜ美しいのか?』だよ! この作者のロナルド=パーキンソンは中々、面白い解釈をしていてねーー」


「ちょ、ちょっと待って……これ、あげたの?」


「うん」


「……本当に?」


「うん」


            ・・・


 瞬間、沈黙が2人の間を支配した。


「はぁ。女心のカケラも理解してないわね。今年は、そんなのあげちゃダメよ」


「あ、当たり前だろう!? いくら好きだといっても、同じ本をあげるわけないだろう。ちゃんと次の本を用意している」


「だから本をやめた方がいいんだって話よ!」


 ドンっと机を叩きながら詰め寄る勤勉美少女。


「本以外!? この大陸に、本以外の素晴らしいものがあるとでも? 逆に教えて欲しいんだけどね」


 本大好き魔法使いは、心外とばかりに反論を始める。


「まさか……今まで送った全てのプレゼントが本だったってなことはないでしょうね?」


「な、なんだよ。ダメなのかい?」


「ダメに決まってるでしょう!? 誕生日プレゼントなんだから、香水とか、指輪とか、ネックレスとか」


「ふっ……そんな即物的な……あさましい」


「あっ、あっ、あっ、あさましい!? 言うに事欠いて……」


「いいかい? 果たしてそんなものがこの先の未来に役立つとでも? せいぜい、『綺麗』とその場でつぶやいて終わりじゃないか。その点、本は自らの知恵となり、この先ずっと役に立ち続ける。本は人類の叡智にして最大の至宝なわけさ」


「はぁ……可哀想なリアナ。アシュ、いい! 今回は本禁止ね! あげるのは他のものにしなさい!」


「な、なんで君がそれを決めるんだ。なんの権利があってーー」


「これは、命令です! リアナのために、必ず他の誕生日プレゼントをあげること。彼女もそれを望んでいるはずです」


「ぐっ……なぜ君にそんなことがわかるんだい!?」


「同じ女の子だから」


「……っ!」


 それを言われると弱い。未だかつて一度として女心というものを理解しようとすら思わなかった。と言うより、完全にアシュ自身の趣味を押しつけていたのも事実である。


「た、例えば、どんなものがいいのかな?」


「そんなの自分で考えなさいよ!」


 !?


「君が僕の案を潰したんだ! 僕が考えた僕の案を潰したのに、君はヒントさえ出してくれないのか!?」


「出しません! 私はあなたの案を潰しましたが、私はあなたにヒントすら出しません。自分でしっかりとリアナのことを考えて、リアナが喜ぶようなモノをプレゼントしてあげてください! それが、女心というものです! いいですか、アシュ=ダール君!」


 女心がわかってないと見るや、ここぞとばかりに敬語責めを始める勤勉美少女。これは、先ほど返されたテストの成績が、アシュに大差をつけられていたことと無関係ではないだろう。


 かなりのダメ出しを受けた女心理解度皆無魔法使いは、グルグル席の周りを歩き始める。グルグルグルグルグル……


「……じゃあ、蛙……とか?」


 !?


「嫌がらせ!? どこの女の子が蛙もらって喜ぶのよ!」


「闇魔法の実験では、1000体あれば3年間は研究に困ることはないのに!」


「そんな莫大な分量送ったら殺されるわよ!」


「……蛇」


「同じよ! というか、酷くなってる!」


「闇魔法の実験に使うんだよ!」


「あなたの変な実験は、一旦思考の外に置いておきなさい!」


 はぁ……はぁ……


「と、とにかく。彼女がどうやったら、笑顔になるかをもっと必死に考えてあげて!」


「……むぅ」


「……」


 意味不明なアシュの腕組みが、果てしなく不安に感じるジルであった。

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